第6話

 新庄が死んだ。その言葉を皮切りにクラスの静寂は破られた。真崎が死んだあの時のように、大パニックになったクラスはもはや統率を取れるような状態ではなかった。だが、それに反する様に僕は淡々としていたように思う。新庄が死んだということは衝撃的ではあったが、それ以上に衝撃的な出来事で頭がいっぱいであったからだ。

(新庄が…メッセージ通りに死んだ?)

真崎からのメッセージにあったシいんと書かれた欄には、はっきりとちっソクしという文字が表示されていた。偶然か必然か新庄はそのメッセージと同じ死因で命を落とした。だが、どうして新庄が命を落としたのか全く分からない。

「ははっ!ざまぁないわね」

そう声をあげたのは香取だった。普段の香取から信じられないほど興奮しているように声を荒げ、続けて言った。

「今度はあんたよ!駒見!次はきっと後藤」

「どういうことよ!」

後藤が反発するように言い返す。その目は新庄が死んだ恐怖感でか、涙が浮かんでいる。

「ふふっ、まだ分からないんだぁ…」

不気味な笑みを浮かべながら香取はいう。

「これはね…文の復讐なの」

(真崎の…復讐?)

僕は香取が何を言いたいのか全く分からなかった。

「文はね…死んでもいじめられてたあんた達のことを許せなかったのよ。だから新庄が今殺されたの。これはあんた達を殺すための呪いなのよ!」

香取から語られたのは全く信じることができない呪いという言葉だった。だが、実際に新庄は真崎のメッセージが来た後、そのメッセージ通りに死んだ。普段ならば絶対に信じない呪いという言葉は、この状況を説明するには十分に信憑性を持つものに変わる。呪いという言葉を突きつけられた駒見と後藤は呆然としていた。

「それに…これ見てみなさい」

香取は自分のスマホの画面を駒見達に突きつける。

「昨日のカウンター…また送られてきてるでしょ?」

スマホを確認すると確かに昨日と全く同じカウンターが送られてきている。相も変わらず刻一刻とその数字は減り続けていた。

「あんた達は気づいてないかも知れないけどね。新庄はこのカウンターが0になった時に死んだの。また新しいカウンターが送られてきてるってことはまだ続くってこと」

香取は駒見達を追い詰めるように言った。

「はっ、そんなのばかばかしい」

と駒見は答えた。しかし、普段のような態度ではなく、身体は震えており、強がっているのがはっきりと見えた。突きつけられた駒見、後藤だけじゃなく、クラス全員が呪いを信じ切っているようで、クラス中はパニックで、もはや手がつけられなくなっていた。まるでこの世の終わりかのようにどうすることもできない絶望感がクラス中を包み込んでいた。

騒ぎを聞きつけてきたのか、担任の笹川がやってきて、ようやく事態が収拾して行くのだった。


 連続的に不自然な事件が起こったことで、警察が介入することになった。一人一人が警察から事情聴取が行われることになる。僕らは一時的に大教室に集められ、そこから自分の事情聴取の順番まで待機することになった。

「これ…ほんとに呪い…なのかな?」

僕は恐る恐る俊哉に尋ねる。

「そんなわけないだろ」

俊哉は呆れながらもそう答えた。僕だって呪いなんて信じていないし、信じたくもなかった。しかし、この状況を説明するには信じるしかなかった。

「だったら、一体誰がどうやってこんなこと出来るんだ?」

僕は周りに聞こえないように小声で尋ねた。

「さあね…でもこれも必ず真崎の自殺させた張本人が絡んでる…」

「だから…なんでそんなことわかるんだって」

焦っているのか僕は俊哉の返答を急かす。

「証拠なんて何もない…。ただ、俺だったら自殺の真実を知ってる奴らも口封じに殺すだろうなって」

「何言って…」

俊哉の言葉に声を荒げる。クラスメート達の視線が集まり僕は黙り込む。

「どうやって新庄を殺したのかは分からない。ただ明日駒見が殺されたなら確実に真崎を自殺させた張本人が仕組んだことだって考えてもいい」

俊哉は冷静にそう語っていた。クラスメートの命が失われ、また次の犠牲が出るかも知れないのにどうしてこんなに落ち着いていられるのか。僕は俊哉が何を考えているのか分からなかった。加えて、この状況を楽しんでいるように見えた俊哉に僕は恐怖を覚えると共に、何とかして俊哉を止めなくてはならないという責任感が生まれた。

「竹本、立岡」

どうやら僕らの事情聴取の番になったようで二人の名前が呼ばれた。だが、それぞれが個別の部屋に通され事情聴取はバラバラに行われるようだ。眼鏡をかけた真面目そうな警察官の前に机越しに座る。

「今回新庄君が亡くなられたのは残念でした。辛いところ悪いんだけど新庄君が亡くなった状況を教えてくれるかい?」

警察官の方は僕のことを心配してか優しく尋ねる。僕は新庄に起こった出来事をメッセージのことも突然苦しみ始めた事も事細かに話した。

「要するに、そのメッセージが送られてきて新庄君が亡くなったってことなんだね?」

警察官は僕の言ったことを繰り返し、本当に正しいのかどうか聞き返す。僕は黙って頷いた。警察官は困っているようだった。僕だったこんな馬鹿げた話は信じられないし、それが当然の反応だろう。

「何人かの子もね、同じように話してるから信憑性はあるんだと思うんだけど…。そのメッセージが原因で人が死ぬとは思えないんだよね」

「本当なんです!」

僕は食い気味に答えた。なんとしても警察の方で捜査してもらい、俊哉にこのことから一刻も早く離れて欲しかった。

「それにきっとこのメッセージを送ってきた人が、何かして新庄を殺したんです!」

「そうかそうか。でもそのメッセージでどうやって人を殺せるの?しかもメッセージ通りに殺すなんてそんなの無理に決まってる」

僕の熱弁も虚しく、警察官には軽くあしらわれる。

「現場検証してるんだけどね。全く細工などされてる痕跡なんか見つからないのね。だからどうやっても無理。警察側の見解では単なる事故だって見込みが強くなってる。」

「でも…」

反論を試みたが、どうやっても説明できる気がしなかった。呪いとまで言われてる現象をどうして説明できるだろうか。もう警察の協力は見込めない。ならもう自分の手でどうにかするしかない。僕は俊哉を全力で止めることを誓った。


 事情聴取が終わると僕はそのまま大教室へと戻った。俊哉は先に終わっていたようですでに教室に戻ってきていた。僕はそのまま俊哉の隣に座る。

「犯人がいるかもしれないこと話したよ。信じてもらえなかったけど」

僕は俊哉の反応を伺うように俊哉に話しかける。

「まあ、そりゃそうだろうな」

何事もないように俊哉は返事をする。

「警察側は不慮の事故だと思ってるみたい」

「話だけ聞いたらな」

俊哉の言い方は警察側はまだ表面だけでしか判断できていないと言おうとするものだった。やはり俊哉は真犯人がいると確信しているようだ。

「でも、警察が言ってるんだしほんとはそうなのかもよ」

「いや絶対に真犯人はいる」

「だったらどうやって新庄を殺したっていうんだ」

僕はどうしても俊哉を止めたいがために警察官とのやり取りを俊哉にぶつけた。

「それは・・・わかんねえけど・・・」

「だったら!」

俊哉を止めるのに熱が入ってしまったのか声が荒げる。

「大丈夫・・・?」

そう声をかけてきたのは結愛だった。結愛に声をかけられてはじめてクラス中の視線が僕らに集まっているのに気付いた。

「そんなにピリピリしなくても」

そう声をかけてきたのは香取だった。

「どうせ後二人殺されてこの件は終わるんだから」

香取は不気味な笑みを浮かべて言う。正直言って今の香取は僕らの知っている香取とは180度変わっていてもはや別人だった。見た目の変化ではなく、精神面の変化が著しかった。僕らの知っている香取は明るく活発で、男勝りな性格だった。今ではどんよりと暗く、狂気を纏ったような性格へと変わってしまった。真崎の死と新庄への憎しみがここまで香取を変えてしまったのだろうか。

「香取、お前なんでそんなことわかる?」

俊哉が香取に対して問いかける。

「なんでって・・・。あんなことできるの呪い以外ありえないでしょ」

「本当にそれだけか?」

俊哉がさらに問いかけ続ける。

「何かそう言える根拠があるんじゃないのか?」

俊哉は全て見据えているかのように香取を問い詰め続けた。

「そんなの文が私の親友だったからよ。それ以外理由なんかないでしょ」

香取は何食わぬ顔で答える。その返答に俊哉は黙り込み、何か考えているようだった。

「何考えてるか知らないけど、もう心配することは何もない。この件は後二日後に終わるんだから」

香取はそう言い残すとその場を去っていった。

「おーい。お前らもう帰っていいぞ」

笹川が僕らに声をかける。どうやら全員の事情聴取は終わっていたようだ。その声をきっかけに大半の生徒は足早にこの場から立ち去っていった。僕も早くこの場から立ち去りたかったが、俊哉は何か考えているようで全く動こうとしなかった。

「早く…帰ろ?」

結愛が声をかける。俊哉はその声にはっとしたのか考えるのを辞めると、僕ら3人は帰路についた。帰路の空気はとても重たいものだった。二度と感じることがないと思われたこの空気感がこんなにも早く僕らをもう一度襲うことになるなんて全く考えもしなかった。

「六花ちゃんが言ってたこと…本当なのかな…」

結愛が恐怖を押し殺したような声でぼそっと呟く。立て続けにクラスメートが死んでしまい、また明日も駒見、後藤のどちらかが死ぬかもしれない。そんな状況で平然としている方がむしろ難しいだろう。

「呪いのこと…?」

僕は確かめるように結愛に言葉をかけた。結愛はこくんと頭を頷かせた。

「呪いなんてそんなのあるわけないっしょ。ただの偶然偶然」

俊哉は犯人がいるかもということを隠すかのように軽いノリで答えた。

「明日だって誰も死なないし、香取だってショックで少しおかしくなっちゃっただけだって」

「でも…」

「大丈夫だって気にしなーい気にしなーい。ほらお前こっちの道だろ」

俊哉は結愛の背中を押しながら帰り道へと向かわせ、結愛をこの場から離させるかのように帰路へと向かわせた。結愛はしばらく立っているとこちらを振り帰り、あたり一面に響き渡るような大きな声で

「じゃーねー」

僕らに不安なところを見せないようにか、それとも自分の中の恐怖に打ち勝つために大きな声を出しているようにも見えた。結愛がいなくなると俊哉が口を開く。

「香取…なんか知ってるみたいだったな」

俊哉はやはり香取の違和感に気付いているようだった。

「それじゃあ…香取が犯人なのかな」

「そうかもしれないな」

「じゃあ、本当に後藤と駒見は死んじゃうのかな…」

二人の間に沈黙が訪れる。

「せめて新庄がどうやって殺されたのかさえわかれば止めることは出来るのに」

僕らは新庄を殺した原因を考えに考えた。だが、警察にもわからないことは、僕たち普通の高校生二人組が頭を悩ませたところで答えなど出るはずもなく僕らは別れることになった。

部屋に戻りスマホを見る。クラスのメッセージのカウンターは刻一刻と0へと向かっている。僕はそのままベットに倒れ込んだ。一人になり今までの緊張感、恐怖などありとあらゆる感情が僕を襲った。その精神的疲労からか僕はそのまま眠りへとついた。また明日クラスメートが死ぬかもしれないという恐怖も忘れて…。

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