第六十一話 日曜日の約束と始まりの月曜日
ぼくがひとり走りまわりながら準備をして30分───
「よし、準備できたよー!」
ぼくが声をかけると、2人はいっせいにカードをテーブルにおいてしまった。
……まざりたかった。
残念なぼくの気持ちは汲まれないまま、ぼくらはバス停へ。
少し小高い丘の上にあるこの墓地は、最近整備されてとてもきれいになった。
15分ほどで到着し、ぼくらはお墓を洗い、水をかけ、持たされた花をたむけて、線香をあげる。
手を合わせる格好はするけど、祖父母はここにはいない。
『凌、今年も会えて嬉しいよ』
声をかけてきたのは祖父だ。となりの祖母も優しく微笑んでいる。
ここはぼくらと祖父母の待ち合わせの場所なのだ。
「じいちゃん、ばあちゃん、久しぶり。となりの公園で、コレ食べよ」
母から渡された2人の好物をみせると、よりいっそう顔がほころんだ。
「ちょ、サキくん、大丈夫なの?」
兄の声に、ぼくは笑う。
「冴鬼も見える系だから」
いったそばから、冴鬼が祖父母へとちかづき、声をかけている。
「わしは、冴鬼という。よしなにな」
その声に、祖父母の目が大きく開いた。
『まさか……』
「そうだ。昔、世話になったな」
『なにをおっしゃる! お世話になったのはわしたちで』
ぼくはペコペコする祖父母と、いやいやと首を振る冴鬼の様子がわかるけど、兄は全然ついていけない。
「凌、今、どうなってる? サキくん、帰国子女だよね」
「なんだろね?」
てきとうにはぐらかしながら公園のベンチに座ると、祖父母が好きなおいなりさんと、祖母が好きな大根の煮付け、祖父が好きなチョコレートケーキを並べていく。
祖父母は小さく手を合わせ、それぞれ好物に手をのばす。
「冴鬼は食べちゃだめ」
「わしもおいなりさん、食べたい!」
「これは祖父母の分」
『いやいやサキ
「ばあちゃん、ダメ。甘やかさないで」
「凌のケチ!」
兄には祖父母が食べてるとか、こう話してるとか通訳するようにしているけれど、この食べ物だけはうまく説明ができない。
食べ物の幽霊みたいなのを祖父母が食べているからだ。
祖父母が食べおわると、この実物の食べ物はカラカラに乾いてしまう。
今もおいなりさんが1つ、カラカラに乾いてしまった。
ぼくらの生活のことなどを伝えていると、兄のスマホが鳴りだした。
兄は席をはなれていく。
それを目で追いながら、祖父がふっと目を細めた。
『まさか、サキ鬼様と凌がまた会えるとは』
「じいちゃん、さっきからいってる、サキオニサマって?」
『この方のことだよ』
「冴鬼のこと?」
『サキ鬼様は人にとてもやさしい鬼なんだ。お前のことだって、サキ鬼様が守ってくれたんだぞ?』
───祖父が話してくれたことは、幼い頃のぼくの話だった。
ぼくは楠にとり憑いていた悪い霊に、いいようにつかわれていたそうだ。
そこで祖父は昔聞いた『月祈り』のおまじないをし、冴鬼と契約し、ぼくから悪い霊を遠ざけたという。
「でもじいちゃん、月祈りには決まりが……」
『そうだ。サキ鬼様と凌の思い出が、大切なものとして差し出したものだ』
「凌よ、すまなかったな。記憶を消してしまって」
ぼくはなんていっていいかわからなかった。
「でも冴鬼、それだけ楽しかったってことじゃん……大切だったってことじゃん……!」
この気持ちをどう言い表せばいいか、今のぼくにはわからない。
悲しいしいけど、嬉しいようなデコボコした気持ちだ。
冴鬼は覚えてる。だけど、ぼくは覚えていないなんて。
「凌も同じ気持ちだったからこそ大切なものになったんだ」
昨日の大人の冴鬼がうっすらと浮かんで見えたとき、兄が戻ってきた。
「ったく、大した用でもないのに電話すんなよな。……で、どんな話してたの?」
「冴鬼がね、うちのじいちゃんとばあちゃんに会って、昔が懐かしいってさ……」
「そっかぁ……もうサキくんのおじいちゃんもいないのかぁ……さびしいよね、うん、さびしいよね……」
ちょっぴり落ち込ませてしまって申し訳ないけど、兄にはそういうことにしておいてもらおう。
すっかり食べおえたのもあり、バスの時間もちょうどいいというのもあり、ぼくらは帰ることに。
『つぎはお盆だけど、ゆっくり話せないから、また来年ね』
祖母はいつもこのセリフをいう。
そして、そっとぼくの手をにぎるんだ。
『それまで元気にね』
「わかった。ばあちゃんもね」
ぼくは兄の手首をつかみ、さしだすと、祖母がその手をやさしくにぎる。
『新の手、また大きくなったね……また来年ね』
「兄ちゃん、手がまた大きくなったねって。また来年だってさ」
「うん。ありがとばあちゃん。また来年」
兄は祖母が握ってくれた手を見て微笑んだ。
「手だけは、わかるんだな、オレでも」
冴鬼は祖父とお別れの挨拶をしている。
ペコペコと頭をさげつづける祖父に、まあまあとなだめる冴鬼がいる。
バス停まで祖父母は送ってくれた。
これから午後からくる親族を待つそうだ。
「凌、午後からなにするんだー?」
「ぼくと冴鬼は、橘の家でカレーとババロアつくる」
「なんだそりゃ」
「わしがカレーを作ったことがなくな。猫もいるしな!」
「だそうです」
のんびりとバスにゆられながら、3人でバスを降りたところにいたのは、橘と橘先輩だ。
「凌くんに冴鬼くん、今、帰ってきたの?」
「おう。蜜花も今帰りか? 重そうだな」
「今日はチキンカレーだよ!」
3人で歩きだしたところに、後ろでは兄と橘先輩がならんでいる。
「土方くんも弟くんと仲いいんだ」
「橘んとこみたいな仲の良さじゃないと思うけどな」
「ね、聞いた? みんなでカレー作るんだって。あたしと土方くんで味見係しない?」
「え? いいの?」
ととと、と走ってきた橘先輩は橘の袖をひっぱった。
「ね、いいでしょ? ひとり増えても」
「カレーだから、いいけど」
そういう橘の顔は、ちょっぴり赤い。やっぱ、うちの兄のこと、好きなんだ。
目があった橘にすごまれてしまう。
「凌くん、なに!」
「兄ちゃん、辛めが好きだよ」
「そんなこときいてないし!」
地団駄がでそうになる膝をぼくは手で止めて、橘の荷物をあずかった。
「あ、ありがと」
「ううん。お腹空いたね、橘」
───案内された家は、高級マンションの最上階だ。
長めのいい景色を見下ろしてから、さっそくカレーを作っていく。
じゃがいもの皮をむいたり、たまねぎの皮をむいたり。兄と橘先輩はなぜかババロア作りを担当しているし。
昨日まで、昨日の今の時間まで、誰かが死ぬかもしれない恐怖におびえていたのがうそみたいだ。
───なんとか出来上がって食べ始めたカレータイム。
「蜜花、このカレー辛いぞっ!」
「辛すぎた?」
「ぬるま湯のむといいって。ほら」
ぼくが水を冴鬼にわたすけど、兄と橘先輩はマイペース。
ただ黙々とカレーを頬張っている。
「……うっま」
「このカレー、あたしの好物なんだ」
「わかるわー……」
カレーを食べおわれば、口直しのババロアタイム!
温度調節で冷凍庫にいれたおかげか、しっかり固まっている。むしろちょっと凍ってる?
それでも苺入りのババロアは酸味と甘味が絶妙で、ついぺろりと平らげてしまった。
冴鬼は何度も器をスプーンでこすりながら、猫にむかってつぶやいている。
「もうないんだ。ババロア、もうないんだ……ショックだな……」
お昼を作って食べる、しか考えてなかったけれど、そこは兄と姉。みごとな誘導でボードゲームが開催! 冴鬼も一度体験済みの『人生ゲーム』だ。
3戦したが、引きの強い橘先輩の圧勝で、ぼくは最下位で終わった───
「長居しちゃってごめんね」
玄関で謝るぼくに、橘は笑う。
「ううん。すんごい楽しかった!」
「わしはいつでもくるぞ! 猫がいるしな!」
兄は気さくに橘先輩にあいさつだ。
「じゃ、橘、また明日なぁー」
「うん、また明日ね〜」
歩きだした帰り道。
まだまだ夕方は遠いけど、ほんのり赤い日差しが西にずれている。
「ね、兄ちゃんって、橘先輩と付き合ってたりするの?」
「はぁ? なわきゃねーだろ」
冴鬼は橘からもらったメモを大事そうに抱えている。
「これでフジに辛いカレーを食べさせてやれるぞっ」
にやにや顔から察するに、かなり辛いカレーを食べさせようと考えているようだ。
「あまり辛くしすぎたら、冴鬼が食べれないよ?」
「そうだったぁ!」
いつもの楠公園。
兄には先に帰ってもらい、ぼくは残った。
「冴鬼、また明日も会える?」
「それがな……」
遠い目をした冴鬼は覚悟をきめてぼくにいった。
「お主と契約を交わしたとき、期限を決めなかったんだ……凌よ、どう思う? ここで引いた方が、カッコいいか?」
「聞かないで。今、すんごくカッコ悪い」
呆れながらもぼくは手をだした。
握手の右手だ。
「冴鬼、友だちでいてね」
「わかった。わしは凌の友でいよう」
小さくて、かたい手がにぎられた。
これから、冴鬼との友だち生活が始まるんだ───
月曜日の朝は、どこかみんな忙しないと思う。
なんとか時間通りに家をでると、冴鬼がいる。
「凌よ、気持ちがいい朝だ」
学校へ到着し、だるい授業を超えた昼休み。
小さな手紙がぼくのポケットから出てきた。
……銀水先生だ。
『アヤカシ討伐隊、集合!』
これしか書いてないのが、先生らしい。
女子とたむろしてる橘に小さく目配せする。橘はわかったというように、一度だけうなずいた。
先に教室をでたけれど、すぐに駆け寄ってくる音がする。
「2人とも歩くの早いっ」
図書室へいくと、ニヘラと笑った先生が白衣に手を突っ込んで立っている。
相変わらず、昼休みなのに図書室に誰もいない。人払いがされている。
「いやぁ〜待ってたよ、討伐隊のみんなぁ〜」
うれしそうにホワイトボードをひっぱってきた先生がいう。
「ささ、座って! 『紫の手鏡』って知ってる? いつの間にか現れて、誰かの名前を唱えないと、3日後に死ぬんだって! これが……」
───この話はまた、別のときに。
図書室はアヤカシ討伐司令室! 〜黒鎌鼬の呪唄〜 yolu(ヨル) @yolu
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