第三章 不気味に生きているお金

 なに? 築き上げてきた資産を「詐欺師」に強奪された、だと? それはご苦労さんなことだ。それね、実は、詐欺師の仕業ではないからな。たちが悪い、「錬金術師」という存在に、はめ込まれたんだよ!


 えっ? もう老後の面倒はみれないから、そのときに必要となるカネを、何があっても自分で作れって、アナウンスがあったから、あせって無理しただと? おいおい、それを本気で信じたのか? そんなもん自分で調べずに鵜呑みにする奴が、こんな世界に来ちゃだめだよ!


 はい? 俺の力で一部でもよいから取り返してほしいと? はぁ……、相手が詐欺師なら手段は残されてはいるが、錬金術師では歯が立たないね。


 結局さ、あんたさん、奴らが仕組んだ「錬金術」に飛びついたんでしょ? そして、「約定」したわけさ。つまりね、取引が成立した相手から、カネを返せと要求しているのよ? 無理に決まっているでしょ?


 えっ! 諦めきれない? そりゃ、「全資産」だもんね。悔しいのはわかるさ。泣きたい気持ちもわかる。でもね、「自己責任」なんだよ。


 その、あんたさんが関わってしまった銘柄ね、今まで何人をほうむったのか把握できない、こわい噂が多いところだったんだよ? わかる? 俺の言っている意味?


 そしてな、錬金術師が恐れられているのは、たった一度でも、はめ込んだ相手を、再度信用させ、何度でも「むしり取る」からなんだ。これだけは、詐欺師でも真似ができない。


 結局あんたさん、何度もさ、いい夢、見させていただいたのでしょう? その代償が、今回の悲惨な事態な。こんなのさ、噴いたらすぐに売らないと話にならないぞ!


 なんで長期なんかで持とうと思うかな……。まあでも、気を落とさるな。まだ「現物」だったから、これで済んだのだからさ!


――――――


「これは……。相場がおかしくなり始めた時代の初期で、騙された方々の心の悲鳴を描いた、とても貴重な手記のようですね」


 フィーナ様がそうつぶやくと、梅の模様が描かれた、かわいらしい器に盛りつけられた黒蜜たっぷりの四角い寒天をスプーンで優しくすくい、その小さな口に運びました。その器には、お気に入りのものしか入れないと伺っておりましたので、とても気に入ってくださり、わたくしも光栄です。


 昨日、わたくしが地に舞い降りて「リスク」という夢の方と話し合いを行い、一応、目的を達成いたしました。そのときに、好物だと伺っておりました、冷たい寒天に黒蜜をかけて美味しくいただく甘味と呼ばれるものを、手土産にいたしました。フィーナ様は天の者にもかかわらず、このあたりの感覚が、わたくしと似ているので助かります。


「ところで、例の件は、いかがでしたか?」

「はい。ご用命くださいました通り、終始和やかに、口外しない旨を伝えることができました。そもそも、相手はトレーダーゆえ、良い関係を築きながら、それを維持できるとみています」

「その意気込み、うれしいです。一度で良い関係を築くとは、さすがですね」

「ただ……、夢の後に、頭痛におそわれるみたいで、それに悩んでいると伺いました。最近は、本来は精霊以上が服用する良い薬がヒトにも出回るようになったため、大丈夫だとは思いますが、いかがでしょうか?」

「それについては、心配におよびません。精霊が調合する薬は、最近になって、ようやくヒトにも解放されたのです。それまでは、精霊以上の者しか、その服用が許されておらず、『上級治療薬』という情けない揶揄までいただいてしまいました。わたしと、わたしが信頼する天の方々と一丸になって、なんとか、ヒトの方々への解放に至りました」


 えっ……、淡々と話されていましたが、かなりすごい内容なのですが……。最近は、純粋に、「すごい」と言いきれる内容って少ないじゃないですか? これは、久々に心が動かされました。精霊が調合する薬の効き目は、従来の薬と比較して、全然違いますから。ヒトの広範囲に命の危機が迫ると、許しをこうように、必死に「おもてなし」をすれば、精霊のお薬を分けていただけて助かるとか、それこそ、思い出すだけでも嫌になる話がどんどんと膨らんでいき、気が滅入るような雰囲気に包まれていきます。わたくしは、そのような時は、嵐が過ぎるのを待つように、じっとしていました。自分で自分の身を守る手段が、それしかないからです。


「フィーナ様……」

「イナゴさん……。これは特に、すごいとか、すばらしいとか、そういった美談ではありませんよ。わたしの……その、ただの『罪滅ぼし』です。もっと砕いて表現すれば、ただの自己満足なのです」

「罪滅ぼし……、ですか?」

「……」


 フィーナ様が、そのままうつむいて、床の一点をじっとみつめたまま、まったく動かなくなりました。過去に大きな失敗でもしでかしたのでしょうか? ただならぬ気配に、とにかく、話題を変えていこうと試みます。


「フィーナ様、申し訳ございません。わたくし……元トレーダーですので、たまたま、話のネタが尽きなかっただけでございます。これからもしっかりと、見守っていきたいと存じます。それにしても……、天の権限で強制的に拘束するのではなく、交渉を重ねて対処せよ、というところが、とてもフィーナ様らしいです」

「拘束……ですか?」

「はい……?」


 フィーナ様が、なぜか、「拘束」という言葉に反応いたしました。よかったです。いや、よくはないか。なぜ、この悲観的なフレーズに?


 わたくし、またなにか、気に障るような事を言ってしまったのだろうか。


「すみません。勝手に話し出しておいて、落ち込んでいる場合ではないですね」

「いえ、まったく気にしておりません」

「ヒトや精霊などを拘束するという手段は『自然の法』に反します。そうですね、それが許されるのは、約束事と照らし合わせる時間がないときに限ります。もっとも、それすらも認められないという意見もありますので、それくらい、拘束という行為は、慎重にならないとダメなのです。これを深く考えずに、平然と行使するようになってしまったら、それは……この地の終わりを意味いたします」

「えっ、この地の終わり……ですか? そこまで極端な状況に陥るのですか?」

「はい。拘束に近い状態におきたい場合は、とにかく、交渉するしかありません。または、そうなるように、しっかりと支援する必要があります。そうして、自然と、ご協力いただける環境に持っていける力が、何よりも大切なのです」

「勉強になります」

「単に拘束するだけなら、権限さえ与えればだれでもできますから。しかし、これが『交渉』となると、急激に難しくなります。直前になって、気が動転したのか、そのまま逃げ出す者も多くいるくらいです」

「逃げ出すって……、それは、どんな事情があったとしても、ひどすぎますね?」

「それなんですが……。逃げ出すだけなら、まだ良いのです。それを指摘されると都合が悪いため、あろうことか天の者が、そのような交渉能力に優れた有能な方々を、ヒトより『魔』と呼ばれている暗黒へ……強制的に拘束してから、投げ捨てるように放り込んでいるという、悪い噂があります」

「えっ!?」


 フィーナ様……、それが事実だとしたら、異常な事態ではないですか……。驚きのあまり、声を詰まらせてしまいました。


「イナゴさんは、陰でひっそりとトレーダーをやられていたので、助かっただけです。今は、その、わたしが……、そばに付きましたので、もう大丈夫です!」

「あっ、いや……。その、助かった……って? いくらなんでも、わたくしがそれに狙われる要素が、あったのでしょうか?」

「はい、十分にありました。……理由の方を知りたいですか?」

「はい、よろしくお願いいたします」


 わたくしが狙われる? さすがに、勢いにまかせて、おっしゃった訳ではなさそうですね。とても気になるので、理由を伺うことにいたしました。


「いま、わたしが目を通している、この手記のここをみてください」


 フィーナ様がわたくしに、書物にある「錬金術師」という単語を、指でなぞって知らせてきます。なるほど、錬金術師、ですか?


「フィーナ様、『錬金術師』というのは、まあ、あれですかね、あれです!」

「あれ、ですか?」

「たしか……わたくし、錬金の調査中にお声をかけてくださいましたので、錬金については、お詳しいかと……?」

「あっ、そうですね。書物に詳説がある、錬金についての『論理』『心理』『数式』や『数理』などには詳しいのですが、その……、『はめ込み』とか、そういった、なんというでしょうか、相場の色が強い部分には疎いです。その証拠に、『天の者』が相場を任されて、うまくいった例は、とても少ないはずです」

「フィーナ様……、これについては、だいぶ前より引っかかっていたのですが、錬金状況に関する調査のご様子から拝見して、新興によくある『はめ込み』相場には詳しい方とみていたのです……、そのため、意外でした」

「わたしが、そうですね、『精霊の祭り』に参加したら、最初のはめ込みで、派手に散って、終わります」

「あっ、それ、前にもおっしゃいましたよね?」

「はい。ただ、はめ込みの本質……実体には、大いに興味があるのです」

「実体……、ですか?」

「まず、そうですね……、どのようにして『はめ込み』が起き始めるのか、興味があります。これが自然発生なら、なおさら知る必要がありますから」


 なにか言いにくそうにおっしゃるフィーナ様。たしかに、投資の観点からみたら、「はめ込み」はよくない事だとは思いますが、この極東の地の、特に新興では、別に……です。参加している方々も、はめ込みが存在することくらい、百も承知ですから。それが引っかかっているのかもしれませんね?


「それはすごくわかります、フィーナ様。たしかに、大精霊ではなく、天に導かれた銘柄は、なぜか、はじめから重すぎて上がらなかった銘柄が多かったですよ。それでも、そこのホルダーになると、一応、『天に売りなし』で頑張るのですが、まあ、それで上がるほど、相場は甘くありません。気が付いたら、何もかも失って……、となります」

「……、わたしが地に舞い降りて行った錬金の調査は、天らしい杓子定規でした。おそらくこのあたりに……、『はめ込み』などの目に余る行為が、平然と横行する要因になっていることは確かです。それこそ、話だけは丁寧に聞いていただけるが、何も起こらないと、陰口を叩かれていることも、小耳にはさんでいます」

「まあ、新興で『はめ込み』など、別にめずらしくも何ともないですからね……」

「それで、そのような恐ろしい『はめ込み』を平然と対処し、生き残れるトレーダーさんが、それにより大きな資金力を付けてしまうという点を恐れています。これが……、情けない理由なのですが、イナゴさんが狙われる理由です」

「さすがに、それは理論が破綻していると思うのですが……」

「いいえ。以前にお話しいたしました『朗報』で入手した資金であれば大丈夫なのですが、このような場合だと、上手く立ち回らないと危ないです。もちろん、金額にもよりますけど……」

「……、そうなんですか……」


 わたくしのとまどいの言葉に、また、わずかですが、目をそらされましたフィーナ様。その手の話、金額にもよるなら、わたくしが狙われることはまずないと確信していますよ。なんだか、今日は格段と、そのご様子がおかしいのですが、そういう日もあるのかな? と、この時は、あまり深くは考えていませんでした。


――――――


 昨晩は、「売りあおり」を名乗るリリアさんに散々やられ、とても情けない、気が重い朝を迎えました。いやいや、俺って単純だから、起きてしまえば、もう気にならない。いや、気になる? おっと、端末に浮かび上がる時刻を見て猛然と飛び跳ねた。これは……、恐ろしい瞬間を目の当たりにすると急に頭が冴えてくる、あれだ。ああっ!!!


「あー、寝坊じゃん!」


 思わず大声を上げてしまった。ちょっと! すでに午前の相場、前場が始まって、一時間以上も経過しているではないか! 色々な意味でトレーダー失格だよな、俺。何やってんだか!!


 あ……、そうだ! 売りあおられた、あの銘柄……。思い出してしまった……。高まる胸の鼓動を感じながら、慣れたイメージで端末を操作し、その銘柄の板を出した。そして、愕然とした。


「え……」


 ………………。数分ほど、時が止まりました。頭の中が真っ白になる……。


 ……昨日と全然違う、なんという地獄。ここまで急激に変わるのかよ!? 「売り数量」が膨らみ過ぎて、下に張り付いているではないか! いや、この売りの量さ……もうこれ、この地の終わり……というやつを彷彿とさせる、諦める事すら思考が回らない、果てしない売りです。こんなのを握って、大いに喜んでいた俺。


 自然と胃酸がこみ上げてくる……。おえ……。やってしまった……。精霊に胸ぐらを掴まれながら生きる、悪夢な日々が脳裏によぎる。あの散々な生活に、戻るのか。いや……、すでに戻れないよな。いよいよ、毎日、精霊に追われる、死んでも解放されない、おぞましい日々が、はじまるのか。


 もし俺が鳥だったら、今すぐにでも、西の地に飛び立ちたいです。


「そんな……」


 たしか残った借金については、この極東の地で死んでも、転生先で追われるんだっけな……。何もかも終わったんだな、俺。もう、声も出ない。何とか立ち回ろうという考えも起きない。立ち上がる気力もない。


 よく、絶望の底まで落ちた者に「がんばれ」という得体の知れない掛け声をするなんて、そんなもんは逆効果だ! という強い論調があるが、これについては「間違いなく確かなこと」を、今ここで俺自身をもって、知ることになりました。今、そんな掛け声をかけられたら、もう……、俺……。どうなるかわかりません! こんなの……、開き直るなんて無理です……。


 悪い事ばかりが頭の中を駆け巡る。その過程で、わずかに残っていた理性が反応したのか、それらの相互作用で生じた僅かな涙が、ゆっくりと、俺の両頬を伝ってきたよ……。


「なんとか売れないのか……?」


 それでも必死に涙を拭いながら、助かる道を探していたら……。


「ちょっと待て!? いやこれさ、『始値』が……付いているじゃん!」


 「始値」……つまり、一度は取引が成立しているんだ。それから、急落して売りが膨らみ、寄らなくなったのか! そう考えているのと同時に、体が動いていた。とっさに端末をわし掴みにして、いやいや! こんなもんを勢いよく掴んでどうする、落ち着いて、落ち着け、イメージイメージ……。この銘柄のチャートを開いて、その形状をチェックした。やっぱり、寄り付いてから、急落して、下に張り付いたのか!


「つまり……これは、もしかして!」


 すぐに、本日の俺の約定履歴へ移動する。ああ……神様っているんですね。


「まじで、全枚数……始値で売れているじゃん。……ああ!!! まじ?……俺、助かったのか?」


 昨晩の売り注文、間に合ったみたいです。「成り行き」だったから、寄り付いた所……始値で売れたんですね!


「……、うん」


 俺にとっては、これ……「勝負の枚数」だったので、まあ、本当の意味での「爆益」です。でもさ、こんなの……次はないよな? おえ……、ちょっと胃酸を吐き出してしまった。カラカラだった喉が、焼けるように痛み出した。


 その途端、体中から力が抜け、この浮かれた状況を何とか理解しようと試みた。とりあえず、まず、横になった。天井を見つめて……、ゆっくりと立ち上がりながら深呼吸をして、また横になってを何度も繰り返すうちに、先ほどまで俺を支配していた恐怖心が和らいできます。とにかく! こんな日にトレードは無理です。本日は、休むことにしました。


 ああ……、休もうと思った途端に、体が軽くなってきました。まったくですね。俺みたいな単純なアホは、こういう気持ちを切り替えなくてはならない場面では、有利なのかもな。どうせ悩んでいても時間の無駄……、いや、これでは成長しない。でも、悩みまくっても、成長しないでしょう。きっと!!


 うん、生き残った実感を噛み締めつつ、この地を散策でもしましょうか! この地は、いつも平常さを保っているので、本当に助かります。それとも、あんな「クズ銘柄」に手を出す者など、ほとんどいないという事か……。まず、これを猛省です。


 まあねっ!! 結局、儲かったことには変わらないので、ついつい、気晴らしにちょっとお高めの喫茶店に突入してしまいました。あれ、猛省って……?


「え……」


 扉を開けた瞬間に、小声を上げてしまった。ああ……、向かい席に座れと促してくる。そして、不思議そうにみつめてくる女性……そう、「売りあおり」のリリアさんですね。はい。これって、偶然なのかな? どうなんだろう……。


 まずいな、これ。とりあえず昨日の件なのかな……。まあ、考えてもしょうがいないね。すぐに観念して、ご指定いただいた椅子に腰を下ろした。


「こんにちは、リスクさん。どうです、ご調子の方は? 見た感じ……その様子だと、しっかり生き残れたみたいね? ふふふ、おめでとうございます、ですわ」


 もうこれ、素直に謝るしかないよな。


「昨日は……すみませんでした。」

「なんで、謝るの?」

「いえ、それは……」

「あっ! そうね。わたしに、昨日の分を支払わせるなんてね、びっくりですわ」


 はい? 昨日の分って? 俺がリリアさんに対して、あんな恐ろしい事を言い放ったことは問題ないのかな? えっと、まさか……そうか! 俺、恥ずかしさのあまり、店を飛び出して、うう……そのまま、か。色々な意味で情けないです。


「あ……、この場で返します! なんかもう……あのときは……」

「ふふ、別に気にしないでね。そうね、それは『生き残れたお祝い』ということで、おごりますわ!」

「それはさすがに……」

「その代わり、教えてくださるかしら? どうだったかしら? あの板をみて?」


 う……。それは、かなりしんどい質問です。でも、しっかりと正直に答える必要があると直感した。


「あの後、昨晩のうちに、全枚数に……おさらばする注文を入れました。そのくせ……恥ずかしい事に寝坊して、『始値』を見落とし、いきなり! 下への張り付きをみる羽目になりました。その恐ろしさは、今まで体験したことはなく、じわじわと胃酸が上がってきました……。その後、必死にもがいて、『始値』が付いているのを確認し、約定履歴をみて、もう、なんというか俺……」


 リリアは、うんうんと、納得の表情を浮かべて、柔らかく話を始めた。


「わたしは、このような光景は『はめ込み』で見慣れているとはいえ、今回のはね、特別にすごかったわ。寄った直後に、滝のように急落したのよ。たしかに、『精霊の撒き餌』が、あれだけ膨らんでいたからね……」

「え……、精霊の撒き餌?」


 聞き慣れない言葉にとまどう俺。相場って、奥が深いです。素直に聞いてみます。あ、いや、一応トレーダーです。駆け出しですが……。


「知らないのかしら? 精霊の撒き餌について……?」

「はい……。すみません」

「ほんと…あなたって正直よね。感心いたしますわ。『精霊の撒き餌』っていうのはね、精霊に借金して主に『ヒト』に買われた枚数のことを指すわね」

「あっ……あれのことですね!」


 たしか、枚数の他、割合なんかも公開されていたはず。あれらか。


「でも……何であれを『精霊の撒き餌』っていうのでしょうか?」

「ふふ、そうくると思いましたわ。エレノアなどの大精霊が行う『錬金術』の材料になるから、かな」

「へぇ……? 錬金術?」


 大精霊って、変な術式を使うとは小耳にはさんでいたけどさ、錬金術ってなんだ?


「錬金術っていうのはね、その名の通り、お金を生み出すためだけに、本来の性質をねじ曲げることを指します」

「ねじ曲げる……?」

「うん。そう……ねじ曲げる、か。……、フィーナ、どうしてるかな……」


 急に、想いを馳せ始めたリリアさん。あ、あの……?


「すみません……、フィーナって?」

「え、あっ、ごめんね、急に。わたしには、そうね……わたしの肩くらいかな、こじんまりとした妹がいてね、名をフィーナといいます」


 急に肩をさすりながら、少しこわばった表情で、やさしく語りかけられ、とまどう俺。なんてね、こういう状況は得意です。アホでも、少し位は取り柄があります!


「フィーナか。なんか、真面目そうな名ですね?」

「えっ! リスクさんって、そのあたりの直感が鋭いわね? うん、フィーナはね、本当に真面目なんだよ。だから、わたしみたいな能天気な姉を持ってしまい、さぞかし、迷惑しているのかな……」

「い、いや、それとこれとは別、そう、別! 売りあおりだって個性の一つです!」


 おっと、ついうっかり「売りあおり」という言葉を使ってしまいました。でもさ、結果的に俺は助かったぞ? もしあのままバカみたいにあのクズ銘柄をホールドしてたら、今ごろ、どうなっていたのやら。ああ、考え始めたら怖くなってきました。いや、ここで俺が怖がってどうするんだ。まったく、俺っていつもこうなんです!


「そうねっ! 個性よね。うん、妙な安心感が心の底から湧いてきましたわ!」

「売りあおりに助けられた命が、ここにあります」

「そう言っていただけると、やりがいを感じますわ。売りあおりってね、どうしても『株大暴落』、『精霊に追われる』、『天に召喚されたクジラが余命残りわずか』、『粉々にくだけ散った老後資金』や『不動産大暴落』など、こういったネガティブな表現を駆使するから、嫌われやすいのは確かね。でも、朝から晩まで買いを誘う『買いあおり』がいるのだから、売りあおりも必要なのよ。それこそ、一方だけが存在するなんて、絶対に『自然の法』が認めないわ」

「うひょ」

「えっ? リスクさんって、面白い反応するわね?」


 何というか……、リリアさん、もう少し柔らかな表現はないのだろか。なんて、考えてしまいました。それらを直接、投げかけられたら、かなりきつい売りあおりですね。俺は、そうだな、売りあおられた時にふいと出てきた「強制ボランティア」という苦い表現が、精神的に一番こたえました。


「たしかに、買いあおりは、買うまで拘束してくる気迫みたいのがありました!」

「うん、そうだよ。最近では『若い方々が、みなそろって株を買い始めた』とか、全体を巻き込むような手法で、買いおあるのが主流かしらね? ちょっと前までは『ましたん祭り』とか、仕手の色が強い、買いあおりが多かったですわ」


 ましたん祭り? なんだそれは。まだ駆け出しの俺では、そんな用語、聞く機会すらなかったのかな? まあ、危なそうなので、どうでもいいか。


「『みなそろって株を買い始めた』、か。そういう集団行動的なお誘いに、俺、かなり弱いです。なんか、買いたくなってしまいます!」

「それで、この『はめ込み』銘柄を、まわりも握っているからと、まくし立てられて、気が付いたら、すでに全力でご購入済み、と?」

「リリアさん……、それです。その心理で買ったのは間違いないです」

「もう……、猛省ね。そもそも、この極東の地の相場は、西の地の資産保護が最優先なのだから、西の方で暴落でもあったら、こっちが先に犠牲となるのよ? そうなったとき、こんな『はめ込み』銘柄なんて、どうなってしまうのやら。とにかく、リスクが大きいと認識しないとね? その名に誓って?」

「そこで、この名前……ううっ」

「わかればよろしいです」

「というか、リリアさん!?」


 いま、おかしな事をちゃっかりと話された気が。西の地の資産保護? なんだそれは? 相場が全地域で連動していることくらいは知っているが、なぜ、西? ここは東だぞ。西と東を間違えたのかな? いや、まさかね。太陽が西から昇るとか、ないない。


「はい、です?」

「西の地の資産保護って?」

「……、あっ、なんでもないですわ……」


 リリアさんって、うっかりが多いのかな? でも、気難しいより断然いいか。でも気になるね。ただ、こうなったら教えてくれないだろう。もともとこの地は、こういう秘密みたいのが多いから、もう慣れてますよ。なにを聞いても「秘密」「秘密」で、いよいよ、そのフタを開けたら、「うひょひょ!」ですよ。


 まあいいや。ここは、教えてくれそうな「自然の法」について聞いてみよう。これも、少し気になってますから。俺が気にするような単純な内容ではないことくらい、わかっていますよ!


「そういえば、リリアさん……。『自然の法』という表現、たしか、俺が売りあおられた時にも出てましたよね?」

「えっ、今度はそっち? あっ、うん、そうね」

「それは、それだけ重要な『約束事』なのでしょうか?」

「うん。とても大切な約束事なの。これがあるからこそ、わたし達は自由を満喫できます。例えば、トレーダーなのに、大切な取引をすっぽかして、ここに遊びに来ることができたのも、この約束事があるからですわ」

「あっ、いや、まあそれは精神を休める必要があると自己分析、そう、分析です!」

「ふふ、それでもリスクさん、『強制ボランティア』とか、あういう類はどうかしら? 自己分析したって、何したって、強制で拘束されてしまうのよ?」


 ついさっきまで、頭の中で引っかかっていた表現が、ありのままに出されてきたので、びっくりです。


「あれだけは、俺も、受け入れられません」

「そうよね? これを『自然の法』では、『ねじ曲げられる』と表現されます」

「いや、これ……、リリアさんに聞いても仕方がない事くらい、わかりきっているのですが、どうして、あういう事が、平然と起きてしまうのですか?」

「えっ、あ……、それを説明するには、そうねっ! まずは『錬金術』からね?」

「あっ、ここで錬金術? そうですか……」


 これは間違いない。リリアさんに、何か、見られたくないものを隠された気がしました。あの表情、うん、きっと何か隠した。こうなるとさ、突っ込んでも答えてはくれないよな。だったら、そうだった、もともとは錬金術の話だったよな、これ。


「さてさて、『錬金術』です。今回の場合は、借金して買われた株を、なんとまあ、『空売りの材料』にするために錬金するのよ。大精霊が、主に新興などをガンガン空売りできるのはね、この錬金術が主な要因となります。最近では、それでも飽き足らずに『貸し株』という現物にまで手を出す状態で、ほんと、困りものですわ。あれらも、材料にされているだけなのにね。僅かな年利で貸し出してしまうヒトがとても多いのよ? リスクさんも、貸し出したことある? つまりね……、あまりこうは言いたくないけれども、リスクさんのような、何も考えずに精霊に借金してまで全力で新興を買うヒトって……わざわざリスクを背負ってまで、錬金術の材料を大精霊に提供していただける、まるで『ネギを背負った有難きカモ』ですわね」


 その手の話って、嫌になるほど噂で流れてきているにも関わらず、まったく信用していなかった。つまり俺は、ネギを背負った有難きカモだった訳か。これには大いに納得できる。確かにね、俺みたいなカスに、何の利点もなく大金を貸すなんてね……、ないない、絶対ない! やっぱりバカでした。はい。


「すごく納得です。すっきりしました。ありがとうございます!」

「……、でもね、わたしも、あの下への張り付きは、まったく読めなかったわ」


 あっ……、え?


「誰もが見るだけで吐き気を覚える、あの下への張り付きですよね?」

「リスクさん……、『誰もが』吐き気を覚えたりはしません。前もって空売りした『売り方』は、満面の笑みで、下への張り付きを眺めているわよ?」

「あっ、そ、そうですよね……、はは……」

「これね、間違いなく『エレノア』の信用が想像以上に落ちていて、早い段階で手を打たないと、取り返しがつかない事態に発展するわ。今回のは、精霊が売り抜ける為だけの仕手相場だったから、そこの業績自体はとても安定した黒字で、配当もあるからね。さすがに、これだけで……下に張り付くまでには至らないと考えていたのよ。これでは、たっぷりと全力で買って持ち越した『買い方』が再起不能となる下げになるのは、もはや時間の問題ね。エレノアに残された信用が、それこそ、空っぽに近いのかな」

「再起不能……。いえ、猛省です、猛省。あとさ、もともと、あんなエレノアに……信用なんてあるのですか?」


 ふと、心の奥底から湧きだした疑問が口から出てしまった。リリアさんのその言い分だと、エレノアに、相当な信用があったことを示唆するためです。


「えっ? まあ……、そう思いたくなる気持ちは、くみ取るべきだけどね。一応あれでも、偽者でも何でもない『大精霊』だからね。うん、そこはちゃっかりと信用があります。でもね、最近は『やりたい放題』が続いて、まずいことになった、かな」

「そっ、そんなもんなんだ……」

「それでも、大損絡みで相当な恨みを買っているという話は、嫌でも常に入ってくるわ。だから、絶対に警戒はおこたらず、儲けられそうなときのみ利用して、儲けたら、『自分から』さっさと離れる。これが、エレノアとの取引で儲けられる、唯一の取引手法かしらね」

「それ、俺には、難しそうだな」

「ふふ、エレノアと戦う覚悟がないなら、やめた方がいいわ。全資産、エレノアに取られておしまいです。それとも、他にも沢山あるのに、ざわざわ『エレノア』を選ぶ、変わったご趣味の物好きなのかしら? あれはね……」


 リリアさん? 認めたくはないけどさ、エレノアは大精霊です。つまり、その姿を拝見する機会なんて、ましてやヒトなんかには、絶対にないはずです。なんかその言い方さ……、まるで拝見したことがあるような、感じだよね? たしかに、あれだけ強欲だと、そのひどさが体中からモロに出ていてさ、そんなものを凝視なんてしたら、その場で……胃の内容物をすべて吐き出してしまうような、おぞましい精霊だということは、容易に想像できますけどね。


「リリアさん? エレノアを知っているのですか?」

「えっ? エレノアは……、そうね、ここまで想像よりかけ離れた大精霊はいないと伝わるほどのお姿じゃない? 桜の花模様をあしらった、この地に古くから伝わる独創的な服を常に身にまとい、事あるごとに『生粋の大精霊』が口癖の、そうね、わたしの妹くらいの背たけで、こんなのに大損させられたなんて! となる、ちょっと憎めない大精霊、という感じかしら?」

「すみません……」

「どうかされました? リスクさん?」

「リリアさん……、大精霊の姿を拝見させていただく機会など、ヒトにはありません。だから、なんというか、リリアさんって、いったい、何者なのでしょうか? あっ、いえ、まだ会って間もないのに、踏み込んだことを聞くのは不躾だと心得てはいますが、どうしても、気になってしまいました、その点はすみません……」

「えっ、そ、そうなの……?」

「はい。精霊ですら、雲の上の存在と称される大精霊の姿を拝見することは滅多にないと思います。しかも、その話の内容から考えると、姿を拝見したうえ、会話までされていますよね? 大精霊と会話なんて、それこそ天に近い者と話すようなもんです。とても、非日常的で、俺なんかでは……想像すらつきません」


 唖然とした表情を浮かべるリリアさん。


「あっ、これはね……、その、そのね、そうなの! 聞いた事があるのよ!」

「そうなんですか……」


 もうバレバレ。絶対に、それなりの仲だよね? 大精霊と知り合える機会なんて、ヒトだったら間違いなく一生ないぞ? あっ、でも俺は……、あのおかしな夢の影響で、超一流の精霊様とは知り合えたんだ。もしかして、リリアさんも? でも、口外しない約束です。リリアさんって……、こういうところは、抜けてるね。


「売りあおりをしていると、このような話は……、いつもなのよ」

「そうですか……」

「何者か? とたずねられたら、『売りあおり』と答えるしかないわね。ふふ」

「売りが大好き、売り売り、ですね!」


 気まずい雰囲気になってきたので、その質問は取りやめて、売りの話に戻します。えっ、売りの話ではなく、錬金術だったかな……、まあ、いいや。


「そうそう、その売りが本当に大好きなのが、エレノアなのよ。この地では、間違いなくダントツかな。それこそ、自分が面倒をみている銘柄……特に新興すら、迷わずガンガン空売りして、長く居座るからね。だからかな、『売りあおり』なら嫌でも知ることになる、売りのスター的な存在ね。ひとまず、これが答えでよいかな?」

「あっ、はい!」


 うまい具合にごまかされた気がしますが、まとまって良かった……、違う! 良くないです! 自分が面倒をみている銘柄すらガンガン売るって、正気の沙汰ではないだろ!? そんなものと戦っても、勝ち目はないよ。リリアさん……。


「どう? この世界ってね、入る前は、みなさま、儲ける気持ちで心が一杯なんだけど、このあたりの事情を知り始めてから、みんな揃って、壊れていくのよ……。そして、昨日のリスクさんのような、無謀な勝負を仕掛けて散っていくの」

「あれか……。あの買い一色の雰囲気ね……、こうやって落ち付いてみると、異質そのものでした。エレノアの件から考えるとさ、今の買い枚数を『無謀』と知った瞬間、最後になるのが……『この地のはめ込み相場』なのかな。昨日、リリアさんに売りあおりをされる前は、ほんと、もう完全に浮かれててさ、これで『ウォレットの残高が億になる』とか、幻想ではなく、本気で考えていましたよ!」

「その慢心が、エレノアにとって、もっとも攻めやすい材料となってしまいます。しかし、それもやり過ぎたみたいね。今日のような下がり方では……このような、いきなり下への張り付きをしたら、追加で売れませんから。いつものエレノアなら、まだまだ売りたかったはず。そもそも、こういう流れはね、天や大精霊に導かれてから……黒字になった事が一度もない、無茶な業績予想からの下方修正連発、過去に粉飾決算、ゴーイングコンサーンなど、このあたりの要素が、しかも複数も絡んだ……やばめな銘柄が、ホラを吹いて仕手を仕掛けて、崩壊した場合なんだけどね……」

「なんだそれ………。そんな銘柄あるんだ」

「うん、結構あるのよ。しかも、はめ込みや新興に限らずね。注意しないとダメ!」

「……」


 俺は改めて、相場の本当の怖さを知り、何も返せなかった。


「どうだったかしら? あなたの勝負? 全枚数を寄り付きで逃げられたのなら、儲かったとは思いますけど、……猛反省ですわね?」


 トントンと指先で俺の額を叩いてきた。もう……恥ずかしいです。ほんとに。


「昨晩、売りあおりされていなかったら、今頃……。猛省しています!」

「そうなんだ? ほんとに? でもね……このお店、ちょっとお高めなのよね、猛省ね……?」


 え……あ、うん。


「あっ……それは。す、すみません。結局、反省などしていない……」

「わかればよろしいです」


 そんなときです。へんてこな楕円形のショートケーキが運ばれてきた。しかし、なぜか二つ。えっ、なんで?


「二つ?」

「うん! 間違いなく、ここに来ることがわかっていたので、あらかじめ、注文しておきました」

「えっ……どうして?」

「ふふ、その戸惑うお気持ちは、お察しいたしますわ。単に、簡単な論理です。一つ目、今日は精神的にきつくて取引できないうえ部屋に閉じこもるのも嫌だになって、もし反省もせずに爆益を喜んでいた場合はここへ足を運ぶだろう、かな? そして二つ目、今回の件を反省した場合であっても、自分へのご褒美という勝手な解釈を心に刻んでここに来るのは明白だった、です。どうかしら? わたしの推理?」


 すべてお見通し、か……。


「俺って……やっぱり単純?」

「そうかしら? 別に、それで助かったのだから、結果オーライで良かったじゃない。『結果が全て』よ、この世界。仮に、そこで下手に悩んで売れなかったら……今頃……ね? あんまり考え過ぎるのも良くないわ……、相場って」


 悩み過ぎも良くない。そうだよね、猛省して、ああだこうだと悩みまくるなんて、俺らしくない。うん、これだけでも、あの夢の後に襲われる、きつめな頭痛に朝から晩まで悩まされそうだ。あっ、また悪い癖が出てきてしまいました。なんでも物事を楽に解決しようとする、あのクセ、この癖、あんなクセです。改めて、あのような助かり方は、これで最後にしようと、心に深く刻み直しました。そして……。


「それにしても、ここのケーキ、なぜこんな形に?」

 

 さてさて! 話題を変えるため、このケーキに頑張ってもらいましょう。実は……甘いものは苦手なんだけど、ここは頑張ります! そんな俺でも、うまい! になります。でもさ、こんな時間にケーキ……? リリアさんの遅い朝食、いや、実は『おやつ』だったりして? 見た目によらず、パクパクと? なんてね。


「わたしはその理屈を知っているわ。ここのマスターね、『楕円と曲線の関係』が好き過ぎてね、この形に至ったのよ」


 はい? え……、ちょっと、なんで!? なんで、ケーキから、そんな話題になるんだよ! とほほ……。


「とにかく楕円が素晴らしいと、力説しておりましたわ。日々、楕円と曲線の関係を追求しながら、『売り専』で有名な方だったみたい。今では相場を引退されて、なぜかこのようなものに突っ走っていると、うかがっておりますわ」

「『売り専』って……?」


 おっと、俺も一応、トレーダーの端くれです。あっ、今朝で退場しかけたけどね。それでも『売り専』くらいは知っているさ。空売り専門のトレーダーを指します。とにかく、何でも売るらしいね。先物でも、オプションでも、とくかく売れる物は売りまくります。では、なぜ聞いたのか? それはね、明らかにやばい『楕円と曲線の関係を追求』についてスルーするためですよ。苦し紛れですが『売り専』に話を振ることにしました。そんな話、俺にされたって困りますよ! まじで焦ります。


「へぇ……? 聞いたことがないのかしら? 空売り専門の方を指しますわ」

「おっ、そ、そういうものもあるんだ……」

「ただし、ヒトではまず無理で、厳しいのよ、売り専ってね。厳格な審査をパスして、『精霊』以上にならないと、新興で売りから入れる銘柄が少ないからね。あのマスター、あの厳格な審査をパスするほどの腕前だったのね……。そもそも、ヒトから精霊になるには、あの審査か、天の者からスカウトでもされない限り無理ね」


 ヒトにも新興の売りを解放してほしいです。なお今でも、厳し過ぎる条件付きなら、一応、できます。しかし、あの条件で売りから入るのはきついかな。こうなったら、意地でも精霊になればよい? あの審査ってたしかに難しいよね……? いやいや、審査はおろか、そんな内容自体、まったく知りませんよ! つまり、審査からの精霊は無理だね。となると、残る選択肢は……、天の者からのスカウトかよ。おいおい、これ、「もっと無理」な方法じゃん。いや、まて? 「おもてなし」をすれば、俺みたいのでも……、さすがに冗談です。仮に、そんな方法で精霊になれても、あの超一流の方と張り合うなんて、とてもとても……。そもそも、「おもてなし」に必要なカネはどれ位なんだ? 今回の爆益を種にして増やせば……、はっ! 一時的とはいえ、浅ましい考えに支配されてしまった。相場の世界に飛び込んでからというもの、急にこのような雑音が、自然と頭の中に響きわたり、余計な悩みにしばられてしまう苦しみも多いです。あと、「たられば」です。なんとかこちらは、克服したつもりです。


 ところで、ここで一つ、とても面白いことを考えついてしまいました。さっそくですが、リリアさんに突っ込んでみます!


「すみません……、急ですみませんが、一つご質問、良いですか?」

「えっ、突然なにかしら? リスクさん?」

「精霊になれる審査の内容をご存じとか…? となると…リリアさんって?」

「あっ! そ、それはね……」


 急に慌てた様子で、楕円の中心を小さくくり抜いて、口に運ぶ。


「……、それで口をふさぐのですね」

「……、やっぱり美味しいね、これ?」


 やはり誤魔化された。でも、その仕草は面白い。またやろうかな、なんてね。


「リスクさん? ちゃんと猛省しているのなら、『不気味に生きているお金』について、いまここで、理解を進めていかないとね?」


 おっと、リリアさんの方から、話題を変えてきました。


「えっ?」


 理解を進めるっていわれても……、そんなの、考えたことすらないです。お金については、「ウォレットの残高」のみが気になります。そもそもリリアさん、俺に何を期待しているんだ……、です。本当に、情けないです……。


「ちょっとおかしな問いだったかしら? これについては、『なんで生きているのか』について、うかがうようなものかしら。わたしね、『不気味に生きているお金』について、調べてたりもして、それでも、よくわからないのよ。これ……」


 なんだか、色々と悩み始めたリリアさんです。おっとここで、アホな俺でも、素晴らしい質問をひらめきました。


「俺も、そのもどかしい気持ちはよくわかります。そこでなのですが、リリアさんのような『精霊』でも、詳しいことは、やはり、わかっていないのでしょうか?」

「えっ! あ、うん、そうよ。少しでも詳しくわかっていたらね、あの強欲なエレノアあたりが残高を……って!」


 やっぱりね。ばっちり誘導に成功です。予測通り、精霊様でしたね。


「リリアさん……、やっぱり『精霊』様だったのですか……?」

「うっ……はい、ですわ」

「なんとなくですが、そんな感じはしていました。ヒトには知りえないような内容まで、深く、色々と詳しいので……」

「リスクさん……、なんとも思わないの?」

「はい!?」


 思い詰めた表情で俺に迫ってきました。あちゃ、それには触れない方が良かったのかな? これも俺の悪い癖だったりします。血を吐いてまで尽くしたのに、まるでボロボロの雑巾を捨てるかのように精霊から……下手な言い訳を述べてしまい捨てられた日を思い出します。それでも、表向きは俺から辞めたことになっていたはずです。怖くなってやめた、これです。そんなもんです。絶対に、這い上がりたいです。ここで頑張って、頑張って、絶対に、這い上がってやります。


「………、ヒトをはめ込む変な投資信託をなすり付けられたとか、なんとかの魅惑に乗せられて魔に送られるとか、精霊に追われるとか……あまりね、特に、この極東の地では……」


 あっ、なんだ、そういう事ね。


「俺、そういうことは一切気にしませんよ。そんなのは『自己責任』でしょう。まあ……死にかけた者に言われても、説得力はないかもしれませんが……」

「……、良かった。でも、あと少しで、それでもね……」


 安堵した様子で俺に語りかけてくれました。「あと少し」というフレーズは気になりましたが、さすがに、そこは突っ込みません。


「ただ……、なぜ『売りあおり』なのか、そこは気になります。逆に、気になる点としては、これ位しか挙げられません」


 「売りあおり」という言葉に反応したみたいです。これは、さすがに気になるよね。結果的に、俺はこれで助かったわけだが……。精霊の特権といえる新興への空売りでたっぷりと売ってから、売りあおるのかな? それでもな……、そんな面倒なことをしなくてもさ、リリアさんの話が本当なら、エレノアあたりが勝手に売りで仕掛けてくるのだから、意味がないのでは、です。


「うん、実はわたしね……、『不気味に生きているお金』を探っている精霊なの。だから、これをおかしなネタにして、精霊が売り抜けようとした……この銘柄が許せなくて、いつも以上にヒートアップしてしまいました。大人げなかったですわ……」


 そうつぶやくと、俺から少し目を離すリリアさん。たしかに、あの売りあおり……、売らせる行為以上の「気迫」を感じましたからね……。それにしても、お金を探っている精霊? まさか、お金の仕組みを解明しようと試みているのかな?


「えっ……? 探っているって? まさか、あの『ウォレットの残高』を?」

「まあね……。妹からすら、変な目でみつめられている状況だけど、れっきとした研究よ。なかなか進展がみられないなか、それでもね、少しはわかりつつあるのよ」


 まさか、進展があるのか!? それだとさ、あのクズ銘柄、売り抜けるために、でかく仕掛けただけじゃないか……。なんか俺、アホすぎて存在価値あるのかな?


「躍進ではないから、そこまでほめられたものではないわ。例えば、心臓部がまるで見えてこないというか、なんだろうね……これ、となります。調べても、調べても、塊みたいのが集まっているだけなの……。しかし、何かが動いている様子はみえるから、もどかしいのよ。調べても、なんだろう……、が繰り返されて、そこでいつも止まります。何かがぶつかり合う、作用とシグナルはみられるけどね……」


 なになに、作用? 作用ですか。シグナルですか? 適当に話を合わせていきましょうか。


「シグナルは、シグナルですね」

「はい? リスクさん?」

「話を続けてください!」

「えっ? そうね……。見えてこない部分は置いておいてね、作用後のサイドエフェクトをみることにしたのよ」

「なるほど。サイド……メニュー、ですか?」


 よし。とりあえず、あの「ウォレットの残高」は、よくわからない仕組みで動いている。そこまではわかった……つもり。


「えっ、ええ? メ、メニュー? ふふ。似たようなものかしらね。BにAを入れてCを得るとき、Cの他にAまたはBに変化がみられた場合、これらの変化分がサイドエフェクトに相当するわ。その結果、面白い性質を見つけたのよ」


 おお、たしかに、面白いね……、ほんとうに面白い。きっと俺には、面白くないんだろうな……。ああ、はい。


「どうやら……、このお金ね、『合算』ができないみたいなの」

「えっ、そうなんですか……」


 やっぱり、よくわからん……。


「例えば、千二百を支払う時に、自分の手元に五百が三つあるとします。精霊の端末にある論理演算なら、手元にある五百を三つ合算して千五百にしてから、相手に、千二百を支払いますわ。でも、この『不気味に生きているお金』は違うの。五百の三つ分を相手に送るのと同時に、差額分の三百を、相手から自分自身に送り返す動作をするのよ。これでも千二百を送ることになりますので、大丈夫なんだけど……、とにかくね、このひねくれた部分とか、面白いですわ!」


 ほう……、面白い…のか。なるほど、とにかく面白い。うん! ひねくれた部分が面白い? そうですね、「売りあおり」ですからね。


「たしかに面白いですね、それ!」

「本当に、リスクさん? では、この『不気味に生きているお金』で千二百を支払う時に、いま、手元に三百が六つあります。このときの、お支払いの流れは、どうなりますか?」

「えっ……」


 いきなり、問題? リリアさんから不意打ちをくらってしまった、哀れな俺。


「ふふ。適当にわかったふりをして、相槌をしているだけだったのね? リスクさん? さっきの『精霊』のお返しですわ」


 うぐっ……。です。ああ、はい。


「表面からの調査だけでは、どうしても、ここから先が行き詰まるのよ。最大限まで分解して調べていけば、きっとなにかが……いや、何でもないわ。それだけはできない『天の約束事』があるから……」


 悔しそうな表情を浮かべるリリアさん。なにか、特別な事情があるようですね。でも、俺はどうなんだろ、これについての解明は……。


「不気味なのか、それとも不思議なのか。でも俺は、解明できなくても、それはそれで良いと考えています。たしか、『不気味に生きているお金』と呼ばれていますが、俺たち『ヒト』には、とても評判が良いですよ。大精霊……特に、エレノアの思い通りにならないところなんて、本当に最高ですよね! そもそもこの変な名前自体が、エレノアが悔しくて……名付けたものだって噂になってますよ!」

「リスクさん? そのようなお気持ちがあったにも関わらず、昨日は、すごい剣幕で『秘密を解明できる技術が今の値だ』と、わたしに力説されていたわね?」

「そっ、それは……ああ、はい」


 うひょひょ、です。ここで、昨日吐いてしまった、俺の汚い言葉に対するお説教でした。あの時は、ついカッとなってね、やってしまいました。これも、猛省に追加いたします。


「ふふ。つまるところ、ただの『ポジショントーク』だった、それだけね。それにしても、また『エレノア』か……。たしかに、下手に解明されずに、このままが一番良いのかもしれませんわ……。おかげさまで、『残酷な場所』が相場の世界だけになりましたから。相場なんてのは、一部の物好きだけが来ればよいからね、普通に暮らす分には、これはこれで、どこでも平和に過ごせますから」

「はい……? え?」


 時々リリアさんってさ、変な事を語り始めるんだよな……。本日、相場の怖さは知りました。それでもさ、こんなのをやらなければ、平和に過ごせるのは当たり前じゃないのか。たしかにこの地では、血を吐くまでご奉仕させられるけどさ、何とか耐えれば、死にはしない。まあ、俺みたいなアホが、このようなことを気にしてもしょうがないよな。今は、這い上がるため、「ウォレットの残高」を大きく増やせるように、とにかく集中します。


「リスクさん……。そうね、ちょっと変な事を考えてしまいましたわ」

「いえいえ。おかげさまで……スッキリしました」


 それから最後まで、エレノアの話で盛り上がりました。それらを聞いている限り、極悪なイメージとは大きく異なることがわかりました。というかさ、少しおだててから突き落とすと、涙目になってかんしゃくを起こすとか、本当なのか……。そんな大精霊に大切な資金を奪われているなんて。また、やっていることは極悪ですので、その空売りに負けて資金を減らしているようでは、トレーダー失格みたいですね。


 おっと、さすがに、ここのお代は俺が払いましたよ。全部、しっかりと決めました。それでさ、リリアさん……、ちゃっかり「一番高いもの」を注文していました。本日も完敗です。ああ、はい。

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