第14話 指先から愛を!
10月末にしては暖かく、部屋の中で時折半袖になるくらいだ。予定よりも早く仕事が終わり、鞄に荷物を詰め始めると、彼も帰り支度をしているのが視界の端に入った。私はお手洗いに席を立ったが、その間に彼が帰ったらどうしようと少し不安に思った。
戻ってくると、まだ彼は書類に目を通していた。私が歩いてくるのを見て、彼はリュックを背負った。私もハンカチなどをしまい、彼が先に出て行くのを気に留めながらも、追うことにならないように、落ち着きながら支度を終えた。
外に出て数メートル先に彼が歩いているのを見つけた。私は自然な速度で近づき、そっと彼の肘あたりのスーツをつまんだ・・はずだった。思ったよりも深くつまんでしまったようで、彼の腕の筋肉をつまんだことに気づいたのと、彼の呻き声は同時だった。
「・・・腕までつままないで下さいよ。」
「すみません!そのつもりはなくて!いや、意外に太かったな、って。」
「太くて悪かったですね。後ろにいるのは分かってましたが。」
私は罰が悪く、明るければ真っ赤になっていることがバレたに違いない。
駅に着き、改札に向かっていると彼がふいにこう述べた。
「さっき、バス停に会社の人がいました。」
「え?本当?」
「はい。話し声がするなと思ったら、自分たちのこと見てたので。」
「全然気づかなかったなあ。まあ特に何があるでもないし・・お手伝いってことで!」
彼が今、怪我をして歩くのが不自由なことを理由にすることを私は提案した。
「何でも口実に使っていただいて。」
彼がこういう風に言うのは、どういう意味なんだろうといつも分からない。疾しい気持ちがなければなんとも思わないはずだから、多少彼も私を意識しているのかと勘ぐる。一方で、そんな素振りは滅多に見せないため、ただ私が都合よく解釈しているのだとも思うのだ。
エレベーターは満員で、私は彼を中に促すと自分は階段でホームへ向かった。ホームに着くと、ちょうど電車が入ってきた。しかし、彼と会わねばならない。右に曲がって歩いていると、私を探している彼の姿が見えた。私ら彼と目が合うと、小走りで駆け寄った。
「先に乗られたらまだしも、自分が先に乗って置いていったらまずいな、と。どっちの階段から来るかもわからなかったので。」
私を迎えた彼はそう笑った。
「私が置いてっちゃうのも、なかなか面白い構図ですねー」
私はそう言いながらニヤッとした。私たちは階段の少し手前で止まり、電車を待った。
「けがはいつ頃直るんですか?」
「んー、完治はだいぶ先ですけど、あと2週間くらいしたらほぼ自然に。」
「意外と早いんですね!」
「そうですねえ。でも、なんか今日は今日で、気づいたらここが青くなってて。」
そう言うと彼は私に左手のてのひらを見せた。確かに親指の付け根あたりが何かにぶつけたかのように青くなっていた。
「何かにぶつけた?あとは無意識に自分でつねりすぎたとか?」
そう言いながら私は遠慮がちに彼のそこを指でぷにぷにと押した。彼は顔色一つ変えない。・・・私だけこんなのでドキドキしてるなんて、なんかなあ。
そうこうしているうちに電車がやってきた。彼にあいている席に座るよう促し、自分は彼の前に立った。話していると自然と彼の顔がよく見える。横に並んで歩いている時とは違う。私の話に彼が笑うと、目元も微笑む。普段とのギャップがたまらず、この微笑を見れるだけでいつも幸せなのだ。
いつかその目で私だけを見て。そう心でそっとつぶやき、私は自分の駅で電車を降りた。
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