第六コマ 人間社会における五つの爵位:華族制度と欧州と中国の〈五爵位〉

「水戸恋(みと・れん)と申します。

 あたしも、発表グループは『フィクションの中のリアリティ』で、さらに、その中でも、『異世界ファンタジーにおけるヨーロッパ中世〈風〉要素』という小グループに属しています。


 さて、異世界ファンタジーは、中世ヨーロッパ〈風〉の社会を舞台背景に利用している作品が多く、そのため、物語には、いわゆる〈貴族〉が登場します。


 貴族とは、要するに、血統によって、生まれながらにして〈持っている〉超特権階級の事です。

 たしかに、現代の日本には、もはや社会的身分としての貴族は存在しないのですが、しかし、かつての日本にも貴族制度が在って、それは、〈華族制度〉と呼ばれていました。


 ヒエラルキー的に言うと、華族とは皇族の次に来る身分です。


 その華族制度は、欧州の貴族制度を真似て、明治時代に設けられたものです。

 例えば、明治時代の初期の日本の人口は、約三千三百万人だったらしいのですが、そのうち華族は約三千人、すなわち、一万人に一人しか存在しなかった計算になります。

 こうした数字だけでも、華族の希少性が窺い知れるでしょう。


 その稀なる華族の中にも、〈序列〉があって、あたしは中学受験準備の小学校高学年の時に、リズムに乗って、〈こう・こう・はく・し・だん〉と覚えた記憶があります。

 『こう・こう』と同じ音が続くのが紛らわしい点なのですが、漢字で書くと次のようになります」

 そう言って恋は、プロジェクターにスライドを映し出したのであった。


  公爵

  侯爵

  伯爵

  子爵

  男爵


「小学生の頃は、とりあえず覚えただけだったのですが、受験が終わって、中学に入った時に、友達の影響で、異世界もののラノベやアニメにハマってしまった際に、受験の時に覚えた華族制度の序列が、物語に登場する貴族の、どっちの方が身分的に上なのか、あるいは下なのかを知る上で大いに役立ちました。


 さて、華族制度における日本の公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵という名称は、ヨーロッパの爵位であるデューク、マーキス、アール、ヴィカウント、バロンという五つの爵位を日本語にしたものです。

 ちなみに、これは、あくまでも英語の発音で、同じ、あるいは類似したスペルでも、国、すなわち、言語によって読み方が異なるのは、前回の須藤さんの発表にあった、人名と同じであるように思われます。

 

 ちなみに、国によって、五つの爵位には発音の違いが確認できるのですが、その比較検討は、ここでは括弧に入れておくことにします。


 とまれかくまれ、これら英語のデュークやバロンといった称号は、中世〈風〉異世界ファンタジーの中で使われる事は然して多くはなく、物語の中では、もっぱら、華族制度において使われていた〈公・侯・伯・子・男〉という爵位が適応されています。

 おそらくこれは、カタカナを使うよりも、日本語に置きなおされた称号を使う方が、学校の社会科でも取り上げられているので、日本で教育を受けてきた人間にとっては、身分の上下がピンとくるからなのかもしれません。


 面白いのは、明治時代に、ヨーロッパの〈五爵〉を模倣した時に、〈公・侯・伯・子・男〉という訳語が当てられたのですが、これは、その時の日本人が作り上げた用語ではない、という点です。


 実は、この当てられた漢字には元ネタがあって、古代中国の周の時代にまで遡る事ができるそうです。


 つまるところ、日本の華族制度の名称は、たしかに、欧州の貴族制度の五爵を模倣したものであるにもかかわらず、言葉それ自体は、今から三千年以上前の中国の周の五爵位の用語が使われているのです。


 さらに、現代のラノベやアニメの一大潮流となっている、中世ヨーロッパ〈風〉の物語に登場する貴族が、〈デューク〉や〈バロン〉とった横文字の称号ではなく、〈公爵〉や〈男爵〉といった、古代中国に由来する語を貴族の称号として使っているのも面白い現象であるように思われます。


 あたしにとってさらに興味深いのは、爵位の数が増えたり減ったりという歴史的紆余曲折はあったそうなのですが、中国においても爵位の数は〈公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵〉の五つ、そして、一方、時代や国によって数が違うらしいのですが、明治時代の日本が参照したヨーロッパの爵位の数も五つで、このように、洋の東西において、貴族の序列の数は共に、概ね〈五つ〉なのです。

 この事は、歴史の流れの中で、貴族という特権階級の制度は、五つの序列というのが人間の社会においてはおさまりがよかったという事を意味しているのかもしれません。

 

 以下、今回、あたしが参照した文献をあげておきます」


〈参考資料〉

〈書籍〉

 マイケル・L・ブッシュ著 ; 指昭博・ 指珠恵訳、『ヨーロッパの貴族: 歴史に見るその特権 』、東京 : 刀水書房、二〇〇二年。

 小田部雄次、『華族:近代日本貴族の虚像と実像』、東京:中央公論新社、二〇〇六年。

 村上リコ、『図説英国貴族の令嬢』、東京 : 河出書房新社、二〇二〇年。

 君塚直隆、『貴族とは何か:ノブレス・オブリージュの光と影』、東京:新潮社、二〇二三年。


「これで、あたしの発表を終えます。ご清聴、ありがとうございました」

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