第男話-懐かしくも儚いお菓子
相変わらずメタいです。
何も考えず読んでもらえれば幸いです。
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「アルーこれあげる」
「あん? ヨル、なんだこれ?」
「えっとチョコレート?って言って通じるのかな」
「ふーん……何かの魔道具か? 変な匂いがするぞ?」
「失礼ね、私のふるさと……的なところのお菓子よ」
アルフォルズことアルは私が渡したものに顔を近づけクンクンと匂いを嗅いでいる。
そっかーやっぱりこの世界にはチョコは無いのかー。
私はそんな事を考えながらどうやって説明しようかと頭を悩ませるのだった。
――――――――――――――――――――
「いえーヨルちゃん元気してるー?」
「さっきまでは元気だったわよ?」
「にゅふふふ、そんな照れなくても~☆」
「……ヴェル、あんた性格変わってない?」
「そんな事ないわよ?」
ヴェルは頬に片手をあて、何故か目をパチクリさせてる。
最近気づいたのだが、ヴェルが何か良くないことを考えている時、あの耳が妙にピクピクと動くのだ。
まるでネズミのおもちゃを転がして遊んでいるときのように。
へにょっとしたり、ピンと立ったり。
「ヨルちゃんそれでね? ヴァレンタインじゃん?」
「……性格変わってるわよね?」
「こんなものを用意してみたの☆」
「なに……?」
ヴェルがスカートのポケットからサイズの合わない大きな箱を取り出した。
突然鼻孔をくすぐる甘い香り。
最近――ここ暫く嗅いだことなかったが、明らかに知っている香りだ。
「もしかして……もしかして……?」
私はプルプルとヴェルがもっている箱を指差して、ヴェルに視線で確認する。
「うふふ、ぴんぽーん☆」
「この世界にもあったんだ……。ねぇ一つ頂戴?」
「この世界にはないよー。私が創ったのよー」
今この女は「作った」ではなく「創った」って言った。
もうこの時点で嫌な予感しかしない。
「これが欲しければミッションを達成するのです! 神の試練なのよー!」
「(……ごくり)」
試練とやらはどうせ碌なものではないだろう。
でも私は久しぶりの甘味を目の前に出され「毎日一口ずつ位食べたら暫く楽しめるなー」とか考えてしまっていた。
「で、なにをすればいいの?」
「こっちのこれをヨルちゃんが気になる殿方に渡してきてください」
「……気になる殿方?」
そんな事を言われても居ない。
はっきりもう一度言おう。そんなものは居ない。
けれどチョコは食べたい。
「居ない場合は?」
「ん~……居ない場合はぁ~……そうだな~……街中にヨルちゃんの水着ブロマイドを撒きます」
「なんでよ! ただの嫌がらせじゃないの」
私はヴェルの頭を拳でゴリゴリする。
「いたいいたい」
「そもそも男の知り合いなんてアルぐらいしか居ないわよ?」
「エイブラムとか、アドルフとか、カムプスさんとかは?」
「元勇者のおじさん! それにおじさん! あとおじ……カムプスって誰?」
あれ? 本当にだれだっけ? と頭を捻っていると、ヴェルが「うっわ、まじで?」という顔をしている。
「ヨルちゃん~あんなにイチャイチャしてたのにもう忘れちゃったの?」
「ええっ……カム……ぷす…?」
思い出そうとするがやっぱりわからない。
というか、誰ともイチャイチャしたことはない!!
なんだか名前の響きは聞いたことがあるのだけれど……。
「コルリスちゃんのお父さんだよ」
「――わかんないわよ!!」
「いやいや、そこは忘れんなよ! って怒られちゃうわよ」
「むぅ……」
確かにすっぱり忘れていた。名前の響きが似ているのに忘れていた。ごめん。
というか、コルリスのことも少し忘れかけていた自分を戒める。
(コルリス、ちゃんと冒険者になれたのかなぁ)
「ぱぁぁんっ!!」
「――うわっ! びっくりしたっ……な、なにっ?」
ヴェルが突然目の前で手をパンと叩き、私は吃驚して尻餅をつく。
「ヨルちゃんがメスの顔をしてたから」
「してないわよ。コルリスのこと考えてただけよ」
「ふーん」
「で、どうするのよ」
「じゃぁアルってのでいいや、渡してきて?」
(この反応の落差……アル……ヴェルに嫌われてるわね……)
――――――――――――――――――――
そんなことがあった次の日の宿屋。
私の泊まっている部屋じゃなくて、アルの部屋。
「で、早く食べなさい?」
「食いもんならもらうが、ヨルは食べないのか?」
「わっ、私はいいのよ。それアルにあげたやつだから」
アルが箱のリボンを開け、蓋を開くのをじっと見つめる。
(そういえば、男の人にチョコレートを上げるのって初めてだなぁ……)
私はなぜか気恥ずかしくなり、ベッドに腰掛けて膝をすり合わせる。
(あー……しっぽが)
勝手に動いてるんじゃないかと思うほど元気な、自分の尻尾をむぎゅっと握って黙らせる。
アルが開けた箱にはトリュフチョコのような黒くて丸い物が入っていた。
「なぁ。これ甘い匂いがするんだが、食えるのか? 真っ黒だぞ?」
「そっ、それはそういう色のお菓子だから大丈夫よ」
「そっか、じゃぁ一つ」
アルがチョコを摘んで口に運ぶのをじっと見つめる。
(あ、意外にアルの手、細い……)
「ん……うまい……うま……? なんだこれ……」
突然アルが口を抑えて膝から崩れ落ちる。
「ちょ、ちょっとアル! だいじょぶ?」
「ぐぅ……ぐあ……あっ……あぁぁっ……んっ……ふっ」
「あ、アル……? なんだか口調がおかしいわよ……」
まるで女の子になりたい男の人のような声に変わる。
「あっ…んっ……身体が……あついっ……んんんんっ!!」
この時点で私は色々と思い出していた。
ヴェルは一言も「チョコ」だとは言ってなかった事に。
――――――――――――――――――――
「はぁはぁはぁ……なに……なにこれ……」
私は意外と冷静な頭で目のまえの元アルを眺める。
(鎧姿じゃなくてよかったわ)
そんな事を考えられるぐらい冷静だった。
背丈はそのままで、胸がこれでもかと膨らみ、存在を主張している。
声は完全に女性になっていた。
胸が盛り上がったせいで、部屋着のが持ち上げられ、細い筋肉質なウェストが覗いていた。
お尻は……うん、なかなかのラインだ。
「――って、ヴェルぅぅぅー!!!!」
私の叫び声が宿全体を揺るがした。
――――――――――――――――――――
「お姉様っ!? どうしました! まさかアルに何かされたんじゃ!」
突然ドアがズドンと音を立てて部屋の反対側まで吹っ飛んでいく。
部屋の入口から魔法使いのカリスと兎のセリアンスロープのリンが顔を覗かしていた。
「あらあら~ヨルってば、きれいな女の人を連れ込んでぇ~なにしてるのぉ~?」
「お、お、お、お姉様! その女誰ですかっ!?」
「えっ……っと、ごめんこれアル」
「「えっ?」」
二人がキョトンとする。
当然だ。私だってキョトンとしたもん。
「なぁ、ヨル……俺どうなってるんだ……あんまり考えたくはないんだが、これ……胸か」
アルが自分の胸を手でグニグニと触っている。
「なんでこんなものが……んっっ!!」
「…………」
「…………」
反応に困る女性陣。
アルは何をどう思ったのか、自分の胸を見下ろして鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしていた。
「あの、お姉様? あれ何がどうなったんですか」
「えぇぇっと」
言えない。チョコに目がくらんだとは言えない。
そもそもこの世界の人には説明すら難しい。
そろそろと部屋に入ってきたカリスが、テーブルに置かれたものに気づきクンクンと鼻を近づける
「――ぇっ!?」
なんだろうその「えっ?」というのは。「まさかこんなのを食べたんですか?」的な驚きだろうか。
「それ、知り合いが渡してきたんだけど、こうなっちゃう薬みたい……」
「あっ、あぁ、そうなんですか……残念」
「ねぇ~それを食べて~女の子になったってことは~ヨルが食べたら釣り合うんじゃない~?」
さらっと恐ろしいことをいうリン。
これを食べたら男になってしまうのか……戻るかどうかもわからないのに……?
「って、アルはちゃんと戻るんでしょうね、ヴェル!」
「うふふ~ちゃんと戻るよ~五分ぐらいかなぁ~☆」
「「えっ……」」
突然のヴェルの出現に驚愕の表情に変わるカリスとリン。
「こいつが、神出鬼没のわたしの知り合い。ヴェルよ」
「はじめましてぇ~ヴェルって言います~☆」
ヴェルはスカートをちょんと摘み、挨拶をする。
「まさかのロリメイド!?」
「猫のセリアンスロープがヨル以外にも~」
先程からカリスの言動が気になってしょうがない。
けけど今はそれよりも。
「ちょっとヴェル、これどういうことよ」
「えー? 私ちゃんと殿方に渡してねって言ったよ?」
「そうだけど!」
「ヨルちゃん何を勘違いしてたのかな~?」
「ぐっ……」
確かにヴェルはチョコだなんて一言も言ってなかった。
「はぁぁぁ~……食べたかったなぁ……」
私はもう食べることの出来ない懐かしの味を思い出し、がっくりと膝から崩れ落ちた。
――――――――――――――――――――
結局アルがもとに戻ったのは、翌日の朝のことだった。
【閑話】ネコミミ少女の暇つぶし 八万岬 海 @umiumi80000
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