第364話「実にそっけないやりとりで終わってしまった。」

 聖竜領へ帰る日は朝早く、皇帝の別邸へ集合することになった。

 帝都の夏は暑いとはいえ、早朝はまだ快適だ。

 来た時と同じく、別邸の庭に集まった俺達は見送りの人々と挨拶を交わす。


「クレスト皇帝、色々と世話になった。わざわざ見送りまでしてくれた、礼を言う」

「気にすることないわ、賢者アルマス。貴方は私の友人。そういうことになっているもの。それと、今回はハリア君と一緒に色々過ごせて楽しかったしね」


 クレスト皇帝がそういうと、既に大きくなって客室を取り付けているハリアが手を振った。


「……随分と仲良くなったな」

「ハリアは滞在中、ほとんど皇帝陛下と一緒だったもの。聖竜領の外交官ね、もう」


 横のサンドラが澄ました顔で言う。目の前にいる父親はじっと娘を見つめている。何かいえばいいのにな。


「そういえば、ハリアは殆ど同行しなかったな……」

「ハリア君には基本的に皇帝陛下と過ごして貰った。公務に同行することで、聖竜領の存在をアピールできる。本人の性格もあって人気で助かった」

「助かった?」


 俺の疑問にサンドラが呆れ顔で言う。


「ハリアと話したいっていう貴族と交渉していたの。わたしも巻き込まれたわ。あんまり、利用したくないんだけれど」

「ハリア君からの了承はとっている。有力者の娘にとって、彼と話して握手をしたというのは一種のステータスになった」


 ヘレウスが満足気な笑みを浮かべながら言った。王都でハリア人気を起こしていたのか。長く滞在していないのに、色々やるものだ。


「無論、聖竜領に迷惑はかけない。むしろ、今後のためだ」

「ハリアに迷惑をかけないように、何度かわたしも同席したから安心して」


 申し訳無さそうに言うサンドラ。たまに見かけなかったのはそういうことか。


「準備できました。出発できるとのことです」


 荷物の積み込みを確認していたリーラがやって来た。アイノとマイアも一緒だ。荷物のチェックを手伝うと言っていた。色々と土産を買い込んだからな。


「では、行くとするか。……こんな早朝で良かったのか?」

「これがいいのよ。日中は暑いし、時間を教えると無理やり来る連中がいるからね」

「陛下の仰るとおりです。アルマス殿、サンドラ。長期滞在しなかったのは正解だ。そろそろ、私を飛び越えて直接来る者が出てきただろう」


 いくつか設置した冷房魔法などが評判になっていると聞く。俺が魔法屋になってしまう前に帰るのは正解だな。


「では、皇帝陛下。お見送りなど、この身に余る光栄です。冬にいらっしゃる際は、最大の歓迎のご用意を約束致します」

「その時はハリア君で行かせてもらうわ。ヘレウス、今年はその予定よ」

「はっ。……どうにか予定を消化致します」


 ヘレウスの顔色がちょっと悪くなった。これから馬車馬のように働かされるのだろうな……。


「最後にもう一度聞くわ。アイノ、あなた帝都で暮らす気はないかしら? 良いところでしょう?」


 皇帝の勧誘に、アイノは困り顔で答える。


「私はまだ聖竜領が良いようです。きっと、帝都にいたら何か起こしてしまうでしょうから」

「…………」


 その言葉に、横のマイアが複雑な顔をしていた。あの一件以来、彼女は少し元気がない。


「そう。わかったわ。そう理解してるなら、そのうち帝都でも暮らせると思うけれどね」

「陛下。事を急いてはいけません」


 わかってるわよ、とクレスト皇帝が少し拗ねた顔をする。


「サンドラ、たまには帰ってきなさい。母さんも喜ぶ」

「そうね。お母様のお墓参りなら来てもいいわね」


 ようやく娘に対して口を開いたと思ったら、実にそっけないやりとりで終わってしまった。


「サンドラがまた来ると言っているんだ。かなり関係が良好になったな」

「アルマス殿もそう思うか」


 フォローしてみたら、サンドラがちょっと不満そうな顔をしていた。


「さ、行きなさい。ハリア君を待たせると悪いわ」

「では、失礼致します」


 恭しくサンドラが頭を下げると、リーラ達もそれに続いた。俺も一応、軽く会釈する。


 それから、ハリアにしっかりと固定された客室に乗り込むと、すぐに出発した。


 高度が上がっていく。別邸が小さくなり、帝都の街並みがよく見えるようになる。皇帝もヘレウスも、すぐに小さな点になった。


「じゃあ、行くよ。たのしかったねー」


 ハリアのそんな言葉と共に、帰りの便は出発した。


◯◯◯


「……ふぅ。ちょっと寝るわ」


 ハリアが離陸するなり、サンドラはため息を一つつくと、そう言った。


「大丈夫か、体調でも?」

「帝都にいると、意外と落ち着かなくて。何があるかわからないし」

「久しぶりですし、立場も違いますから。致し方ないことかと」

 

 すぐにサンドラの着替えを用意しながら、リーラが教えてくれた。

 色々と面倒も予想されていたからな、気を張っていたのだろう。それに朝早かったしな。


「申し訳ないけれど、少し休ませて貰うわ。もう帰るだけだから、みんなもゆっくり過ごしてちょうだい」


 そういうと、主従で寝室に引っ込んでしまった。あれは本気で寝るな。


「アイノとマイアは大丈夫なのか?」

「ええ、少し景色を眺めているわ」

「問題ありません」


 窓際の椅子に座ると、眼下に見える帝都を眺め始めた。

 俺もすることがないので、それに加わる。空の旅は、することがないと意外と暇だ。サンドラの寝るという選択は正しかったかもしれない。


「そういえば、一つ気づいたことがあるんだが。……ハリア、少し太ったか? いや、毛艶というか、その辺が変わったというか」


 今朝、ハリアを見た時ちょっと違和感があった。わずかだけれど、膨らんで、ツヤツヤしている。


「毎日、ごちそうだったからねぇ……」


 しみじみとした声が上の方から聞こえてきた。


「体型に影響が出るほどって、何を食べてたんだ……」


 身体の大きさを自在に変えられる竜だぞ……。


「聖竜様、大丈夫かな。帝都の像に毎日色々とお供えされると思うけど」


 そんなアイノの心配を声が客室内に響く。もちろん、俺には答えられない。聖竜様も反応しない。


 静かな空間で、ただ外の景色だけが高速で流れていく。

 三日もすれば、聖竜領だ。

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引きこもり賢者、一念発起のスローライフ 聖竜の力でらくらく魔境開拓! みなかみしょう @shou_minakami

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