第2話片桐探偵事務所・片桐の執務室
「おはようございます。
部屋の片開きのドアを開く音がしたと思ったら真っ直ぐにこちらに向かって来たカツカツと言う少し威圧的な足音が、止まると顔の真上から声が降って来た。
薄く眼を開けて声の主を確認すると、見慣れた顔に小さく頷き返す。返事も無く踵を返してまたカツカツと足音がしてドアがパタリと閉じた。声の主が抱いていた猫の声がドアの音に驚いてにゃあと鳴いたのが、聞こえた気がする。
今日も朝かと片桐は、溜息をついた。
さっきここにいた人物は、恋人である。
もう何年も前からそうである。
しかし、いつも片桐さんのままである。
フルネームは、
今30代になってからは、会う人会う人にこんな親爺がこんな名前かと期待を勝手に裏切られため息をつかれる。ためいきをつきたいのは、いちいちこっちなのだ。
そんな事より、今は片桐さん。
____どうやったら、やめてくれるだろうか
毎日毎日それだけで、流れている。
もう、女子高生でもないのにである。
そんな毎朝の憂鬱に悩まされながら私は、立ち上がるとシャワー室に向かった。
途中窓から外を見ると朝なのに暗くて一雨来そうな空の面持ちである。
シャワーを浴びていると遠くから私を呼ぶ声がした。
遠いが大きくて騒がしい。
騒がしいのは、キライだ。
だから、黙っていると部屋のドアが乱暴に開けられ大きな音が聞こえた。乱暴である。物にくらい優しくすべきだ。
「片桐さん!片桐さん!!」
何度も呼ばれている、特にキライな奴の声だ。
私は、だんまりを決めたがシャワーの音は、煩くて
「片桐さん!何回も呼んでるのになんで出てこないんですか!これが、お客様相手なら失礼ですよ。神前さんに報告するので片桐さんは、もれなくクビです!もう今回に限っては、絶対いけますね。」
見つかってなんの躊躇もなくドアを開けると猛攻撃である。
言葉の猛攻撃である上司に対して物怖じしない元気な若者である。
部下の
「お客様はなぁ、受付で話をして案内人と一緒にここに来るアポイントの後ここに来る。そうで無く自分の足で突っ込んでくるのは、警察かお前位だ。今時警察でもこんな乱暴な事は、せんぞ。早くドアを閉めろ」
部屋のドアに続いて開けたシャワー室のドアは、裸の男と服を着た若い青年の間を隔てることが出来ず無念に開いている。本来の役割など果たしていない。
「閉めませんね。僕は用があってここに飛び込んで来たんです。さっさと話を聞いて下さい」
私は、タオルを取ると体を拭きながら若者に対峙したが一向にその場を退かない。仕方がないので、シャワー室から脱衣所に脚を向けるとやっと一歩下がり体を拭くことにした。
「それで、用ってなんだ」
訊ねると、天野の口が開いた。
「俺、昨日調査してて途中で依頼人のストーカーに襲われたんです。で、病院に行きたいので帰っていいですか」
天野は、声を震わせたり何か声色を変えることなく表情のない声で何ともあっさりと大変な事を口にしていると思う。
「襲われたってなんだ」
こちらも聞き返すと、相変わらずの無愛想な声が話し出した。
「襲われた!んですよ。つけてるのがバレて花本さんが、コンビニに行ってる間に俺に襲いかかって来たんです。見ますか?俺の尻の穴、今ここに立ってるのが不思議なくらいめちゃくちゃにされて腰も痛いし病気の心配しかないのでさっさと病気に行きたいんです」
天野は、溜息をつきながらアクションを混じえ自分の尻を指差して後ろを向くと軽々とこちらに体を捻っている。腰が痛いと言いながらで、ある。
腰が痛ければ、屈むならまだしも軽々と捻ってこちらを見るなど出来るはずもない。傷んだ腰を労る様子もない。
「お前らの担当してた依頼ってどれだ?」
私は、バスタオルを腰に巻くと自分の机のPCの依頼ファイルを開き腰が痛み尻の穴が痛む天野の方へ視線をやった。
「これですよ?依頼人の名前は、希望により俺と担当の花本さんしか知らないのでファイル匿名55が今回の依頼です。」
私の机へ大股で寄ってきた天野は、説明をしながらファイルを画面越しに指差した。
匿名55とは、ココと言う言葉を数字にしただけのファイルで依頼人が、プライバシー保護の理由からあまり大勢に名前を知られたくない時の簡易的な名前だ。
「これか、男子大学生。ストーカーに追われている気がするので調べて欲しい。この写真お前によく似てるな。前髪おろしたり、化粧したりしてるけどお前じゃないのか?」
ファイルを開いて簡易的な情報と共に添付されていた写真を見る。
匿名55は、名前と細かい所番地以外は、伏せられない。依頼人の顔写真、職業、年齢、主な生活時間、家族構成など細かな情報を聴きその上での匿名。
担当の探偵は、勿論名前を聞いているが、ここまで聴いても偽名を名乗り依頼してくるケースは、うちには、よくある事だ。
人探し物探し浮気調査見合い相手の素行調査、調査だのなんとか探しだのと言うそれらしき名前の自分には、時間やスキルがないからお願いします。と言う面倒事の請負が、ここの仕事である。
それで、これは誰だと言う質問に天野は、霹靂とため息混じりで応えた。
「依頼人の方ですよ。最近、こんな半目隠した様な髪型で化粧してる人なんて男でも沢山いるでしょもっとよく見て見たらいいんじゃないですか?30代で既に老眼が始まったなら拡大の方法でもご案内して差しあげましょうか?」
何と元気な若者か案内してあげましょうかと言う言葉と共にマウスをいじって写真の拡大である。見れば見る程似ているが、違うのだろう。こうなってくるとこちらも面倒くさくなってきた。
「分かった。さっさと病院に行け。このままじゃこっちも風邪をひく」
私がそう言い放った瞬間天野は、甘えた声ではいと返事をし出口に向かい私ももう一度シャワー室へ向かった。
「そうそう、捜査中の事なら労災だからちゃんと領収書貰ってこいよ。」
私の声が聞こえたのか知らないが、ドアは、また乱暴に閉められ騒がしさが遠のいた頃シャワー室でお湯を浴びると身体が冷えていたので、寒暖の差でくしゃみが出た。
雨の日 大通せと @na-----
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