第24話 支配者

わたくしは激昂しているのです、怠惰なる魔女」


 四肢を拘束され床に転がされたグルニエさんと、身体全体の自由を奪われた僕。僕の傍らにいたはずのガルディアは次に瞬きをしたらグルニエさんを見下ろすように立っている。


「人間を支配する存在たる魔女のあなたが、人間の犬に成り下がるなど言語道断。同族として雪ぐべき恥です」

「火刑になりかけた魔女がよく言う――」


 グルニエさんはたぶん鼻で笑ったんだと思う。嘲りを含んだ一言はその途中で遮られた。視線の向こうで炎が爆ぜる。僕はその光景をすぐには信じられそうになかった。

 一瞬の猶予も躊躇もなく。ガルディアは年季の入った古書を開き、そこから炎を巻き起こした。至近距離で放たれるそれはグルニエさんの身体を一気に包み込む。そんなことをしたら――人間が火だるまになったら、命なんて保証されるはずがない。


「……ッ‼」


 動かない身体が呪わしい。魔女の前では人間など無力だと言われているような気がした。


「口を慎みなさい」


 燃え盛る火炎を前にガルディアは決然と言い放つ。


「あれは私にとってもこの上ない屈辱……けれど、私の汚点とあなたの罪は無関係です。話をすり替えないように。よろしくて?」


 ガルディアがふう、と息を吐くと火炎は嘘のように消え去った。僕は幻でも見ていたんだろうか。深紅の絨毯に焼け焦げた跡は見当たらない。しかし床に臥せったグルニエさんは脂汗を浮かべながら薄い笑みを浮かべていた。人間には理解できないダメージが与えられているのかもしれない。


「ご高説、どうも」

「わかれば結構」


 皮肉も解さぬ様子でガルディアは鷹揚に首肯した。


「私があなたを我が街アドグラースに招いたのは他でもない、愚かなるあなたを私の手で屠って差し上げるためです」

「成程。貴様の領域テリトリーで魔女狩りをしたかったと?」

「私、ここアドグラースで長をやっておりますの」


 くすりと優美に微笑むガルディア。社交的で儀礼的な、非の打ちどころのない微笑だった。しかし、人間を見下しておきながら人間社会に馴染んでいるということか? グルニエさんもスローストロークの街で地主の夫人のような立ち位置だったようだが、魔女の隠れ蓑として人間社会はいろいろと都合がよいのだろう。ニュインの話を思い出すのなら、魔女のエネルギー源は人間だ。その群れの中に身を置いた方が、確かに餌場を探す必要もない。……にしては、グルニエさんが他人から精気を吸い上げているところ見たことはないけれど。


「支配者たる私に従僕の意を示せば、人間は安穏と暮らすことができるのです」


 人払いのされた街で言われても説得力はないと思う。


「とにかく。誇りを捨てた魔女は生きているだけで罪。煉獄の魔女たる私が、あなたに引導を渡して差し上げましょう――何か遺言は?」

「貴様に預ける言葉は何もないな」


 ガルディアの燃え盛る紅蓮の瞳と、グルニエさんの底知れない紫焔の瞳が交錯する。まさに一触即発の状況だ。

 身柄を拘束され、にらみ合いが続くグルニエさんに策があるとは思えない(あるかもしれないけど、そんな希望的観測に頼れるほど僕は平和ボケしていない)。今この状況を打破するならば僕が動くしかないだろう。けれど金縛りにあった僕も四肢を自由に動かせない。どうする、どうする、複数の魔術を一気に操る魔女相手に、僕は……


「いや! 離して!」

「小娘、抵抗するな! おとなしく我々についてこい」


 玄関の方で何やら揉めている声がする。男性と女性――まだ幼さが残る声は少女のものだろうか。

 その声に反応したのは、どうやら僕だけではなかったらしい。


「……シャーレィ?」


 ガルディアがぼそりと呟く。直後、僕の四肢に自由が戻った。力の入れ方がよくわからなくなりよろめいてしまったが、なんとか態勢を立て直す。


「グルニエさん!」


 剣を抜き、僕は魔女ガルディアに斬りかかる。僕の牽制を含んだ一閃は容易く見切られ距離を取られる。だがそれが狙いだった。グルニエさんからガルディアを引きはがすことに成功した僕は、剣を右手で握ったままグルニエさんに駆け寄る。

 大丈夫ですか、と聞こうとしてすぐに口を噤んだ。外傷こそないが額に浮かんだ尋常ではない汗、荒い呼吸……高熱に魘されているとこういった症状が出る。左手で額の汗を拭えば信じられないほど触れた肌が熱い。人間の治療方法と同じものが効くかはわからないが、彼女をこのまま絨毯に寝かせておくわけにもいかない。

 元凶であるガルディアはと言うと、僕たちを置いて玄関先へと歩いていく。その足取りはどことなく重く感じられた。玄関先の会話はところどころ聞き取りにくい部分もあるが、応接室からでも十分確認することができた。


「ッ、ガルディアさま!」

「あなたたち、どうしてここに……その子を離しなさい。彼女は私の使用人です」

「いくらガルディア様の頼みでも、こればかりはきけません。何せその娘は人殺しですから」

「人殺し……⁉ 何かの間違いでしょう、そんなはずが」

「残念ですが、証拠もあがっています。お諦めください」

「ガルディアさま……っ、わたし……」


「召使シャーレィ。貴様をイーサン・サルディニア殺害容疑で逮捕する」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る