第18話 お姫様とオープンベータテスト
王都エムルの空に、 色とりどりの魔法が花火のように打ち上がる。
俺と真理峰はそれを広場の端から見上げていた。
「本当に……終わっちゃうんですね」
真理峰は名残惜しそうに言う。
「そりゃオープンベータだしな」
俺は平気な感じで答える。
今日はMAOのオープンベータが終了する日。
正式サービスが始まるまでの間、一時のことでしかないが、俺たちはこの世界に別れを告げることになる。
それは同時に、俺と真理峰のつながりが失われるということでもあった。
俺たちは学校ではほとんど話さない。
本来は別世界の住人だったのだ。
それをたまたま、ゲームという存在が間をつなげてくれただけでしかない。
だからそれが終われば、俺たちは元の通り、別世界の住人へと戻っていく……。
「なんとか最後まで遊べて良かったですね、先輩」
「そうだな……オープンベータのくせにボリュームありすぎて、正式サービスに持ち越しになるところだった」
「私はそれでもいいんですけど、先輩がネットで攻略見たくないとか言うから……」
「ゲーマーとして当然のたしなみだろ。攻略サイトにも書いてないようなことを自分で開拓してこそゲーマーだ」
「前から思ってましたけど、先輩ってちょっと考え方古くないですか?」
「古式ゆかしいと言え」
「一緒じゃないですか」
最後だからって湿っぽくしたくはない。
だから俺たちはお互いに、まるで明日からも変わらずにこの世界にログインするかのような調子で、言葉をつなげていた。
それが逆に証明してしまっているんだろう。
こいつと毎日ゲームで顔を合わせて、知恵を合わせて攻略をしていく日々は、名残惜しくなるくらいに、楽しかったんだと。
こんな感情を覚えたのはもういつぶりのことがわからなかった。
人と一緒に遊ぶのが楽しいなんて、そんな感情が生粋のソロの俺に残っていたのか。
なんだか丸くなっちまったみたいで癪だけど、今日までのこのゲームの楽しさを支えていたのはこいつだと、俺の感覚が認めちまってるんだから仕方がなかった。
「先輩」
「なんだ?」
「……正式サービスもやりますよね?」
確認が5割、不安が3割、期待が2割。
そんな真理峰の声を聞いて、俺は小さく鼻で笑う。
「当たり前だろ。オープンベータで飽きるほど飽き性じゃねえぞ」
「だったら――」
終わりゆく世界の夜空を見上げながら、真理峰は願うように言う。
今となっては懐かしい、あのときの言葉を。
「私に、ゲームを教えてくれませんか?」
俺はもう一度、小さく鼻で笑った。
意味は同じだ。
「当たり前だろ――俺について来られるなら、だけどな」
あのときは走って逃げたのに、ずいぶん変わったもんだ。
真理峰は安心したように微笑んでから、その笑みを挑戦的なものに変える。
「追いついて、そのまま追い抜いちゃいますから!」
そのとき――夜空に弾ける魔法の音をかき分けるようにして、ピロンという通知音が耳に届いた。
通知ウィンドウが現れる。
そこにはこう書かれている。
『現時刻をもって、マジックエイジ・オンラインのオープンベータテストを終了いたします。たくさんのご協力、ありがとうございました』
ありがとうー!
歓声めいた声が、街のあちこちから湧き上がる。
それに応えるように、もう一つ通知ウィンドウが現れた。
『それでは、いずれまたこの世界で』
直後――ヒュルルと一筋の光が夜空へと立ち上る。
それは空を光で覆い尽くすように弾け……しかし、光の花ではなく、アルファベットの文字を俺たちの頭上に記した。
――SEE YOU THIS WORLD!
湧き起こる歓声を聞きながらそれを見上げ、そして隣に立つ真理峰の顔を見る。
花火に横ざまに照らされた真理峰は、どこか寂しげに笑いながら最後にこう言った。
「じゃあ、先輩。また」
俺も、それにふさわしい答えを返す。
「ああ、またな」
そして、世界が闇に覆われ――俺は、この世界に別れを告げた。
授業終了のチャイムが鳴ると同時に、教師が教室を出ていくのも待たず、生徒たちがガタガタと席を立つ。
「それでは今日はここまで」
教師が遅れてそう宣言するのを、俺は白紙のノートの上に肘をつきながら聞き流していた。
中学3年の2学期も、いよいよ半分を過ぎた。
そろそろ高校受験に向けて本腰を入れる頃なんだろうが、俺の志望校はさして難しくもない公立校だし、落ちる心配はまったくない。
ゲームをやりまくるコツは、ちゃんと授業を聞いてその内容をそのときに覚え、余計な勉強時間を増やさないことだ。
「購買行く?」
「今日弁当ー」
クラスメイトのそんな声を聞きながら、俺は窓の外を見下ろしていた。
MAOのオープンベータが終わってから、なんだか燃え尽き症候群っていうか……他のゲームのモチベーションも落ちてしまっている。
なんだか、日々が惰性で過ぎていくような、そんな感覚だ。
よっぽど熱中したゲームを終えた後にはよくなる状態だが、今回は特にひどかった。
そろそろ頭を切り替えていかないとな……。
考えはするものの行動には移せず、ぼんやりと中庭を見下ろしていると、女子の一団が校舎の中から出てくるのが見えた。
妹の礼菜と、真理峰のグループだ。
あのグループは結構頻繁に、まるで真理峰を周りに見せつけるかのように、中庭の真ん中で弁当を広げる。
そろそろ外で食うのは寒い季節だと思うけどな。
一番小柄な女子が先にベンチに座り、真理峰を手招きした。
真理峰がその隣に。さらに隣にレナが座って、反対側に一番大柄な女子が座る。
なんだかんだで、あの4人は華がある。常識離れした容姿の真理峰がいるっていうのもあるが、他の3人もそれぞれ特徴があって、見劣りしないのだ。
……実の妹をそんな風に言うのは、ちょっと気持ち悪いけどな。
だからってわけじゃないけど、俺はなんとなくその四人を見つめていた。
「お、真理峰さんだ」
クラスの連中も気付いて、数人が窓際から彼女たちを見下ろし始める。いつもの光景だった。
学校のお姫様。
そう呼ばれるあいつと俺が相棒だったのも、今は昔。
ゲームの世界が途切れた今、あいつは見ての通り世界の中心で、俺は見ての通り世界の端っこだ。
「可愛い~……」
「癒される……」
「勉強頑張ろ……」
少し寂しさはあるが……これでいい。
もともとこれが、俺とあいつの立ち位置なのだ。
夕方の冷たい風に、俺は少しだけ首をすくめる。
冬の到来を感じさせる薄ぼんやりとした夕日を見上げながら、俺は立ち止まって雑談している女子の横を通って、校門を抜ける。
靴底が乾いた落ち葉ごとアスファルトを踏み、カサッと音を立てた。
電線の上にカラスがいて、カーカーと鳴きながら獲物を探している。
ポケットに手を突っ込み、リュックの重みを感じながら、俺はひとり帰路を歩いた。
今日はどうするかな。
あまり心に浮き立つもののない、空っぽの思考を弄ぶ。
今日もきっとそうしているうちに家に着いて、なんとなく漫然とソシャゲのデイリーをこなし、余った時間で慣れ親しんだ対人ゲームでも起動するんだろう。
MAOの正式サービスが始まるまで、ずっとこの調子なんだろうか。
その不安は思った以上に現実味を帯びていて、俺は少しだけ怖くなった――
そのときだった。
俺の足元以外のところから、落ち葉がカサリと音を立てた。
「――せーんぱいっ!」
ちょうど横を通り抜けようとした電柱の陰から、声とともに誰かが肩にぶつかってきた。
俺は「おわっ!?」と驚きながら、ぶつかってきたそいつを見る。
そいつは少し前かがみになって俺の顔を見上げながら、しれっとこう言った。
「だーれだ?」
「……普通、目隠してやるやつだろ、それ」
堂々と顔をさらしている真理峰桜は、くすくすと小気味良さそうに笑った。
今となっては見慣れたその顔を見つめながら、疑問が思わず口をついた。
「お前、なんで……」
「なんで?」
再び俺の顔を見上げながら、真理峰は小首をかしげる。
「もしかして、MAOが終わったら私とも話せなくなると思ってました?」
「いや、そういうノリだっただろ。接点もなくなるし」
「それなんですよ。私ったらうっかりしてました」
真理峰はにっこりと笑って、お小遣いをおねだりするようにこう言った。
「先輩、連絡先教えてください!」
「……………………」
そういえば。
ゲーム内のチャット機能でやり取りしてたから、連絡先交換してなかった。
いやでも……。
「……教えて、何すんの?」
「そりゃまあ、デートの約束とか?」
いかにも意趣返ししてやったって感じで真理峰は口の端を吊り上げる。
だが今更その程度で動揺する俺ではなく、真理峰はつまらなそうに唇を尖らせて、
「MAOが終わったらさよならですか? 遊びに誘うのもダメなんですか? 意外とドライで冷たいんですね、先輩って」
「別にそんなつもりは――」
「遊ぶだけ遊んでポイだなんて……うう、やり捨てされました」
「人聞き悪すぎだろ!」
わざとらしく泣き真似をする真理峰に、俺は「あーもう!」と頭をかいて、
「わかったよ! 連絡先教えればいいんだろ……!」
「いえーい。攻略成功」
なんかムカつくな……。
俺は自分のスマホを出して、妹としたときぶりに他人と連絡先の交換をする。
真理峰は俺のIDを獲得した自分のスマホを見つめて、なにやらとにまにまと笑った。
「何がそんなに嬉しいんだよ……」
「いえいえ、別に?」
スマホで口元を隠しながら、真理峰は目だけをじっと俺に向けてくる。
「ちなみにこれ、あの女には教えてませんよね?」
「あの女?」
「かつて私の先輩だった女です」
「ああ、園倉……」
「その名前を私の前で出さないでください」
「どんだけ嫌いなんだよ。……教えてねえよ」
もし教えたら、四六時中チャット送ってきそうだし、あいつ。
真理峰はそれを聞いて、目だけで嬉しそうに笑った。
「それじゃあ先輩の『初めて』、1個ゲットですね」
「気持ち悪い言い方すんな。……っていうかなんでそれで初めてってことになるんだよ」
「先輩のことですから、どうせ家族以外と連絡先交換したことないでしょう?」
「舐めんな。……その通りだけど」
俺が目をそらすと、真理峰はまたくすくすと笑った。
俺はごまかすように歩き出し、真理峰もそれについてくる。
落ち葉が散らばった歩道を2人で歩きながら、俺は顔を見ずに言う。
「今日は何がしたいんだ?」
「実は前々から、先輩としてみたいゲームがあったんですよ」
「なんだ?」
「将棋です」
「ふうん。まあいいんじゃね」
「ご経験があるんですか?」
「あるぜ。路上で将棋好きのおっさんをボコボコにした」
「……それって、なんていうゲームの話ですか?」
「龍が如く」
「ちなみに私、それと同じことリアルでやったことありますから」
「マジで?」
「とりあえず6枚落ちでお相手しますね?」
俺とこいつは別世界の住人だ。
でも――ゲームってのは、別世界の存在が出会うためのものなのだ。
「逃げませんよね、先輩?」
「当たり前だ。今のうちに首洗っとけ」
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あれ? 逃げるんですか、先輩? 紙城境介 @kamishiro
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