エピローグ
プテラノドンが翼を羽搏かせながら、地面のうえに降りたった。
その背中に跨りながら、ハシモトはまだ空を飛んでいるような気持ちでいた。
全身に吹き付けてくる風は冷たく澄んで、振り仰いだ先にはどこまでも青い空が広がっていた。
「ガガァ」
「ありがとう」
ハシモトはプテラノドンに向きなおり、へしこを食べさせてやった。アサクラがやっていたように、長い首を大袈裟に撫でると、プテラノドンは嬉しそうに目を細めた。
名残り惜しくも、ハシモトはその背から地上へと降り立つ。うんと伸びをして、いっぱいに空気を吸いこんだ。
「おい、ハシモト。俺を忘れないでくれ」
そこにマスナガからお呼びがかかった。
忘れてないですよ、とハシモトはプテラノドンを見上げたが、その目許が包帯に覆われているのは、すっかり失念していた。
「ああっと、すみません! いま手伝います!」
ハシモトは慌ててマスナガに駆け寄り、降りるのを手伝った。
ありがとうと礼を言った直後、マスナガは吹き出した。
「お前がモリヤマを倒した英雄だなんて信じられないな」
「英雄とかやめてくださいよ、マスナガさん。ぼく一人が戦ったわけじゃないんですから」
「ははは! わかってるさ」
マスナガが声をあげて笑った。
その笑顔を見ていたら、ハシモトもいつの間にか笑顔になっていた。
本当は、こんなに笑う人だったんだ。
「……ようやく来られましたね」
「ああ。風が気持ち良いな」
ふたりは感慨深げに振り返った。
そこは一面の緑だった。
巨大な樹木が連なり、丈のばらばらな雑草が生い茂った、半ば森のような場所だった。
人跡未踏の地というわけではなさそうだ。
地上にはり出した根に抱かれているのは、砕けた瓦や石垣だった。崩れた家々の窓からは太い枝がとび出していた。自動車と思われるずんぐりとした鉄の塊には蔦が這い、虫やカナヘビが駆け回っている。幹に呑み込まれた道路標識は、表面が錆びておよそ幹と見分けがつかない。
樹木と樹木に抱きこまれようにして残った鉄の柱には、かろうじて『オオノへようこそ』と読める看板がかかっていた。
それらをじっくりと眺め渡したあと、ハシモトは木々の間隙から遥か遠い地平の彼方を見やった。
そこに唯一緑に呑まれることなく
「オオノ城はどうだ?」
「高いです」
至極当然の答えに、マスナガはまた笑った。
プテラノドンまで、それはないだろうとでも言うように、ガァガァと鳴いた。
ハシモトは肩をすくめ苦笑すると、おもむろに懐へ手をやった。
「そろそろ、アサクラさんにも見せてあげましょうか」
「だな」
そうして取り出されたのは、アサクラの遺灰と一枚の紙切れだった。
『あのバカを連れて行ってやってくれ』
戦いの後、涙ながらにハツから渡されたものだった。
ハシモトは、そこに下手くそな字で記された宛書を見た。
『ハシモト、マスナガへ』
内容は、もう見なくても覚えていた。
たった一言だったから。
『お前らは、オレの友達だ』
ふたりには、それで十分だった。
満天の星の下で聞けなかった言葉を、ようやく確かめられたのだ。
「アサクラさん、見えますか?」
ハシモトは〈オオノ〉の途切れた大地のきわに立ち、フクイの街並みを見下ろした。
そして、いつかアサクラから聞かされた建設途中の新幹線線路に目をやった。
今、そこに大型恐竜の背中はなかった。
恐竜は、住処を変えたようだった。
工事は間もなく再開されるという噂だ。
「今日もフクイは平和だ」
マスナガが隣に立った。
三人で手を繋ぐように、それぞれ手紙の端をもった。
どちらからともなく手を離し、友の行方を風に託した。
するとその時、ふたりの周りに風が渦巻いて。
手紙はその流れの中で二度、三度と回ってから、ふいに天へと飛び立っていった。
そこへ遺灰を撒けば、光を受けて煌めいた。
翔けあがる手紙を追うように、長くながく果てしない道筋を描きながら。
魔都フクイ 笹野にゃん吉 @nyankawa
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