第2話 新天地での奇妙な噂

「ここが辺境都市リゲインか……」


 王都から辺境都市リゲインまではちょうど丸三日かかった。

 時刻は夜の10時、当然外は暗いが駅前を中心に大通りには街灯が設置されているから出歩けないほどではない。

 しかし流石は辺境最大の都市、駅前などは王都並みに発展している。

 これからの拠点としては申し分ない街だろう。

 早速、どんな店や施設があるのか探検したい気持ちもあるが今日はもう遅いな。

 ひとまず宿をとりたい。

 幸い、駅前にもいくつかの宿屋があるようだし、宿屋と隣接している酒場で情報収集して明日から行動に移すのが効率的だ。

 そう思ってまずは宿屋に足を運んだのだが……


「ごめんなさいねぇ、もう満室なのよ」

「そうか……」


「あー、すまんな坊主。うちの宿屋も満室だ」

「そ、そうか……」


「残念だけど、満室ね。この時間に空きがある宿屋は無いんじゃないかしら」

「嘘だろう……」


 まさかの3軒全滅。 

 しかも遠回しに空いている宿屋は無いとまで言われた。


「この街の宿屋は中々繁盛してるんだな……」


 半ば現実逃避、俺はきっと遠い目をしていたのだろう。

 つい先ほどまでは酒場で一晩明かすという手もあったが、3軒目の宿屋に来る途中で少し覗いてみた結果、入店しない方が安全だという結論に至った。

 酔いに酔った筋骨隆々の男達が乱闘している場所に乗り込むくらいなら、大人しく道端で野宿した方がマシだ。

 3日ぶりの暖かく柔らかい寝床は諦めるしかない。

 そう思っていたが。


「泊まる場所に困っているなら教会を訪ねてみるといいわよ」

「教会? 教会に泊めてもらえるのか?」

「ええ、そこの牧師さんはとてもお優しい方だから貴方みたいに宿屋を取り損ねた旅人に寝場所を提供しているの。もう遅い時間だけど、必ず受け入れてくれるはずよ」


 宿屋の受付嬢が今日一番の有力情報を提供してくれた。

 さらに受付に地図を広げて場所も教えてくれる。


「駅からは少し遠いけど、それなりに街灯のある道を通っていけるから……でも、気をつけて向かってね」

「? 分かった。気をつけて気をつけて向かうとしよう」


 受付嬢の言葉に何か含みを感じた。

 街灯のある道を通っていけば大丈夫だということは、暗い夜道を歩く人が襲われるような犯罪が横行しているということだろうか?

 まあ、何の危険があるとしても気をつけるにこしたことは無いだろう。

 俺は受付嬢に一礼してから宿屋の出口へと歩く。


「飲み過ぎた〜! おっとっと……」


 出口で冒険者のような革の鎧を着た女性とすれ違ったが、その女性は相当酔っているのか俺の方へと倒れて来た。


「大丈夫か?」

「おー? ありがとうなぁ少年。うんうん、君があと5歳年を取っていたら惚れていたかもなぁ」


 避ける訳にもいかないので素直に受け止めれば、酔って焦点が合っていない目で見つめられ、そんなことを言われる。

 真正面から至近距離で見つめられると自然に目を逸らしてしまう。

 そして逸らした目は無意識のうちに女性の右頬を見ていた。

 その冒険者のような女性は貴族の令嬢だと言われても信じてしまいそうなほど整った容姿をしており、だからこそ右耳から頬にかけての大きな傷跡がより目立っていた。


「あー……先に見つめた私が言うのもなんだが、その……あまり傷跡を見ないでくれないかな」

「ッ! すまない!」


 慌てて顔を逸らす。

 女性は苦笑いを浮かべていたが、後頭部に編み込んでいた赤みがかった茶髪を解いて傷跡を隠した。


「ロザリアさん、貴女また足元がおぼつかなくなるまで飲んだの?」


 少し気まずい雰囲気のままその冒険者のような女性を支えていると、受付嬢が呆れた表情を浮かべながら歩いて来た。


「あっはっは、いつも悪いね。でも今日はここで倒れ込んで寝なかっただけマシだろう?」

「それはこの男の子が支えてくれたからでしょう? ごめんなさいね、いつもこうなのよ。それじゃあ引き取らせて貰うわね」


 受付嬢はロザリアと呼んだ女性に肩を貸した。


「迷惑をかけたな少年、私の名前はロザリアだ。機会があればいつかこの礼をさせて貰うよ」

「俺はクオンだ。俺も次会う時は素面の貴女に正式に今日の非礼を詫びよう」

「ははっ、真面目だなぁ」


 ロザリアさんは受付嬢に肩を借りたまま笑う。

 受付嬢はプロ意識が高いのかただ黙ってロザリアさんを支えていた。


「少年は宿が取れなかったのかな? ふふっ、私の部屋で良ければ泊まっていくかい?」

「……はっ?! い、いや、俺はこれから教会に向かうからそれには及ばない」


 予想外の提案をされ、少し焦る。

 今度はロザリアさんだけでなく受付嬢も笑いを堪えていた。


「こういった冗談には慣れていないんだ。だからあまり揶揄わないでくれ」

「ふふっ、悪いが性分でね。と言ってもこれ以上少年に迷惑をかける気は無いから引き止めるのはやめにするよ。それじゃあ、また会おう。夜道の死神には気をつけるんだぞ?」

「夜道の死神……?」

「おや? 彼女から聞いていないのかい?」

「……あくまでも噂話の域を出ない情報だから、クオンさんには話してないわ」


ロザリアさんはふむ、と考え込む。


「確かに情報源は飲んだくれの酔っ払い冒険者だが一応こう言った話も知っておくに越したことはないだろうさ」

「なあ、夜道の死神っていったい何のことだ?」


 きっと受付嬢の言葉に何か含みを感じたのはこの夜道の死神に関する話を隠されていたからだろう。

 いや、本人は話すほどのことでは無いと言っているから本当に噂に過ぎないのだろうが、こう言った話も知っておきたい。


「実は最近この街では、浮浪者が行方不明になるという事件が発生しているんだ。まあ、この事件が発覚した当初は多くの人がそう重く捉えていなかったようだがね。税金も納めていないし、もとよりどこにいるかも定かではない彼らが行方不明になったところでそう不思議なことだとは思わなかったんだろう。だがーー」


 ロザリアさんは一呼吸おいてから、再び話し始める。


「つい先日、ある1人の冒険者がこの街の街灯に照らされない暗い路地裏で殺人現場を見たと言ってから事情が変わった。なんでも、黒いフードで顔を隠した人物が銀色の剣を振るい瞬く間に3人殺したと言うんだ。現場を見ていた冒険者も気づかれたようだが、なぜかその人物は冒険者を無視して路地裏のさらに奥へと消えていったらしい」

「そのフードで顔を隠した人物が夜道の死神というわけか?」

「ああ、そうだ。まあその冒険者も酔っていたし、翌日話を聞いた騎士が現場を見に行ったところ死体どころか血の一滴たりとも痕跡が無かったことから酔っぱらいの妄言として片付けられたのだがな」


 確かに、先入観無く話を聞いてみても酔っぱらいの与太話にしか感じられなかった。


「その噂話はこの都市全体に広まっているのか?」

「一応、騎士団が動いたこともあって噂はすぐに街中に広がったよ。まあ、信じていない人が大半だが、それでも夜に出歩く人は以前よりも格段に少なくなったね」


 夜に出歩く人が少なくなったということは人目が少なくなるということだ。

 つまりそれだけ犯罪に巻き込まれるリスクも増える。

 ロザリアさんから聞いた夜道の死神の話はただの噂に過ぎないかもしれないが、噂の影響を知れたことは大きい。


「ありがとう。非常に有意義な話だった」

「おや? てっきりくだらない話だと一蹴されると思っていたのだが」

「噂話の内容だけが全てじゃない。少なくとも俺にとっては意味のある話だった。そうだな、夜道には気をつけるとしよう」

「……心配だから私が教会まで送って行こうか?」

「気持ちは嬉しいが、酔っ払って一人で立てない人が一緒に着いてくる方が心配なんだが……」


 見ず知らずの俺を心配してくれるロザリアさんはきっと根っから優しい人なのだろう。

 そして話をしている間、話を遮ることなくロザリアさんを支えてくれた受付嬢も「気をつけてね」と声をかけてくれた。

 俺は2人に礼をして、2人に見送られて宿屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

久遠の勇士 山登チュロ @yamanoborityuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ