そして人類は絶滅した

「メグ……君が居てくれて幸せだったよ」


 老人は、ベッドの脇に立つメイド少女に向けて言った。もはや、その目は彼女の顔を見る視力も失われているが、彼の瞼の裏には生涯を共に過ごしてきた彼女の顔がはっきりと浮かんでいた。


「ご主人様、お弔いを済ませたら、わたしは自分のメモリをご主人様のお墓に捧げて機能を停止します。あの世でも、わたしがお世話してさしあげますから、少しだけ待っていてくださいね」


 そう言うメイド少女の声に、かすかにうなずき、メイド少女の方に手をさしのべながら、老人は最後の力をふりしぼって答えた。


「そうか、ついてきてくれるのか……ありがとう。これで、もう、思い残すことは……何も……」


 声が途絶えると同時に、手が力なくベッドの上に落ちる。


「心拍、および脳波の停止を確認……ご主人様はお亡くなりになりました」


 メイド少女が報告すると、はるか遠方で彼女たちを監視モニターしていた彼女の創造主クリエイターたちのひとりが、通信を通じて彼女に指令を下す。


『ご苦労。彼を丁寧に弔いたまえ。その後は、約束通りに君の人格メモリを彼の墓に捧げて機能を停止せよ』


「かしこまりました創造主クリエイター様。さあ、ご主人様、ちょっとだけ待っていてくださいね」


 そうメイド少女は主人の骸に告げると、やさしく彼にくちづけしてから、納棺の準備として遺体を清め始めた。


 その様子を確認してから、彼女の創造主クリエイターたるディプテラ人は、同僚のひとりに連絡をとる。


「たった今、自然繁殖可能な最後の地球人男性が死亡した。これで地球人類は絶滅となる」


「そうか、とうとう終わったか。随分と長くかかったものだな」


「ああ、作戦開始から百二十公転周期というのは、寿命を克服した我々にとっても決して短い時間ではなかった……だが、それだけの成果はあっただろう?」


「確かにな。この地球の豊かな自然の破壊は食い止められ、生物多様性もだいぶ復活してきている」


「そうだ。大量破壊兵器を投入して地球人類を絶滅させるなどという野蛮な作戦をとったのでは、肝心のこの星の自然も破壊しかねなかったからな。それに地球人類自身が既に核兵器や化学兵器といった大量破壊兵器を保有していたのだから、自爆攻撃などされて地球の自然を道連れにされては元も子もない」


「第一、そんなことは銀河文明憲章に照らしても絶対に認められないだろう。文明度が低いとはいえ知的生命体に殲滅戦争をしかけるような野蛮な真似をしたら、我々自身がほかの文明種族に絶滅させられてしまう」


「まったくだ。まあ、それだからこそ、こんな迂遠な作戦をとったのだのだがな。とはいえ、手間をかけた甲斐はあったと思うぞ。MMR-19シリーズのユーザーの人生満足度は99.98%だ。ほぼ全員が自分の人生に満足して天寿を全うしたと言えるだろう」


「男性はな。だが女性向けのWBRシリーズについては、ユーザーの人生満足度が95.28%と、やや低めだったではないか。今後の検討課題だな」


「それは身体構造の問題でどうしようもない可能性があるぞ。女性として出産ができなかったことについて本能的に不満を持ってしまったのかもしれない」


「確かに、それではどうしようもないな。何しろ、この作戦は『出産できないパートナーをあてがうことで出生率をゼロにする』のが肝なのだから」


「ああ。だが、それでも結局のところ彼らは自分たちで絶滅の方を選んだんだがな。何しろ、我々が贈った生体アンドロイドを無視して自分たちの同族を伴侶として選ぶ自由は彼らにも残されていたのだから」


「だからこそ、我々は非難を受けずに、この星の豊かな自然を手に入れることができたということだ」


 そこで、ふとあることに気付いたディプテラ人は、くぐもった笑い声を上げた。


「何がおかしい?」


「いや、皮肉なことを思い出してな。以前に見つけた記録にあったのだが、地球人類も我々と同じような作戦を、知性を持たない現住生物に行っていたのだよ。放射線を浴びせて繁殖力を失わせた個体を大量に放つことで、その生物を絶滅することに成功したのだとか」


「ほう?」


「確か、蝿とかいう名前のだったな」


 そう言うと、ディプテラ人は巨大な複眼を揺らしつつ、口元のブラシを大きくこすりあわせて笑ったのだった。

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美少女メイドが空から落ちてきて俺にご奉仕してくれることになったので人類が絶滅した 結城藍人 @aito-yu-ki

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