第13話 秘密の待ち合わせ

金木犀が散り、秋が深まり始めている。朝晩は冷え、日によってはコートを着る時が増えた。今日はあまり寒くはないが、ひんやりとした空気が開いた窓の隙間から吹き込んでいる。


彼と一時期は毎日のように帰っていた。最近は多くても週2回、つまり以前と同じくらいの回数に落ち着いていた。まあ、お互い仕事が立て込んでいたり、早く帰る用事がある日もあるから、仕方ないのだ。しかし、少し物足りなさもあり、急ぎの用件ではないが聞きたいことがあり、私は彼のもとへ向かった。


ちょうど皆が出払い、人数が少ないオフィス。私は彼に声をかけて、そっと座っている彼の横にしゃがんだ。


「あの、後で仕事と全く関係ないこと聞いてもいいですか?」


「別にいいですけど、4時以降に会議があるみたいだからそれでも大丈夫ですか?」


「大丈夫です。どうでもいい内容なので、聞けなければそれはそれで。」


私は軽く会釈すると立ち上がり、自席に戻った。


結局彼の会議が終わっても、自身の仕事が山積みで、彼に話す余裕は全くなかった。集中力も限界で、ミスが起きても困るから、私はキリの良いところでパソコンの電源を落とした。スマホを触ると、彼からLINEが届いていた。


「そろそろ帰る予定ですが、用事は大丈夫ですか?帰るなら一緒に帰りますか?」


無関心に見えて、こうやって気を遣ってくれるところが好きだ。


「あと5分はかかりますよ?」


「待ちまーす」


彼をチラッと見ると、デスクを整理して帰り支度をしていた。私はなるべく手際良く自分の帰り支度を始め、お手洗いを済ましたりした後、帰ると一言返事をした。その瞬間、彼はリュックを背負い、先にドアから出て行った。


私も後を追おうとした矢先、上司に呼び止められ、来週使うレジュメを渡されながら説明を受けた。少し焦っていると、彼も何か伝え忘れたようで、一度中に戻ってきており、同僚と話してからまた私より先に出て行った。


私は周りに忙しなく挨拶すると、急いで更衣室でコートを羽織り、階段を駆け下りた。外に通じるドアの前で、既に準備万端の彼が立っていた。


「お待たせしました。すみません。自分から話を振ったのに、仕事が忙しすぎて、話に行く余裕がなくて・・」


私はそう言いながら、彼の横に並び、駅までの道のりを歩き始めた。彼はいつもは早歩きなのに、歩調を合わせてくれる。車道側を歩いてくれるとかはないが、車が来たら私のために寄ってくれる。期待したくなる。


駅に着き、ホームで会話を続けた。今でも話題が尽きると、どこを見ればいいのか分からないし、無言が続くことに焦る。電車がほどなくして来て、沢山の人が降りた。発車ベルが鳴り終わってしまうのではと不安になりながら、私は彼の真後ろで行列が途切れるのを待っていた。


改めて近くで見ると、私の身長は彼の肩の稜線くらいにあるようだ。幅の広い肩に見惚れながら、もし彼の腕に抱かれたら、顎の下に自分の頭はすっぽり埋まるくらいかな、などとふしだらなことを考えていた。


車内に入り、すぐ降りる私は彼に席を譲り、座ってもらった。さっきまで見上げていたのに、彼を見下ろす形になった。


「なんだか新鮮。いつも見下され・・違う、見下ろされてるから。」


「見下すは違う、笑 そんなこと一度も思ったことないですよ。たしかに新鮮ですね。」


彼は私の間違った日本語に笑いながらそう言った。


たまに起こる秘密の待ち合わせ。まるで立派な社内恋愛みたい。ドキドキする。私達の関係性はどんなものか、まだ定義できないが、時間差をつけてオフィスを出たり、待ってくれている彼に駆け寄ったり、近くで彼を眺めたり。そんな6時の幸せがいつまでも続きますように!

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