第15話 壁越しの合図で今日も偶然を

更衣室に入り、ロッカーからコートを出して羽織った。スマホを鞄から出してみると、先程「今日は失礼します」と送った私のメッセージに、「自分も帰ろうと思ってました」と返事が来ていた。「あ、帰ります?もたもた準備しているので、まだ更衣室にいますよ。」


ガラガラ・・・ガチャ。彼だ。音と同時に、「もう部屋来ました。」と返事も来たからだ。壁越しに聞こえる男子更衣室の物音に耳を澄ませた。私はロッカーのドアを閉めた。その数秒後に彼もロッカーを閉めた。私は鏡の前でマフラーを巻き、電気を消した。ドアノブを回して外に出て、ドアを閉める。それと同時に隣から彼が出てくる。まるで偶然。そんな感じで私たちはお互いを見て、「お疲れ様です」と言う。


「早かったですね。」

「そうですか?」

「だって、さっきまで普通に仕事してたじゃないですか。」

「まあ、そうですけど。あとは家でやればいいので。」


私たちは外に出た所で、先輩社員と会った。内心私は「二人きりのチャンスが!」と思ったが、彼女を無碍にすることもできない。でも、このまま三人で帰るのはそれはそれで気を遣うので気が進まない・・・。


「あ・・・」

「どうしたの?」

「・・・スマホ忘れました。マフラー巻いた時に更衣室の椅子に置いたんだった。」

「あら。」

「すみません、先に帰ってください。」


そう言うと私は小走りで戻った・・・ふりをした。実際はしっかりコートのポケットにスマホはあるのだ。彼と帰れないのは残念だったが、またチャンスはあるだろうし。


3分くらい暇を潰してから私は帰路についた。年末独特の寒さが身に染みる中、駅のホームへ階段を登った。運が良ければ彼がまだホームにいるかもしれない。そう思った瞬間、手に持っていたスマホの画面が光った。


「タイミング的に一緒に帰るとはなりませんでしたが。」


あ、なんか嬉しい。そう感じながら階段を登りきると、そこには同じようにスマホの画面を見ている彼の後姿があった。私はそっと彼の左側から声を掛けた。


「追いつきました。電車、間に合わなかったの?」

「ホームに来てましたけど、急ぐ理由もないし、走りませんでした。」

「先輩は反対側でしたっけ?」

「そうですね。なので階段上る前に別れたので。」


私は彼がちょっと待ってくれたのではないかなと思ってしまった。いつもならさくさく歩くし、乗り換えが上手くいかないと、それなりに待ち時間がある路線を使っている。だったら間に合うものなら来た電車に乗るはずだから。


そうこう都合のよい考え方ができる私は幸せ者である。


特急列車が通過するアナウンスが聞こえた。私は彼の右側にうつり、「また風が寒いから、風よけにしますね」と無邪気に笑った。彼は、「はいはい」と言うと電車が来る方向を向いた。

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午後6時に今日もあなたと みなづきあまね @soranomame

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