1000万PV感謝記念SS

 パニエさま


 3学年のスキル判定式を終えた後、クランハウスへ戻ったエリーは着ていたドレスに風通ししつつ、手入れをしていた。


 水魔法で「清潔」、「清浄」をかけてあるものの、レースやギャザーを整えてできるだけきれいな状態でクローゼットにしまうためだ。

 その隣にはビアンカからプレゼントされた『鉄壁パニエ』も吊ってあり、同じ作業をしていた。


 足元にはルシィが甘えるようにまとわりついていたが、少し待ってと手の作業は止めない。

 エリーは物事の優先順位を決めて動くタイプだった。



「後はしまうだけだから、おやつでも食べましょうか。

 みんなを呼んでくれる?」


「キュ(よぶでちゅ)!」



 クランハウスに住んでいるのはビリーとルード、そしてエリーだけだが、夕食まではクラン員とその家族たちがいることが多い。

 『常闇の炎』では、昼と夜にルード特製のまかないが出るからだ。

 それでエリーがドレスの片付けをしている間に、ドラゴ、モカ、ミランダ、モリーはクランの子どもたちと遊んでいた。


 ルシィも誘われたのだが前に男の子たちにボール代わりに投げられてしまってから、いつもエリーにくっつくようになってしまった。

 ルシィにみんなと仲良くしてほしいと思いつつ、週のほとんどをルエルトにいる彼と過ごす時間が少ないのでつい甘やかしてしまうのだった。



 ルシィが心話で呼ぶとみんなはすぐやってきたが、ドラゴが伝言を伝えてきた。

「エリー、ビアンカが用事あるみたいだよ」


「そうなの? 急ぎかな。

 ちょっと聞いてくるね。

 みんなで先に食べてていいよ」



 テーブルにはお茶とチョコチップクッキーが準備されていた。

 ミルキーウェイカウのミルクがあったので、ロイヤルミルクティーだ。

 エリーとドラゴはティーカップ、モカはこぐまマグ、ミランダとモリーとルシィには飲みやすいようにお皿に注いであった。


 ドラゴとモカとモリーはクッキーに手を出していたが、ミランダとルシィはお茶が冷めるのを待っていた。

 冷たい方が好きなので、エリーが帰ってきたら一緒に飲むのだ。



 その間ルシィは吊ってあるドレス眺めていた。

(かぁたまは、いつもきれいでかわいいでちゅ。

 まいにちドレスでもいいでちゅ)


 すると隣のパニエも気になった。

 何に使うものなのか、よくわからなかったからだ。

(かぁたまのもしゃもしゃ)


 フリルとレースでボリュームをだすパニエのことをルシィは、もしゃもしゃと呼んでいた。

 それで好奇心に任せて下から見てみようと近づいた瞬間、ヒュンとレースが伸びてきてルシィをぐるぐる巻きにして中に吸い込まれた。



 その間のことをルシィはよく覚えていなかった。

 何をされたのかはわからないが全身くまなく探られて、ペッと吐き出されたのだ。


「きゅぅぅ」

 震えながらオロオロするルシィを、ジッと見守っていたミランダが撫でた。


(ルー、だいじょうぶなの。

 これは通過儀礼つーかぎれいなの)


(つーかぎれいって、なにでちゅか?)


(おかーさんの味方かどうか、パニエさまが確認しているの。

 おかーさんに悪さしなければ、やさしいの。

 ミラもモリーもやられたの。

 もちろんモカおねーちゃんもよ。

 おねーちゃんは何回もやられるの)


「あたし、エリーに悪さなんかしない!

 でもパニエはあたしをからかってくるのよ」


「ビアンカのお手製な上、ウィル様が徹底的に守りを固めたからね。

 服のはずなのにもはや精霊レベルになっているみたいだ」


(こわいでちゅ)


(こわくありません。

 パニエさまはとても公平に確かめておられます)

 モリーがパニエを弁護した。


(ドラゴにいたまは?)


「ぼくはウィル様にも、ビアンカにも信頼されてるからやられてない」


「ドラゴ君だけズルい!

 そして、なんであたしは何回もやられるんだ!」



 するとミランダが提案してきた。

(ミラもパニエさまは公平だと思うの。

 だからこれをアイツにつかいたいの)


 アイツとは、エリーの雇い主のリカルドのことである。

 エマに対して優しい兄の顔を持っているが、いかんせんエリーをこき使い過ぎている。

 ミランダには、彼の本意がわからなかった。

 だからパニエに判定してもらいたかったのだ。



「えっー、でもどうやって?

 エリーがリカルドをこの部屋に招待するとは思えない」


 いとし子認定をされたことで、サミーの婚約者候補になったところなのだ。

 異性を私室に招くなんてしない。


「ぼくもアイツは怪しいと思うから、ミラの気持ちもわかる。

 ウィル様は心配いらないって言ってるけど」


「とにかくあたしはリカルドは敵じゃないと思う」


「なら、敵と思っているぼくとミラ、敵じゃないと思っているモカで……」


(わたしもリカ様を信じます)


「わかった、味方と思っているモカとモリーがいる。

 それで公平に見極めようよ」


 そういうわけでパニエによる敵味方判定をすることが決まった。

 ドラゴのカバンの中にこっそり忍ばせて、エマの別館に持ち込むことにしたのだ。




 エリーがサミーと共に本館にピアノの練習に行っている間に決行することにした。

 だがリカルドは最初に迎え入れた時以外、姿を見せない。


 その間に全く疑っていないがエマにパニエをかぶせると、吸い込まれてからペッではなく、そっと床に戻された。

 さらにそっといい子いい子と、パニエは彼女の頭をレースで撫でていた。

 当のエマは何が起こったかわからず、首をかしげている。


(((「「パニエさまは、エマを味方と認定した」」)))


 みんなは思った通りの結果に満足していた。

 パニエの敵味方判定はちゃんと正常に作動しているのだ。



(ペッ、じゃなかったでちゅ)

 ルシィが自分の扱いとの違いを感じたようだ。


(わたしのときも、そっと戻してくれました)

 モリーは自分の時と同じだと、彼の疑問に答えた。


(女の子はそっともどしてくれるの。

 ミラもそうなの)


「ええ、あたしはもうちょっと乱暴だよ。

 パニエ、横暴!」


「モカは投げ出されても、ちゃんとクッションの上だったよ」



 わきゃわきゃと楽しく遊んでいるとドアがノックされた。

 とうとう心待ちにいていたリカルドがやってきたのだ。


「エマ、そろそろエリー君が戻ってくるからおもちゃを片付けようか」

 そういってエマの側に座って、一緒におもちゃを片し始めた。



 従魔たち全員がチャンスだと思った。

 間髪入れず、モカがリカルドの頭にパニエをかぶせた。


 そうしてワクワクしながら眺めていたが、一向に吸い込まれる様子はない。


「……これは一体どういうことかな?」


 リカルドはパニエから顔を出した。

「これはなんだ?

 スカート、いやペチコートのたぐいか」



 彼は手に取ってじっくりと眺めた。

「ふむ、なかなか繊細な仕上がりなうえに、強固な防御魔法がかかっているな。

 素材はレインボースパイダーの糸と、他にも使われている。

 この私の眼をもってしても、すべてを見通すことはできない。

 その……、君たちはこれを鑑定して欲しかったのかい?」


 違うとも、そうとも言えなかった。

 なぜならリカルドが敵か味方かを判定したかったのだ。



 沈黙がその場を制していたときに、何も知らないエリーとサミーが入ってきた。

 和やかに話をしていた2人だったが、様子がおかしいと感じて黙り込んだ。


 そしてエリーはリカルドの手にあるものが自分のパニエであることに気づき、サッと青ざめた。

「ど、どうしてそれがここに⁉」


「君の従魔たちにかぶせられたんだ。

 これに何か問題でもあるのかい?」


「ないです‼」


「エリー、大丈夫か?

 顔色が真っ青だ」


「サミー様は見ちゃダメです‼」


 そうしてリカルドからパニエをひったくると、ワーンと泣きながら別館から走り去った。


「エリー、一人で帰ると危ないよ」

 ドラゴもそのままついていき、後に残されたものは泣いて逃げ出したエリーに驚いてただただ黙っていた。

 リカルドもサミーもあっけにとられただけだった。




 エリーとドラゴが行ってしまったので、モカが全員一緒に転移で戻るとその場にビリーとビアンカが威圧的に待っていた。

 ビリーの手には襟首をつかまれたドラゴがいた。


「事情はドラゴから聞いた。

 お前たち、ちょっとおいたが過ぎるようだな」

 代表でモカも襟首の毛皮をつかまれた。



「その、ちょっと調べたかったの。

 あたしはリカルドを味方だと思うのよ。

 でも何が目的なのか、はっきりしないから……。

 エマにはちゃんと動いたのに、どうしてリカルドには作動しなかったのかな?」


「俺はクライン卿は問題ないと言ったはずだ。

 彼には敵意も悪意も邪心もない。

 だから作動しなかったんだ」


「あたしだって、敵意も悪意もないわよ!」


「お前はいたずらっ子だからな。

 パニエがそれに反応するんだろう」


 モカには心当たりがあった。

 正装したリカルドやサミー見たさに、ドレスのスカートに隠れてパーティーに潜入できないか考えていたのだ。



 するとビアンカがため息をついた。

「エリーちゃん、泣いてたワ。

 アタシたちに素足を見られるだけでも泣きべそかいていたのに、同級生にパニエを見られるなんて恥ずかしいに決まってる。

 モカ、アンタ人間だった時にそういう感情なかったの?」


「えっ、あの……あのパニエ、スカートみたいだから」


「自分の履いたスカートを同級生の男の子がまじまじと見てても?

 ましてやパニエは下着なのヨ」


 モカはタラリと冷や汗を流した。

 魔獣になって何年もたち、そういうデリケートなことを忘れてしまっていたのだ。


 ビリーは全員をひとまとめにすると、

「さてお前ら、覚悟しろよ」





 エリーはやっと混乱から落ち着いて、モカたちを迎えに行こうとドラゴ君を呼ぶと代わりにビアンカがやってきた。

「エリーちゃん大丈夫? 泣いてたデショ」


「あの、はい。大したことはないんです。

 ただクライン様達に失礼してしまって、謝らなければなりません。

 それでみんなは?」


「あのネ、マスターが仕事を手伝ってほしいと連れて行ったの。

 危ないことはないから、安心してネ。

 パニエはアタシがキレイにしてアゲル」


「汚れたわけじゃないんです。

 ただどうしてあんなところに……。

 いえ、みんなが持ち出したんですよね。

 でもなぜクライン様の手に……?」


「男の子に触られたのが嫌じゃないの?」


「クライン様はそのぉ、全てに超越されてる感じがして大丈夫なんですけど、サミー様に見られたのはちょっと。

 あの子たちがどうしてあんなことをしたのか、考えてもわからないですね。

 みんなが帰ってきてから聞くことにします」


「サァ、もうじき晩御飯だから先に食べまショ」


「はい、ありがとうございます」







 そのころドラゴ、モカ、ミランダ、モリー、ルシィは、ビリーに古い廃ダンジョンに連れてこられていた。

 床も壁も天井も何が付いているのかわからないくらい、おどろおどろした状態だった。


「ここはずっと前にダンジョンコアを抜いたんだが、久しぶりに来たらひどく汚くなっていたんだ。

 50階層ぐらいあるかな。

 全部掃除してくれ。

 風魔法で埃を取って、水魔法で洗って、浄化魔法で全室をピカピカにな」


(((「「50階層、全室!」」)))


「あたし、その魔法全部使えないけど」

 モカがつぶやくと、ビリーがニヤリとした。


「だったら、前足を使うんだな。

 ほら、箒とブラシに雑巾だ」

 なぜかモカの分だけでなく、他の4匹の分も置いて行った。



「隠し部屋や落とし穴の中も忘れずにな。

 天井の罠もある。

 その間、エリーの護衛は心配いらん。

 何日掛かっても構わない。

 汚かったら、やり直しだ」


 そう言い残すとビリーは去っていった。



 みんなで言われた通り、掃除を始めるとそれが簡単なものではないとすぐわかった。

(風魔法でほこりは飛んでいかないの~)


(水のまほーじゃ、キレイにならないでちゅ)


(浄化魔法でも、ほんの少ししか浄化できないです)


 すべての属性を持つドラゴも苦戦していた。

 全部重ねがけしても魔法では落ちないのだ。


「……みんな、これは簡単じゃないよ。

 でもきれいにならないと、エリーの所に帰れない」


「急がば回れよ。

 みんなで一緒に箒とブラシと雑巾でこするしかないよ」

 モカの言葉に、みんなで箒とブラシを持った。


 遠くから高笑いが聞こえる。

 紛れもなく、ビリーは魔王だった。





 みんながなかなか帰ってこないのでエリーは心配していたが、ビリーはこう言った。

「アイツらはそろそろ修行に行く時期だったんだ。

 いたずらするくらい、力が有り余っているみたいだからな。

 数日で戻ってくるから、心配するな」


「でも……モリーは聖女教育もありますし……。

 ルーはルエルトに返さないといけません。」


「教会もルエルトも、クライン卿の方も問題ない。

 エリーの護衛にはジャッコをつけるから」


「そうですか……。

 みんなの成長のためなら、仕方がないんですよね」


「お前は頑張りすぎだから、これを機会にゆっくり休め。

 前も言ったろ。

 休むことも、ちゃんとした仕事だ」


 そう言ってビリーはエリーの頭を優しくなでた。


「そういえば聞きたいことがあるって言ってなかったか?

 今なら時間が取れるぞ」


「いいんですか?」

 エリーの眼が輝いた。


「ああ、俺の仕事が1ついるからな」


「どうしよう、何から聞けばいいのかな?

 そうだ! 

 ユーダイ様のお話が聞きたいんですけど……構いませんか?」



 数日後やつれて戻ってきた従魔たちに、修行について聞いたが皆静かに首を振るだけだった。

 どうやら思い出したくないらしい。

 一体何があったんだろうとエリーは心配になったが、こうして無事に帰ってきたのだからとそっとしておくことにした。

 ただパニエはもう持ち出してはいけないということだけ、しっかり言い聞かせた。


 その夜エリーはヴェルシアに、みんなの無事なことの報告とお礼のお祈りをした。

 やっぱり家族は揃っているのが一番落ち着くのだ。




おしまい



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『鉄壁パニエ』は、モカの「魔法少女のスカートは絶対領域に守られている」発言からできました。

ユーダイはあまりアニメを見ていないので、ビリーもビアンカもその言葉は聞いておらず「絶対領域=不可侵」と考えて作りました。


敵意や悪意、邪心だけでなく、甘えん坊やいたずらっ子にも反応します。

後者は要確認ぐらいなので、相手によっては扱いが変わります。

エマは甘えたいけど、まだ遠慮がちなのでパニエにいい子いい子されました。

いたずらっ子がスカートめくりしたら、ゴインって弾き飛ばされます。


前者は例えばスカートの中に手を入れたり、盗撮したりような輩がいたら手足が吹き飛ぶと思ってください。

もちろん覗き見は、目がつぶれます。

害意のない事故の場合は、そんなことはありません。


エリーはそんな効果があることは知りません。



皆様のおかげで『錬金術科の勉強で忙しいので邪魔しないでください』は500話を超え、1000万PVを達成いたしました。

本当にありがとうございます。

まだまだ続きますが、そろそろ転換点が近づいております。


これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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錬金術科の勉強で忙しいので邪魔しないでくださいSS置き場 さよ吉(詩森さよ) @sayokichi

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