君と一緒になるための3つの条件

木沢 真流

好きな娘と付き合うための条件

 近未来、この言葉を聞いて君はどんな世界を想像する?

 空飛ぶ車? アンドロイド?

 いやいや、街中にはそんなものはいないよ。それどころか生き物は外を歩いていない、外は危険だからね。


 じゃあ、みんなどうしてるかって? みんなカプセルに入ってるよ。

 誰かに押し込まれのかって? いやいや自ら望んで入ったんだ。カプセルに入って仮想現実の世界にいるんだ、みんな。

 そこではアバターを使って誰でも好きな姿になれる、移動だって一瞬。伝えたいことだって昔みたいな文字はいらない、念じさえすれば全て通じる、素敵な世界だろ?


 他にも色々科学は進んでるよ。長年の夢だったクローン技術だったり、不老不死の技術なんかもね。物好きもいて、カタツムリに喋らせることだって出来る。虫翻訳機っていってね、虫の気持ちを人間みたいに表現するんだ。それがあまりにリアルなもんだから、アバターを見て普通の人と思って喋ってたら、実はカタツムリだった、なんて事もたまにはあるらしい。信じられる?


 さあ、前置きはこれくらいにしよう、今回の主人公、マイケルの登場だ。

 彼は優しくて従順、仕事も正確。それでいて周りからの信頼も厚い、出来た奴だ。

 ただね、最近調子が悪いんだ。なんだかぼんやりしていて、仕事も手に付かない。滅多にしないミスも目立ってきた。友人のボブはそれはそれは心配していたよ。

「おい、マイケル。最近調子が悪いな、病院へ行くか」

「大丈夫だよ」

「大丈夫なもんか、すぐ終わるんだから行こうぜ」


 この時代、病院という建物はもちろんない。情報を入力して、カプセルに入るとAIが勝手に診断してくれるんだ。マイケルはボブに押されてしぶしぶ診察を受けることにした。

 しかし診察の結果、意外なことに体の異常は何もなかったんだ。


「ほら、言っただろ。何もないって」


 ボブは納得がいかなかった。マイケルのことはよく知っている。いつものマイケルならこんなにぼーっとしたり、仕事のミスを犯したりなどするわけがない。きっと何かある、そう確信したボブは心病院にマイケルと連れて行ったんだ。

 心病院。ひょっとしたら聞き慣れないかもしれないその場所では、依頼者の心を形にするんだ。不安がいっぱいなら暗いもやもやした形、イライラしていればとげとげした形。その形から今のマイケルが何故こんなことになってしまったのが予想することができる。

 誰かに脅迫でもされていたり、職場や将来のことで何か悩み事があったりでもすれば大体の予想が出来る。

 数日後、マイケルの心の形が返ってきた。それを見てボブはたいそう驚いた。

 ほんのり赤い、ふわふわした、ところどころ熱そうな湯気を立てているハート形。

 間違いない、マイケルの病がはっきりした。

 

「恋煩いだって?」


 マイケルももう隠すわけにもいかなくてついにボブに告白したんだ、自分が恋をしているってことを。

 お相手は、毎朝見かけるチューリップのアバターの娘。話したこともないんだけど、見かけるたびにどんどん気になって、あの人はどんな人なんだろう、どんな場所が好きなのかな、なんてことを考えてたら、仕事も手につかなくなっちゃったんだ。


「なあマイケル、思い切って告白してみろよ」

「ボク、自分に自信が無くて」

「何言ってんだよ。お前は優しくて真面目、仕事もしっかりこなす。自信を持てって。この時代、見た目はアバターでどうにでもなるから、身分の差や国籍なんかも気にしなくていいし、何を迷ってるんだ」

「そうかな」

「もういい、俺に任せろ。明日連れてきてやる」


 強引にことを進めようとするボブをマイケルは必死に止めた。


「それだけは待ってくれ」

「なんで?」

「それはその……」


 珍しく歯切れの悪くなったマイケルをみて、さすがのボブも何かを悟った。


「相手は知らない娘なんだろ? ということは問題があるのはお前の方か?」


 マイケルは黙ってしまった。しばらくうつむいてから、やっと口を開いた。

 

「理由は……ちょっとまだ言えない。頼むから」


 おせっかいのボブは悩んだ。親友のために何かしてあげたい。悩んだあげく、結局ボブは次の日、勝手にチューリップの娘を連れて来たんだ、名前をエバというらしい。


「さあマイケル、想いを伝えるんだ」


 マイケルは驚いていたが、もうここまできたら仕方ない。意を決して告白した。


「あの……ずっとあなたのことが気になっていました。ボクと付き合って下さい」


 するとエバは恥ずかしそうに微笑んだ。


「実は私も気になってたんです、あなたの事が」


 なんと、二人は両思いだったんだ。こんな事もあるんだね、でも物事はそう簡単にはいかなかった。


「でも私があなたと付き合うには三つの条件があるの」

「いいよ、ボクどんな事でも乗り越えてみせる」


 エバは微笑んだ。


「まず一つ目、死ぬまで私を愛し続ける事」

「ああ、簡単な事だよ」

「二つ目、毎朝私と散歩をすること」

「散歩が好きなんだね、ボクも好きなんだ。分かった、約束するよ」

「じゃあ最後……」


 きっとマイケルも予想がついていただろう、この最後が何なのか。

 この時代、アバターからは中身が分からないので、必ず付き合うときは正体を明かす仕来りしきたりになってたんだ。蓋を開けたら男だった、八十過ぎのお婆ちゃんだった、実の母さんだったなんて事も珍しくない。ここが二人が付き合うための一番の難所と言えるだろう。


「三つ目の条件、それは私の実体がなんであろうと、私を好きでいる事」


 エバが念ずると、自分の胸のあたりにモニターが現れた。そこにエバのアバターを引っ剥がした姿が映る。しばらくのモザイクの後、ピタッと表示されたそれをみて、マイケルは目を丸くした。言葉を失ってしまったんだ。


「どう? 遠慮なく言って欲しいわ、無理なら無理って」


 そこに表示された生き物、それは「Canis lupus familiaris」通称だった。

 この時代、犬翻訳が進化しており、アバターを利用すれば、少し頭の良い犬なら普通の人と同じ社会生活を送ることも可能だった。


 エバは驚いたマイケルの顔を見て、がっかりした。

「さすがに無理よね、種の壁は。人とチンパンジーなら子どもも出来るし、霊長類権も認められているわ。でもヒトと犬との交配はまだ実験段階。子どもも出来ないどころか、結婚も許されない、そんな私たちじゃ……」

「いいよ」

「え?」

「それでもいい。君がなんであろうと、ボクが好きになったのは君なんだ、君のことを一生愛し続けるよ」


 エバはチューリップの花びらを赤らめた。そしてマイケルに飛びついた。


「いいのね? ほんとに。嬉しい、ありがとう!」


 横のボブが茶化す。


「こいつ、変わり者好きでさ。家の蟻んこにも名前つけて、子どもみたいに可愛がってるんだぜ。それに比べたら……」

「おいおい、そんな趣味わざわざこんなとこでばらさなくてもいいだろ?」


 必死でボブを押さえつけるマイケルを見て、エバも微笑んだ。


「次はボクの番だ、エバ。君もボクの正体を受け入れなければならない」


 え、とチューリップのアバターがしゃんとした。


「ボクからの条件、それはボクがどんな実体でもボクの事を受け入れてくれること……」


 マイケルの胸にモニターが現れた。

 しばらくのモザイクの後、ピタッと、一つの生物が現れた。

 それを見て、エバの全花びらが凍りついた。そしてそのまましばらく動けなくなった。


「これって……」


 そこに現れた生物、それは「Canis lupus familiaris」そう、通称イヌだった。


「暖かい家庭を作ろうね、エバ」

「ええ、愛しているはマイケル」


 二人はその後も幸せに暮らしましたとさ。

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