エクストラボーナス
ある
【捜査報告書作成のために用意された覚書 一部抜粋】
警務大尉 オリバー による。
7月16日 サンプール町に到着。一家の足取りを追う。
09:17
一家の自宅に到着。(地番1406 大熊通り)
周辺で聞き込みを行う。
目撃された彼らの様子は、総じて『楽しい家族旅行』の相を示している。
聞き取りの内容は、[聴取記録 番号39]に。
14:52
駐衛所にて、ウォーレス氏について話を聞く。
(雑感)
戦闘兵士。勤続24年。階級は准尉。
想起されるイメージと、寸分違わぬ人物という印象。
基地司令、部隊長、部下、誰からの信頼も厚かった。……また、愛されていたこともわかる。
精神的な安定感にとても優れた兵士だった。酒癖の悪さ等、悪癖も無し。
7月17日 コルマコン町に到着。
07:55
駐衛所を訪れる。
同施設勤務者である、フィリップ少尉から話を聞く。
来訪したウォーレス准尉の願いを受け、臨時でバンドを組んだ。
先立って聴取された内容と比べ、真新しい情報は無し。
09:11
一家を送り出した門番から話を聞く。
三人から受けた印象。会話内容。子供の様子。
事前聴取と比べ、真新しい情報無し。
12:20
町を出発。バスキ村に向かう公道を歩く。
12:50
一家が道を外れた地点に到着。
周囲に戦闘痕無し。
(別資料 足跡 に貼り付けられたメモ)
何かに襲われて道を外れた痕跡は確認されていない。発見された足跡は、三人がゆっくりと道を外れたことを示している。
現場で見つかった木製玩具の剣、並びに事前に確認された一家の様子と合わせて考察するに、フィールドを遊歩するために公道を外れたのだと思われる。
現場までの距離がかなり空いていることについては、子供にせがまれてのものであった、と解釈しても妥当だろう。
13:11
封鎖された現場に到着。
一人の父親、一人の母親、一人の子供が、この場所で殺害された。
両親の心の石は発見されていない。
第三者の手による秘匿、遺棄が生じた可能性よりも、モンスター自身が石を砕いた、あるいは持ち去った可能性を推す。
新種。賢し。 アークエネミー。
幼い少年が唯一残した心の石。その内容から得られるものは何もなく、また不自然な点もある。
だがその異状は、彼の心までが……ひどく、傷つけられた故のものであったと、私は考える。
この場所に来て、それを思う。
(枠外の走り書き)
この現場に悪意があったことを確信する。胸の寒くなるような悪意だ。
厳戒態勢を即座にとったランドルフ卿に慧眼ありと敬する。
この悪意を、 、 うろつかせてはならない。
我々は、軍人として、これを狩らねばいけない。
(現場について、追記)
件のモンスターと戦ったときのものと思われる戦闘痕は確認できた。
しかし、
現場からモンスターが移動した跡は、やはり確認できない。
同様に、対象が訪れた際の痕跡も。
飛行能力。あるいは、空間移動能力。
怪物は突如として出現し、そして去っていった。
相打ちになった、と考えるのは、楽観的に過ぎるだろう。
必ず見つけ出す。
【兵士の間で行われた通話記録】
7月14日 13:05
サンプール駐衛所第1戦闘班所属 ウォーレス准尉より通信。
コルマコン駐衛所戦闘訓練隊所属 フィリップ少尉が受ける。
「フィリップ少尉、こちらウォーレス准尉、至急応答されたし、繰り返す、フィリップ少尉、」
「こちらフィリップ少尉。ウォーレス准尉、何か。
「未確認モンスターと遭遇。新種と思われる。位置は、」
通信切れる
「ウォーレス准尉、現在地を送れ。救援に向かう。准尉、現在地を」
返答なし
「繰り返す、ウォーレス 、(戦闘の妨げになる可能性を考慮して、沈黙)」
ウォーレス准尉からの応答なし
「(フィリップ少尉、応答を待つ。)」
ウォーレス准尉からの応答なし
(バンドの消失を、確認。)
【コルマコン町 門番の証言】
(それでは、貴方が彼らを送り出しても良い、と判断した理由を、もう一度。聞かせて頂けますか。)
……はい。
父親のウォーレス氏は、戦闘兵士として20年以上勤務した金徽章持ち。レベルは100を超えている。母親も、元Bクラスのベテラン冒険者。そして、バスキ村までの距離は、短い。
それらの理由から、子供を一人連れてフィールドを歩いたとしても、問題はないだろうと判断しました。
(お子さんの様子は、どの様なものでしたか。)
とても……興奮していました。
――……初めてフィールドを歩くのだと……。
…………冒険を、するのだと――…、(言いよどむ)
(……何か?)
いえ…………すみません。
自分が……、この悲劇を、もしかしたら、止められていた、かもしれない、と、思い……。
(――貴方の責任を問うべきという声は、どこからも上がっていません。
……貴方の判断に、度を超えた間違いがあったとは、我々も考えていません。)
…………はい。
(では、お子さんの様子を、もう一度――――、)
【心の石に残された言葉】
おとうさん
おかあさん
かみさま
【冒険者からの報告】
7月14日
謎の光の柱が、突如フィールドに立ち上った、との報告あり。
時刻は13時頃。
位置はバスキ村とコルマコン町の中間辺り。
(貼り付けられたメモ)
直近に起きた〈事件〉との関連が疑われる。
冒険者たちに事情を説明し、警察へ。
【大衛機関における、捜査官たちの会話】
「――さて、この事件についてだが。エド」
老年に差し掛かった男性が、青年に語りかける。
「発生日時は7月14日 13時頃。
犠牲者は三人。現場に残されたのは幾らかの戦闘痕と、僅かな遺留品――刺し貫かれた跡の残る衣服と、一つの〈石〉。
心の石、内容は確認したかね」
「はい」
「感想は?」
「
死亡が確定してから三分の猶予があるにも関わらず、残されたのは冒頭にわずか十数秒。その後は空白のみ。
石についての教育がなかったとは考えられない。学校においても既に受けている年齢であるし、両親の職業を見ても、いざという時に情報を残す重要さは教えられているはずです。
……ショックは、あったでしょう。
しかし、利発で、正義感も強い子供だった、とある。
殺害された子供が、最後の怒りを石に残す例は幾つもあります。例えまとまらぬ言葉でも、彼らは訴える。
よってあの不自然さには、ただ言葉を紡げなかった以外の理由がある。
私はこの件、〈ケースM2〉に属するものだと考えています」
高齢の男性は、青年の意見に対して一つの頷きを見せる。
「あなたの意見は? タイロン」
「今は控えておこう。
――ともあれ、客観的に言えるのは、
この一件には謎が多すぎる。ということだけだ。
残された情報が異様に少ない。あまりにも少なすぎる。
何によって行われた殺人なのかすら判然としない。
モンスター。イビルアームを手にしたダークネス。あるいは究極、それを手にした魔族という線も捨て切れはしない。
そして億が一にも、心の石を偽装できる技術があるのだとしたら、両親が加害者、という可能性までもが考えられる。
わからない。それだけが唯一、この事件において分かっていることだ。
よって通常ならば、この一件もモンスター災害に仕分けられ、事実上凍結される――はず、だっただろう」
老いた捜査官の目が、光る。
長く伸ばした髭で隠された、左の頬を指でなぞる。
「しかし……、
〈ヘルメロス〉の方針が、最近になって変更されたことは――きみも当然知っているだろうが。
内々で進められていた、件の組織との共同捜査体制、その構築が、近く実現する運びとなった」
「!」
「それに伴い様々な事件が〈解凍〉されることになるだろう。
そしてこれまでであれば蔵入りにされていた事件を、取り扱うことも可能になる」
齢を重ねた男性は、若い青年を射るように見つめた。
「この件は、担当を私に貰えるよう頼んでおいた。
追いかける。手を貸してくれるか」
「喜んで」
二人の捜査官は、互いに秘めた熱情を眼差しに込め、強く視線を交わし合った。
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ある邂逅についての一幕
月明かりが注ぐ、静かな夜。
海を渡るため、大陸南岸に向かう道中。宿泊のために立ち寄った町の、外。
林の合間に、一本の道。
虫の声が、微かな音色を弾いている。
クロイが、佇んでいる。
彼の中で、ロイドは眠っている。
クロイが頼んで、
黒髪、黒目。少年の姿で立つ彼の前には、二ツ目のスライムがいる。
スラムと名乗った、小さな青い身体の、ぷよぷよした生き物である。
スライム――スラムは、そわそわしている。
そんな彼を、クロイは甚だしい不信感を表した目で見やっている。
設けられた対話の機会。しかし漂う雰囲気はあまりにも重い。
そんな空気の中で、やがてスラムが口を開いた。
『えーっと、じゃあ、まず、確認したいんだけど。
アオイテツ、だよな?』
「!」
クロイの反応を見て、スラムは続ける。
『葵轍。アオイが名字で、テツが名前。の……てっちゃん、だよな?』
クロイは答えない。
敵視すらを眼差しに込めて、殴るような視線で相手のことを探っている。
『いやいや、待て、まって。俺なんかそんなこう、敵とかじゃないから。そんなつもりで声かけたりしてないから。マジ。これはマジで」
その声、態度、口調。聞いているうちに、クロイに変化が現れる。思い当たりが、身の内に生じた。そのような反応。
『あっ、もしかして? 思い出してもらえた? そうです俺です。
同じ中学の。
転校――ってか途中編入だっけ? してきたてっちゃんが。
いじめられてた男子を助けてくれたこと、あったじゃないですか。
そうです。あの時のどんくさい亀。あれが俺です』
「…………」
『――や、まって。待って、聞きたくない。名前は覚えてないとか、ショックだからやだ。そこはふわっとさせておきたい。だから俺はスラムで。スラムです。よろしく。
けど、中学高校、延々六年間、ウザ絡みしてきたデブのことは覚えてるでしょう?
いいよ、この際名前はいい。けどそこだけ、そこだけ』
「……。
一本吸わせろ」
箱入りではない、バラ売りの紙巻たばこ。フィルターも無いそれを咥え、火を付ける。
――――――――…はー…………。
溜め息なのか、妙なめぐりについての――やはり溜め息なのか。
さほど吸ってもいない煙草を地面に捨てて、踏んで火を消し、
間をおいてから、ぼそりと、クロイは言った。
「……いたかもな」
『ありがとうございます!!』
スラムの表情が輝いた。
『やー、うれしいなー!
まさかこんなところで出会えるなんて。
どういう因果かは知らんけど。
てっちゃん。
入学当時はガチで身長130くらいだったけど、
それが中学卒業時には180ちかくなっちゃって。
武勇伝もすごかったてっちゃん。
あとくっそモテてたてっちゃん。』
いやぁー、てっちゃぁん。ほんと懐かしい。
クロイはスラムから視線を外して、明らかな溜め息を苛立たしく吐く。
「……おい。
てっちゃん はやめろ」
『じゃあクロちゃん』
「殺すぞ」
『ともかくクロちゃん、パなかったよなぁー。
特にアレ、チンピラ団がバイクで校庭に乗り込んできて、それを窓から飛び降りたクロちゃんが全員叩きのめしたあれ。くっそかっけーっつって笑いながら見ていた俺の思い出を否定させはしないぞ。ん?』
………………。 苦虫を噛み潰した顔。
『そういや聞かんかったけど、クロちゃんってドーズキメてたん? あれは、
「おい」
『…、ごめん。』
クロイの眼差しには、透明な怒りが込められていた。真剣に、自身への侮辱を許さないという、我が身の尊厳を汚させはしないという、高潔な怒りだった。
「――〈クスリ〉はやってねえ。 ……鍛えただけだ」
『…………。あー――――…。……ごめん。いまのは……調子乗った。――ハイになってた。ごめんなさい。 ……許してください』
クロイはしばらく沈黙する。
やがて何度めかの溜め息を、面倒くさそうに吐いて。
「…………。で。」
『ん?』
「結局なんだ。どういう目的で近づいてきたんだ、お前は」
『あー……。いや……別に……。
俺たちほら、ち、ち、ち、友、ち、知人、 嘘です! 俺ら友達じゃん!? 友達に会えたら嬉しくなって声をかけるものじゃん! それって自然なことでしょう!? ねえ?!』
「いや?」
『俺とお前は友達ではないが? という意味でのいやですねわかります! いいよじゃあ限りなく知人に近い友人のレベルで妥協しておくけれども! ともかくきみに言いたいことが一個だけあるとすればーーーー!
一緒についてっていーい?』
「断る」
『わかった。事情は知らんし聞かんけど、正体は隠しているってことだよね。うん! ぼく、絶対に喋らないよ! ……へへ、嬉しいな。間髪入れずに、はい、だなんて。へへ、へへへ』
「……失せろ」
『ひゃあ! 楽しみだなあ! ボクたちの冒険が、ここから始まるんだね!!』
クロイは背を向けて去っていく。
『うるせぇええええええええええ!! 誰が失せるかぁあああああああ!! 言うこと聞かんぞー! 離れてたまるかぁーー!! こちとら千年ぼっちだったんじゃい!! 粘着してやるぞー、離さんぞー、はなさんぞぉーーーーーー!!』
ヒャッハー、待てよぉー、クロちゃぁーん、お近づきのしるしにチューしてやるよぉー!
ぼごぉおんっ。直後に響き渡るのは、殺意ガチ目の破砕音。
空に月。騒がしい地上を見下ろす彼女の眼差しは、高くありつつも穏やかに、奇妙な邂逅の夜を包んでいた。
Love to BraveⅡ END
Love to Brave(ラブトブレイブ) D&R @dandr
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