最終話 前だけを見据えて

 クィンダムの王都イナンナ。


 よく晴れた日中の時間帯。王城に併設された訓練場で額に汗して訓練に励むうら若き女性達の姿があった。


 このクィンダムを進化種の脅威から守る、聖女戦士隊アマゾーンの面々である。



「ようし、模擬戦終了! 本日の合同訓練はここまでとする! 各小隊長の指示に従って、各々解散せよ!」



 総隊長のレベッカが声を張り上げて訓練の終了を告げる。


 それを受けてクリスタ、フラカニャーナ、イエヴァ、ジリオラ……各小隊の隊長達が、それぞれの部下達に指示を出している。 


 そして彼女もまた……


「皆の障壁も大分強力になってきたわね。この分なら〈市民〉の魔法を完全に防げるようになる日も近いと思うわ」


 訓練で流した汗もそのままに、部下達の成果を褒めるのは、トレードマークの改造具足に身を包んだ莱香……。ロージー達も若干照れくさそうに、しかし誇らしそうに笑う。


「まあ隊……副長・・に比べたらまだまだですけどね」 


 すると莱香は少し微妙そうな顔になる。


「その呼び方まだちょっと慣れないのよね。私なんかが副長で本当に良かったのかな?」


 ロージーが苦笑する。


「そうやってご自分を卑下するのが、副長の悪いクセですよ。あなたには間違いなくその役職に相応しい実力と実績があります。皆も認めているんです。もっと胸を張って自信満々でいて下さい。そうすれば私達も鼻が高いですから」


 ロージーの言葉に他の隊員達もウンウンと頷いている。



 仲間を裏切った事で除隊扱いとなり死亡したミリアリアに代わって、戦士隊の副長というポストに就いたのは莱香であった。


 本人は勿論固辞しようとしたのだが、隊長格を含めた戦士隊全員の満場一致によって、結局押し切られる形で拝命する事になったのだ。


「はぁ……。でも引き受けた以上は無責任な事は出来ないし、やれるだけの事はやってみるわ。ありがとう、皆」


 部下達に礼を言ってから解散の指示を出す。彼女らが訓練場を後にするのと入れ替わりで、レベッカが近付いてきた。


「ライカ、ご苦労だったな。まあいきなりだと戸惑うかも知れんが、立場が人を作っていくものだ。案外すぐに慣れるものだぞ」


 ずっと戦士隊の隊長として戦ってきたレベッカが言うと説得力があるから不思議だ。


「隊長……いえ、レベッカさん、ありがとうございます。早く慣れるように精一杯頑張ってみます」


「うむ、その意気だ!」




 2人がそんな話をしていると、更に彼女達の元に歩み寄ってくる人物がいた。



「莱香! レベッカさん! 訓練お疲れ様!」



 そう言って2人に声を掛けてきたのは……莱香と同じ黒髪黒瞳の美しい少女であった。その肢体を露出度の高い法衣に包んだ少女は、見る者を何とも妖しい気持ちにさせる天然の色香のような物に溢れていた。



シュン・・・! お前の方こそ勉強会は終わったのか?」



 レベッカが気付いて歩み寄ると、少女……舜は頷いた。


「ええ。陛下もリズベットさんもとても優秀で、俺……私の知識なんかあっという間に追い越されそうですよ。丁度一息入れようとお茶の時間だったんですが、皆の訓練が終わりそうなのが城から見えたので……」 


「おお、そうだったのか。……リズはともかく、陛下もああ見えて勉強がお嫌いではなかったのは意外だったな」


 レベッカの言葉に舜も苦笑する。



 現在舜は、『勉強会』という形でリズベットを始め神官達を対象に、自分が地球で得てきたなけなしの知識を教授しているのであった。


 社会人でもない一介の高校生である。知識と言ってもたかが知れているのだが、それでもこの世界の……特にこれまで殆ど教育らしい教育を受ける機会のなかった女性達にとっては、目からウロコのような知識ばかりであるらしい。


 数学など政治経済に応用できそうな知識も多い事から、リズベットは勿論、この王都の神官達や、他の街の領主代行の神官達まで交代で学びにくる『勉強会』という形になった。 

 

 それを知ったルチアは、


「女王たる妾が政治の事に無知でどうする! 妾も勉強会に参加するぞ!」


 という鶴の一声で、現在は熱心な生徒の1人として勉強会に参加している。


 現在の所『勉強会』は大好評で、生徒となった神官達はどんどん新しい知識を吸収して、それを街の運営に活かしているそうだ。



「ふふ、舜も大変そうね? でも肝心の舜の研修・・の方はどうなってるの?」


 莱香も会話に加わってくる。舜は頭を掻いた。


「そっちはそっちで、憶える事が多くて一杯一杯さ。リズベットさんも、他の神官の皆さんも目立たない所でこんなに頑張って国を支えてたんだって、日々頭が下がる思いだよ」


 舜は現在、『勉強会』を開催する傍らで、リズベットに付いて神官としての仕事・・・・・・・・を学んでいる真っ最中であった。


 男性としての身体と共に魔力も失った舜は、戦士としての適性は絶望的だった為に、莱香と同じ戦士隊でやっていく事は早々に諦めた。


 しかし魔力の代わりに、以前女体化した時と同じ膨大な神力はそのまま残っていたので、それを活かして神官となるべくリズベットに師事したのであった。


 リズベットも殊の外喜び、舜の知識量とその膨大な神力を理由に、舜を神官長補佐・・・・・という待遇で迎えた。神官のナンバー2であり、かつてやはり裏切り者のカレンが就いていたポジションだ。


 まだ神官のしの字も知らないというのにいきなりそんなポジションに就くのは、と固辞しようとしたが、他の神官達も舜の神力と知識量は認める所であり、何より元〈御使い〉という特異な経歴にあやかりたいという思いも強かったらしく、結局半ば強引に神官長補佐の役職を拝命させられたのだった。


 舜と莱香、立場は違えどどちらも異例の出世であり、お互いの苦労を分かち合える存在となっていた。


「ふふ、舜? どっちが早く今の立場に相応しい人間になれるか競争ね?」


 揶揄するような莱香の言葉に、舜もまた微苦笑しつつ頷いた。




 そうして3人で談笑していると、またもや新たに近付いてくる人物がいた。ただし今度は急ぎ足で駆け寄って、であったが。


「レベッカ! ライカさんも……! 良かった……まだここにいたのですね!?」


「リズ……? そんなに慌てて……もしや?」


 駆け寄ってきたのは先程話題に出ていた神官長のリズベットであった。普段は泰然としている彼女がこんな急ぎ足になる理由は限られている。レベッカの表情が引き締まる。


「ええ! 西の国境付近で、変異体を含む複数の進化種の侵入を感知しました! 規模からして『襲撃』です。サーフィスの街を目指しているようですわ!」


「西……となるとアストラン王国。爬虫種共か!」


「そ、そのようです。申し訳ありません。アレクセイ様もあのフレドリックに牽制される事が多いらしく、他の街の領主にまで対応が回らないようなのです……」


 やや心苦しい様子のリズベットに、レベッカはかぶりを振った。


「いや、アレクセイ殿には充分助けられている。後の面倒は私達自身で見るさ。そうだな、ライカ?」


「はい、隊長!」


 既に戦士としての顔になっている莱香は力強く頷いた。



****



 あのミッドガルドでの会戦の後……。


 戦士隊は襲い来る魔人種の〈市民〉達の圧力の前にあわや崩壊寸前になりかけていたが、ギリギリで松岡の停戦命令が間に合った。それまで持ち堪えたレベッカ達の勝利であった。


 駆け付けた舜の女体化した姿を見て驚いたレベッカや莱香であったが、事情を聞くとすぐに納得してくれた。


 そして……舜が地球には帰らずこの世界で共に生きていく選択をした事を知って、2人は涙を流しながら舜に抱きついたのであった。舜が完全に女性になってしまった事など、2人にとっては些細な問題だった。



 松岡を含む各国の〈王〉達は約束を守り、クィンダムへの帰路に着く舜や女性達を襲う事はなかった。〈境目〉までの道中は、ヴォルフやロイド、アレクセイらが念の為護衛として同道してくれた。


 彼等との別れを惜しみつつ、戦士隊は無事にクィンダムへと帰還を果たしたのであった。



 そこで待っていたルチアとロアンナから、戦士隊が転移させられた後のイナンナでの一部始終も聞かされた。


 カレンの正体が魔人種の〈役人〉であった事。ミリアリアが死んだ事などを聞かされた面々は、色々な意味で驚愕と衝撃とに包まれる事となった。


 舜は激しい自責の念から、そこで初めてミリアリアとの「過ち」について告白し、土下座しながら恋人達に許しを請うた。


 結果としてミリアリアの罠に嵌って転移させられた事で〈要石〉を破壊できた事、そしてその結果舜がロキを倒しこの世界を救った事。本当に悪いのはカレンであった事などの事情から、舜の「浮気」については今回だけは不問にするという結論で落ち着いた。


 ただし勿論、二度とこのような事はしないと誓わされ、この国の為に尽力する事を舜自身の意志で誓ったのであった。またミリアリアはやはり舜の意志で、ヴァローナと同じく、きちんと王都の墓地へ弔われる事となった。



 因みにロアンナは、リズベットを含めた戦士隊が帰還した事でお役御免とばかりに、再び王都からフラッと居なくなってしまった。どうやらまたあちこちの街を渡り歩いては〈市民〉や魔獣を狩りに出掛ける、『狩人』としての生活に戻ったらしい。


 ただし時折思い出したようにイナンナに現れては、戦士隊にレンジャーとしてのスキルを教授したり、恋人である舜との逢瀬・・を楽しんだりと、自由奔放な毎日を送っているようだ。


 やはり彼女にとっても、舜が女体化した事は些細な問題であったらしい。


 カレンを討伐して女王を救出し、戦士隊やリズベットが不在の間王都の留守を預かってくれたロアンナを、ルチアは国賓として扱う事に決めたらしく、レベッカ達も勿論異存はなかった。



 金城ら進化種の〈王〉達も自らの国へと戻り、再びそれぞれの信念に基づいて国を運営しているようだった。邪神の軛から解き放たれた彼等が今後どのような国作りを目指していくつもりなのか……それはまだ舜達には解らない。


 ラークシャサ王国やオケアノス王国及びミッドガルド王国では、女児の養育が国策として始まっているらしいが、その成果が出るのはまだ何年も先の話になるだろう。


 アストラン王国やバフタン王国では育児放棄された女児が、〈市民〉によってクィンダムの領内……街のすぐ近くに捨てられるという事案が増えてきており、一応以前の会談での約定を守ってはいるようだ。


 だが相変わらず〈貴族〉達は、目先の欲望に囚われてクィンダムへの『略奪』や『襲撃』を繰り返す……。


 これが、今のクィンダムを取り巻く現状であった。



****



「よし、皆の者、準備はいいな!? 愚かにも我等が領内に入り込んだ卑しい怪物共に、クィンダムに戦士隊ありと教え込んでやるぞ!!」


 レベッカの掛け声に、応ッ!! と麾下の隊員達から気勢が上がる。


 イナンナの正門の外……そこにレベッカ以下戦士隊が勢揃いしていた。勿論莱香の姿もある。全員が自分で作り出した神機に跨っている。



 リズベットと舜の2人が、戦士隊の出撃を見送りに来ていた。


「レベッカ……武運を祈っています」


「ありがとう、リズ。不在の間、この街を頼むぞ? シュンもリズを良く補佐してやってくれ」


「勿論です、レベッカさん。……いってらっしゃい。気を付けて」


 レベッカにそう返して、莱香にも視線を向ける。目が合うと彼女はしっかりと頷き返した。舜は目を細めた。


「うむ……! それでは、聖女戦士隊……出撃っ!」


 鋭く号令を掛けると、後は皆振り返る事なく一路戦場を目指して神機を駆って行った……





「……さあ、シュン。城に戻りますよ。彼女らには彼女らの戦いがあるように、私達には私達の役目があるのです。レベッカやライカさん達に負けてはいられませんよ?」


 戦士隊を見送ったリズベットが、気持ちを切り替えるように殊更明るい声で舜を振り向いた。


「はい、リズベットさん。……そうですね。私も莱香にそう約束したばかりなんです。では今日も宜しくお願いします!」


「ふふ、こちらこそお願いしますわ。では早速城に戻って陛下と共に、今日視察する区画と施設の段取りを決めるとしましょうか」


 リズベットは嬉しそうに笑って、城門へと戻っていく。その後に付いて歩きながら舜は一度だけ、莱香達が駆けて行った方角を振り返った。




 ……あの倉庫跡での惨劇から、目まぐるしく実に様々な出来事があった。辛く苦しい出来事が多かったが、レベッカを始め多くの大切な人に出会う事も出来た。


 この世界に来た当初は、まさかこういう結末になるとは思ってもみなかったが、なってみれば案外悪くないとも思える。いや、むしろ今となってはこれ以外の結末など考えられないくらいだ。


(……俺はこの先、この世界で、莱香やレベッカさん達と共に生きていく。そう決めたんだ。もう戻れないし、戻るつもりもない。だから……もう振り返るのはやめだ。……さよなら、父さん、母さん。俺は……俺なりに幸せに生きていくよ。2人もどうかせめて幸せに……)


「シュン? どうしたのですか?」


 リズベットが、いつしか足が止まっていた舜を訝しげに振り返る。舜はかぶりを振った。それは全ての迷いを振り払う意味もあった。


「いえ、何でもありません、リズベットさん。それじゃ行きましょうか」


 そして舜はリズベットを追ってイナンナへと戻っていく。その足取りにもう迷いはなく、二度と後ろを振り返る事もまた無かった…………





Fin


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女の国の救世主(改訂版) ビジョン @picopicoin

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