あなたの人間株式はいくら? 僕はノドから…

ちびまるフォイ

ぜったいに人は変わっていけるはず

「あなたの現在の人間株式は100円です」

「そ、そうですか……」


「志望大学変えてみては?

 あなた程度の人間価値では仮に入学できたとして

 そこでちゃんと生活できる保証はないですよ」


「……そ、そんなのわからないじゃないですか!

 ちゃんと生活ってそもそもなんですか!」


「それじゃあなたは自分より人間価値の低い人と接したいんですか?」

「それは……」


人間株式の価値は人の価値。

犯罪者や人から嫌われる人間は当然低くなる。

そうなると自分以下の人間価値の人は犯罪者予備軍に見えてくる。


「やはり、同等なレベルを目指したほうが……」


「うるさいな! それはこのまま俺の人間株式の価値が変わらない前提でしょう!?

 変えてみせますよ! 人はいくらでも変われるってことを見せてやりますよ!」


と、啖呵を切ったもののあてがあるわけではない。

ネットで調べてもなんだかよくわからない起業家の

「こうして僕は成功しました」的なものがわんさと出てくるばかり。


「……一番の近道は人に親切にすることです、ねぇ」


ネットで共通してあった処世術を参考にした。

道に迷っている人に道を教え、おばあさんの荷物を預かった。


「あのぅ、すみません……少しお願いがあるんですが」


「はい?」


「家に忘れ物をしてしまいまして、戻らなくちゃいけないんです。

 でもこの大荷物を持って引き返すわけにはいかなくて……預かってくれませんか?」


「ええ、それくらいなら」

「15分で戻ります!」


大荷物を持った人は道路をダッシュした。

この人助けで俺の人間価値は上昇して株価が上がるだろう。


「あ! 私のかばん!!!」

「いたな泥棒め!!!」


「はい!?」


駆けつけたのは警察だった。


「ちっ、ちがうんです! 俺は荷物を預かっただけで!」


「嘘を言うな! お前のような人間価値100円のやつは

 たいていそういう嘘をつくんだ!」


「あなただって、人間価値110円じゃないですか!」

「10円なめんな!!!」

「えええ!?」


おぼろげな女性の証言により背格好と人間価値が

犯人の特徴と合致したということで俺は犯人となって逮捕された。


罪そのものはすぐに釈明されたものの、

警察沙汰になったことで不倫した芸能人くらい人間価値を落としてしまった。


「俺の人間価値10円……うそだろ……」


誰かが俺を「すごい人間だ」「いい人だ」と見てくれなければ、

人間株式の価値は変動しない。一般人の振り幅は狭く、回復しにくい。


「おい、お前……大丈夫か?」


「あなたは……。ま、まさか泥棒!?」


「なんでだよ。過去になにかあったのか」

「まあ……」


「僕は君と同じ底辺価値の人間さ。といっても自分の意思ではないけどね」


「人間価値10円……俺と同じだ」


「親がちょっとやらかしてね。そのしわよせで僕の人間価値も下がったんだ。

 そこで僕は同じように報われない人と助け合いたいと思っている」


「やばい投資話とかじゃないですよね?」


「君は警戒心が強いな。人間グループは知っているかな?

 人間株式を個人ではなくグループ化するものだ。

 僕らはひとり10円でも、人間価値の高い人とグループになれば平均化される」


「アイドルグループみたいな話ですか……?」


「ははは。まあ似たようなものだよ。

 人間価値10円じゃ誰にも相手にされない。それじゃ価値回復もしにくい。

 だから、底辺のみんなで集まって個人価値ではなくグループ価値に統合するのさ」


「よわからないけどそうします!」

「決定は雑なんだね」


かくて結成した「負け犬同盟」は10人集まることで、

グループの人間株式が1000円となった。


俺の値段は10円のままだが……。


幸いだったのは人間価値10円では道に転がる糞みたいな目で見られてたのが、

グループ価値に統合したことで1000円の人間として扱われるようになった。


「みんな、10円しか価値のない俺のためにありがとう!!」


グループのみんなには感謝しかなかった。

1000円のうち10円しか貢献できていないので、

こんなに優しくて素晴らしい人達のために貢献したいと心から思った。


それからは自分の人間株式を高くみてもらうためにあらゆることを行った。


家を一歩出ればそこはすでに戦場。

常に見られている意識を持ちながら人に親切に聖人君主のように振る舞った。


やがてストイック☆親切生活が体になじみナチュラルに実践できるようになったころ、

グループの人間価値はいつのまにか上昇していた。


「すごい……! 最近やたらテレビの取材やらくると思ったけど

 俺たちの人間株式ってこんなに高まっていたんだ……!」


俺たち10人の負け犬同盟の将来性や現在の評価が反映されてグループの株式は急上昇。

なかでも俺の人間価値が抜きん出ていた。


「知らなかった。もうグループの中じゃ俺が一番だったんだ」


かつては10円しか価値のなかった自分が、

今やグループの価値を牽引する顔となっていたとは。


しかしそうなってくると、今度はグループじたいが足かせに感じ始めた。


俺がいくらグループを有名にしてメンバーの価値を引き上げたところで、

たいして親切にもしてない奴の低い人間価値と平均化されて下がってしまう。


事実、すでに俺の人間価値はグループ価値よりも高いじゃないか。


「……ということで、グループを辞めたいと思っている」


「はあ!? 何いってんだ!?」

「そうだよ! ずっと一緒だったじゃないか!」

「最初に救ってやったのは誰だと思ってるんだ!」


案の定、メンバーからは強い反対があった。

ここでゴタゴタしすぎると俺の印象が悪くなり株式価値が下がる。


「俺だって……俺だって本当はみんなと一緒にいたいよ……。

 でもそれじゃダメなんだ。みんなは俺に甘んじていつか努力を忘れてしまう」


「お前……」


「この負け犬同盟から俺が抜ければ、仮に俺が落ちぶれたとしても

 グループみんなの人間価値は下がらない。

 そのうえ、みんなはグループ価値を取り戻すための努力で

 価値は上がることはあっても下がることはないだろう」


「僕たちのことをそんな風に思って……」

「ああ!」


「とでもいうと思ったか!!」


グループの脱退は泥沼の様相を呈してしまった。

なまじグループ価値が高まったことで注目度が上がり、

「メンバーを踏み台にするひどいやつ」として俺の人間株式は大変な痛手を負った。


「これでいいんだ……脱退さえできればこっちもの。

 常に変化の前には痛手が伴うんだ……」


これからは一人でのリスタートとなる。

すでに自分の価値を高める方法は体に染み付いている。


回復に時間はかかるがそれはしょうがない。

失った人間株式の価値は俺の手で回復させていくしかない。


「ようし、頑張るぞーー!!」


新たな出発に覚悟を決めた瞬間だった。

俺のもとに1通の連絡が届いた。



『あなたの人間株式80%が購入されました』



「……なんだこれ?」


購入者はどこかの実業家だった。

いったいなんの目的かはわからないので気にしないことにした。

それより大事なのは迫っているテレビの放送日。


グループ脱退後の初舞台で印象を回復できるように務めなくては。


「本日はゲストとしてお越しいただいてありがとうございます。

 聞くと、最近グループを脱退したんだって?」


「はい。実はみんなと距離感を取ることでお互いに刺激を受けたいなと。

 あっ、もちろん今でもメンバーとは仲がいいですよ。こないだも焼き肉に--」


ケンカ別れじゃないとアピールするために昨日丸暗記した台本を暗証する。

続きを詠唱しようとしたとき、口が動かなくなった。


「焼き肉にーー……やきにく……やきっ……あれ!?」

「どうかしましたか?」


「やきにく……そう! ウサンクサイ会社が出資している焼肉屋さんに行ったんです!

 ウサンクサイ会社は国産100%の肉を使っているのですごく美味しかったです!」


「そ、そうですか……」


「この服、じつはウサンクサイ会社がやっているブランドなんです!

 すごく着心地がよくて最高なんです!」


「服のことは聞いてないんですが……」


「あ! それで思い出した! 実はウサンクサイ会社が--」


体も心も自由が効かなかった。

ひたすらに続くヨイショを止められない。

放送は打ち切られ俺はさっさとお払い箱となってしまった。


「いったいなにが……。まさか、株購入のせいか!?」


思い当たるのはそこしかなかった。

俺の人間株80%を所持している実業家に突撃した。


「ああ、そうだよ。うちの会社を宣伝してもらおうかと思ってね。

 君は知らないのかい? 今、君の決定権の80%は僕が握っているんだよ」


「ふざけんな! 俺はお前のウサンクサイ会社の客寄せパンダじゃないんだぞ!」


「それじゃ笹でも食べてもらおうか」

「誰がそんなっ……ぐっ!」


屋敷に運ばれた笹を涙目になりながら口に加えていく。

20%の俺が拒否しても、80%の抗えない力が反抗を握りつぶしていく。


「ハハハハハ! この世界は人間株式の使い方がわかっていないやつが多すぎる!

 貯金残高じゃないんだ。高めるだけで意味はないんだよ!

 こうして買ってやることが本来の使い方なんだ!」


「くやしいっ……! でも笹食べちゃうっ……!」


「君がグループ脱退で価値が下がったのは買いどきだと思ったよ。

 ファンはそう簡単には離れない。いっとき人間価値が下がってもすぐに復帰するだろう。

 そして、僕は君の行動の80%を握っている」


「ぐっ……」


「その気になればトイレに行かせないことだってできるんだよ」


「俺を好きに会社の宣伝として露骨に使えば、

 逆に俺の人間価値を貶めた戦犯としてファンが黙ってないぞ!」


「かまわないさ。君ごときひとりがパンクしたところでどうなる?

 君のような落ち目の人間の株式を買って同じことすればいい。

 君等は所詮消耗品なんだよ。せいぜい己の価値を高めて私に貢献したまえ」


「殺してやる……!」

「20%の決定権じゃそれもできないだろうね」


俺はひざまづくしかできなかった。


人間価値が低いときは誰も見向きすらしないから人間株を保有されることもない。

ゴミをたくさんためた屋敷の主が評価されるわけがない。


だが、人間価値をたかまった今俺には保有されるリスクが合ったんだ。


人間価値のある人間の有効な活用方法なんていくらでもある。

こんなことになるんだったら、自分で自分の株を保有しておけばよかった。


「それじゃ今度はSNSでうちの製品を宣伝してもらおうかな。

 おっと反抗するなら、残り20%の決定権がますます減ることになるぞ」


「くそっ……!」


そのときだった。屋敷に見知った10人がやってきた。


「そこまでだ! それ以上はお前にさせない!」


「ま、負け犬同盟のみんな!!」


「なんだお互いに傷をなめ合うことしかできない低価値人間が。

 まさか、この男の株を購入するつもりか?」


「そのつもりだ」


「ハハハ! 笑わせてくれる。10人でお金を出し合って、か?

 無理だね。俺は貴様らにけして80%の株を譲らない。

 20%を貴様らが買ったところで、俺の80%ぶんには逆らえないだろう!」


「……これ、なーんだ?」


「それは……私の人間株式じゃないか!?」


はじめて実業家の顔にあせりが現れた。


「露骨な宣伝は自分への悪評になるとは考えなかったのか?

 今そこの笹男の株を手に入れることはできなくても、

 価値が下がったお前の決定権をみんなで購入することはできるんだよ」


「貴様らぁ……!!!」


「さあ、筆頭株主からの命令だ。そいつの株をよこせ」


「うあああ! か、体がぁっ……!!」


実業家は顔で抵抗しながらも体が言うことを聞かず、

俺の株式をついに負け犬同名のみんなに譲ってしまった。


俺の目からは涙がとめどなく流れた。


「みんな……ありがとう……!!

 グループ脱退して怒っているのか思っていたけど、

 信頼は残っていたんだな。こうして助けに来てくれるなんて……」


「ああ、もちろん。こんな小悪党に譲ってたまるか」


「ありがとう、本当にありがとう……!」


「だって、まだ復讐できてないものな」



「えっ?」



同盟のみんなは笑いながら俺の株式をビリと引き裂いた。


その瞬間、俺の体は喉元から四方にちぎれてーー……。

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