第7話
夏休み。僕等は天羽の家に課題をやりに来ている。結局日程は僕、真田、クリスの3人で話し合って決めた。天羽はいつでも予定が無いのだから当然か。我が妹はフェリスさんの写真を見た途端「まさかボクを置いてく気じゃないだろうね?」と、先程まで面倒くさそうにしていた事が嘘のように乗り気になりだしたので無事連れて来られた。
「フェリスちゃんフェリスちゃん、こっちに来給えよー」
「……」
フェリスさんはクリスの背後でただでさえ小さい体を更に縮めて我が妹の様子を伺っていた。怯えられてるぞー、妹よ。それというのもうちの妹は片手にワンピース、片手にパンプスとフェリスさんを着せ替え人形にする気満々で迫っているからである。写真ではクラシックドレスをきちんと着ていた彼女だが、本人は着飾る事が好きでは無いらしく、家でも外出する時にもジャージを着替える事は無いという。
「フェーリースーちゃーん、怖くないからこちらへおいで」
影李はいつの間にか炬燵の中に潜り込んでいる(夏なのに炬燵?)フェリスさんの目の前でメイド服を広げていた。まるでエロ親父の様な形相で迫る妹が正直怖い。おそるおそるクリスの顔色を伺うと、彼は何故か感極まるといった様子で二人を見ていた。そう言えばフェリスさんには友達が少ないと言っていたな。影李が付き纏う様を見て感動するくらい友達が少ないという事なのか。と言うか、こんな人見知りで如何にも大人数が苦手なタイプの子をこんな所に連れてきていいものなのか?とりあえず、炬燵布団を被って猫みたいに威嚇するフェリスさんを見かねて僕は影李を窘めることにした。
「影李、いい加減に…」
…ん?
国語科が得意な僕は人並み以上に感受性が強いと自負している。そんな僕の目にはフェリスさんがメイド服を見て、これまでの迷惑そうな表情から強い、憧れ?の様なものをもつ表情に変わった様にうつった。彼女は何かを言おうと唇を微かに震わせ、それでも暫く声を出せずにいたが、遂に話し始めた。
「…、メイド服…。えいりさんが着てくださったら、私も着ます」
か細い声で、おそるおそると言った調子でフェリスさんは言う。
「え、本当かい?着る、着る、着るよ!実は、和風洋風、色だって何種類も持ってきているんだ!」
おっさんのように、ぐふふふ、と下品に笑うと影李はフェリスさんの手を取り、立ち上がった。
「天羽せんぱーい、どこか空いている部屋はありませんか?」
ああ、忘れかけていたがここはあいつの家だったな。家主がどこへ行っているんだか。
「ああ、2階にあるモナリザの扉の部屋、物置になって少し手狭だが…」
天羽はキッチンの方からやって来て言った。こいつは家中の扉に有名な絵画のコピーを貼り付けて、トイレは最後の晩餐だ、等と説明をしていた。賢いとは思うが、説明が面倒だからと言いながら、その前段階である絵のコピーすら面倒だと考え準備したであろう天羽のさまが容易に想像できてしまう。というか、その方が手間なのではと思うがそれを言うのは何だか気が引けた。
「大丈夫です!さあ行こう、フェリスちゃん」
「て、手首、いたいです……」
ものすごい勢いで目の前を走っていく二人を天羽は理解し難いといった顔で見ていた。人の妹を不審者を見る目で見るんじゃない。
「ちょっと、天羽。どこ行ってたのよ」
真田が不満げに言った。そりゃそうだ。彼女は天羽と近づくために課題の協力を提案したのだから。
「ふん、冷蔵庫にプリンが有るのを思い出して持ってきただけだ」
「え、プリン?やった」
つい口から出ていた。ぱっと皆が一斉にこちらを向く。クリスは微笑ましげに、真田は少し驚いた様に僕を見ている。天羽は…え、何その反応。視線が泳いで、動揺してるのか?なんにせよ僕の落ち着いた印象を壊した気がする。冷静で大人びた態度を心がけていたのに。顔が熱くなるのを感じた。
この心臓の鼓動は 遊佐文久 @1966211
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