第213話 明かされた真実

 舜も咄嗟に顔を背けて、腕で庇うように顔を覆う。永遠に続くかと思われた光の爆発だが、徐々に光量が落ちていき、やがて完全に収まった。


「…………」


 顔を覆っていた腕を降ろし、周囲を改める。



(あれ? いつの間にか地上にいるや)



 どうやら爆発の勢いに押されて、地上まで押し戻されたらしい。周囲を見渡すと、舜と同じように地上に降り立っている松岡や吉川の姿が見えた。


 しかしそこで気付いた。松岡は真っ黒い肌の魔人、吉川は緑鱗の竜人の姿に戻っていた。


(神化種の変身が解けたのか……)


 自分も背中の翼や黒い甲冑が無くなっているし、どうやら人間の姿に戻ったらしい。そう思って自分の身体を改めた舜は、そこで違和感に気付いた。


「え……?」


 呆然とした声を上げてしまう。



 確かに人間には戻っていた。だが……胸を押し上げる乳房の感触はそのまま・・・・だ。ギョッとして股間に手を当てると……


(な……無い……!?)


 慌てて手足など他の部分も確認すると、丸みを帯びた柔らかい輪郭へと変化しているのが解った。……この感触、感覚には覚えがあった。



(え……ま、まさか……俺、また女に・・……?)



 軽いパニックに陥る舜。



「どうなってやがんだぁ? 光が収まったと思ったら、神化種が解けて……って、おいおい、マジか? お前……まさか、シュン、か?」


「……ひっ!?」


 近くにいた吉川が舜に気付いた。ついでに女体化してしまった事にも……



「ピュウウッ!! こりゃいいぜ! 最高じゃねぇか、シュン! 何だか分かんねぇが、俺に対するご褒美ってやつかぁ?」


「ひ……く、来るな。来るなぁ!」


 舜は咄嗟に攻撃魔法を放とうとするが、何も出なかった。そこで自分の中から完全に魔力が消え去ってしまっているのに気付いた。


(ま、魔法が……使えない!?)


 魔力の代わりに神力はあるようだ。だがそれは今の状況では余り役に立たない。


「お? どうしたぁ? 女になって魔法も使えなくなったのか? こりゃますますカモがネギ背負ってって奴だなぁ?」


「……ッ!」


「へへへ……学校にいた時も、お前が女だったらって何十回妄想したか分からねぇぜ。その妄想通り……いや、それ以上じゃねぇか!」


 吉川が興奮しながら迫ってくる。舜は後ずさるが、それはますます吉川を昂らせるだけだ。だがその時……



「おい、俺もいる事を忘れんなよ?」

「……!」



 舜と吉川の間に黒い肌の魔人……松岡が割り込んできた。


「ああ!? どけ、コラ! シュンは俺様が頂くんだよ! 邪魔すんならぶっ殺すぜ!?」


「ほぉ……お前が? 俺をか? 面白れぇ冗談だな、そりゃ」


「んだと!?」


 2人は一触即発の状態になる。舜とは違って神化種でなくとも、〈王〉の魔力自体は健在のようで、剣呑な魔力を発散させながら睨み合う。しかし……



 ――ビシュッ! ビシュッ!



「……!」

 睨み合う2人の間に、大きな毒針・・・・・が何本も突き刺さった。


「……周囲の状況も忘れて目の前の女に盛るとは……。いや、ある意味では進化種らしいとも言えるのか……?」


 冷静な声音で水を差しつつ歩いてきたのは……


「全く……ちょっと目を離すとこれなんだから……。いい女ならここにもいるでしょう?」


「か、金城……! それに浅井も……」


 ハイブリッド蟲人間の金城と、彼に横抱きにされた美貌の人魚……浅井の2人であった。2人共やはり神化種は解けていた。



「英樹……今はそれどころじゃないでしょう? 一体何が起きたのよ?」



 その疑問は尤もだ。『ロキ』は本当に倒したのだろうか? 自分達の神化種が解け、舜に至っては魔力すら無くなってしまった理由は……。


 松岡がバツが悪そうに頭を掻く。


「あー……悪ぃな浅井。やっと自由・・の身になれたかと思うと、ついハイになっちまってよ」


「お前が自由・・になった……。それはつまり……?」


 金城の確認に松岡が頷く。


「ああ、俺の中にあったロキとの繋がりが完全に無くなった。ロキは間違いなく滅びたぜ」


「……! そうか……。ラーヴァナ様達も滅びたようだし、これでこのイシュタールは……」


「……邪神の軛から解き放たれたという事ね」


 浅井も頷いている。



 その時舜はこちらに近付いてくる大きな人影を認めた。あれは……


「シュン……貴様……。その姿は……」

「う、梅木……」


 やはり神化種は解けているが、それでも尚3メートルくらいある巨体の角獣人……梅木であった。


「ケケッ! 残念だったなぁ、梅木? シュンは何故か知らねぇが、こうして女体化しちまった。俺にとってはむしろいい事だけどなぁっ!」


 舜の姿を見てワナワナと震える梅木を吉川が嘲笑う。金城が苦笑する。


「梅木……良い機会だ。これを機にもう少し女と真剣に向き合ってみろ。どの道進化種である以上、女とは切っても切り離せん状態なのだからな」


「ぬ……!」

 梅木が小さく唸る。




「さて……これで俺の目的は達成できた訳だが……この後はどうする・・・・?」


「……!」

 松岡の問いかけに、舜だけでなく他の4人も何とはなしに緊張する。


 神化種が解けたり、舜の魔力が無くなってしまった事もそうだが、今現在は一応4国連合がミッドガルド王国に戦争を仕掛けている、と言う状況なのだ。


 恐らく松岡はその事を聞いているのだ。即ち……続けるかどうか・・・・・・・を。



「……一つだけ確認したい。お前の目的は本当にロキ神の影響を排除する事だけだったのだな?」


「ああ、その通りだ。きな臭い雰囲気を作ったのは、戦争にかこつけてお前らを不自然なく一箇所に集める為だけだった」


 金城の問いに松岡が首肯する。


「ふむ。であるならば……」 


 と、金城が言い掛けた時だった。




『ここは一度退いて下さい、男達の〈王〉よ。戦争は終わりです』




 とても澄んだ……それでいてどこか非人間的な印象を与える女性の声がその場に木霊した。


「……!! フォーティア様!? 無事だったんですね!?」


 その声に聞き覚えがあった舜が真っ先に反応して上を見上げた。釣られるように〈王〉達も頭上を見上げるとそこには……



 『ロキ』とは対照的な白い光に覆われた人型の輪郭が浮かんでいた。


「……シュンを召喚し力を与えた、このイシュタールの女神か」 


 言葉は金城の物だが、他の面々もその正体は知っているようだ。


「ふぅん……。ま、あなた達がシュンを召喚してくれたお陰で今の私達があると考えれば、ある意味では恩人という事にもなるのかしらね?」


 浅井が鼻を鳴らす。確かにフォーティアが〈御使い〉として召喚したシュンに対抗する為に、邪神達が彼等を召喚したのが始まりなのだから、そういう見方も出来るのか。


『私の方こそ、まずは皆様に御礼を言わねばなりません。あなた方のお陰でロキの企みは潰え、『サタン』の復活も阻止されました。地球は、そしてこのイシュタールも、あなた方に救われたのです』


 フォーティアの声はそのように礼を述べてから続けた。


『……しかし進化種同士が派手に殺し合う事のリスクは充分に理解できたはずです。皆一旦矛を収めて、引き上げて頂けませんか?』



「別に好んで戦争をしたい訳でもなし。松岡に我等への明確な害意がないのであれば、軍を引く事はやぶさかではない」


 金城が真っ先に意を示した。


「私は勿論停戦に賛成よ。ていうか早く海の中……テーテュースに帰りたいのよ、私」


 浅井も至極あっさりと同意する。となると問題は残り2人だが……


「ふん……興が醒めたわ。俺も帰るぞ。セト様も滅びたというなら、後は好きにやらせてもらおう」 

 

 梅木だ。舜が女体化した事で、その妄執や執着も消え失せたようだ。舜はこっそりと胸を撫で下ろした。だがすぐに再び緊張する羽目になる。


「……進化種同士じゃなきゃいいんだろ? 折角目の前に極上の女がいるってのに、このままスゴスゴと帰れってか? 冗談じゃねぇぜ。地球とこの世界を救ってやったんだ。苦労に見合った相応の報酬・・を頂くのは当然だよなぁ?」


「……ッ!」

 吉川の台詞に舜は青ざめる。だがそこに金城が割り込む。


「吉川よ。ここは潔く引け。無報酬なのはシュンも含めて皆同じなのだ。それに地球にいる両親や弟達の命を救えた事が報酬とはならんのか?」


「……!」


 家族の話を引き合いに出された吉川は動きを止め、それから忌々しそうに舌打ちすると一歩下がった。


「……ち! だが引くのは今回だけだぜ。次にもしシュンを捕らえる機会があったら……その時は容赦しねぇ」


「それで良い。シュンに関しては我等も同じスタンスだからな」


 金城の言葉に舜は気を引き締める。つまり今は一旦見逃すが、これ以降は再び敵同士になると……そう金城や吉川は言っているのだ。


「シュンや戦争についての意見は纏まったな。……で、女神さんよ? 聞きてぇんだが、俺ら、シュンも含めて……もう神化種になれなくなってるよな?」


「な……!?」


 松岡の確認に、浅井以外の〈王〉達と舜が驚愕する。


『……人の身で、仮にも神であるロキを滅ぼしたのです。その代償とでも思って頂いて構いません。しかしどの道もう皆さんにあの神化種の力は必要ないはずです。過ぎた力は破滅の元となるだけです』


 確かにそれはその通りだろう。しかし松岡達には例え神化種の力を失っても、〈王〉の……最強の進化種としての力は健在だ。


 だが舜は? 神化種の力だけでなく、魔力そのものを失ってしまった。


「じゃ、じゃあ俺は!? 何でまた女の子の姿になっちゃったんですか!?」



『……シュン。ごめんなさい。今こそ真実・・を明かすわ』



「……し、真実? 何の話ですか?」


 フォーティアの心苦しそうな声の調子からも、その真実・・とやらが碌でもない物だと予想が付いた。


『死して転生した者は、二度と生前と同じ姿・・・・・・では生き返る事が出来ないのよ……』


「……は?」


『彼等〈王〉達は進化種としての姿を与えられて甦る事が出来た……。じゃあ、あなたは?』


「お、俺……? 俺は……」


 あの虚無の世界から掬い上げられた時、舜は既に生前と同じ姿だった。



『……そうね。でも……あの姿は魔法が使えるようにと、〈御使い〉としての権限を行使して、私が与えた仮初め・・・の姿だったのよ』



「…………え?」

(か、仮初め……? 何を言ってるんだ? じゃ、じゃあ、もしかして、今の俺の姿こそが……?)


 その舜の混乱した思考を肯定するように、白光を放つ人型が頷いたような気配があった。



『そう……。今の女性の姿こそがあなたの、この世界における本来の姿・・・・なのよ……』



「……ッ!!!」


『……この世界に侵略してきた邪神達を全て排除出来た事で、〈御使い〉としてのあなたの役目は終わってしまった。だから〈御使い〉の権限で与えていた姿が解除されてしまったのよ』


「お、終わった……? 俺の、役目が……?」


『でも……あなたが〈御使い〉としての役目を全うした事は事実……。あなたが望むのならば、例の特権・・を与える事は出来るわ。それは私の責任にて約束するわ』


「…………」


 特権。


 地球にて、記憶を保持したまま自分の人生を好きな所からやり直せるという特権……。


「……それって、俺だけなんですか? 莱香は?」


『彼女は〈御使い〉ではないから無理よ。……本当にごめんなさい』


「そう、ですか……」


 ならば自分の心はもう決まっている。地球で過去に戻ればそこにも莱香はいるだろう。でもそれはこの世界で苦楽を共にしてきた、本物・・の莱香ではない。


「なら、俺は…………」


 そして舜は、フォーティアに自らの意思を伝えた……


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