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「……」
帰る途中、私達は某チェーン店のコーヒー屋に寄った。田上さんは落ち込んだままだった。この人のこんな顔は、初めて見るかもしれない。
「僕は誤解してた」彼がぽつりと呟くように言う。「伝統工芸っていうのは、ずっと変わらないものだと思ってた。だから今回も、健太郎さんのスキルをそのままキンタにコピーすれば、それでいい、と思ってた。だけど……そうじゃなかったんだな。よく考えれば、昔は箔打ち機なんかなかったんだし、伝統工芸だって変わっていくんだよな……でも、今のAIには、"破"の段階も、まして"離"なんか絶対無理なんだ……」
頭を抱える田上さんに、私はなぜか心を揺さぶられた。母性本能というヤツだろうか。
「ね、田上さん」
「……」
呼びかけても、田上さんは応えようとしない。私は漠然と思いついたことをそのまま口にする。
「機械ができないことは、人間がやればいいんじゃないのかな。例えば、キンタとおじいちゃんが一緒に、金箔を作るとか……」
「でも、それじゃいつまで経ってもキンタは独り立ちできない……ん?」
田上さんが、顔を上げる。その目には輝きが戻っていた。
「そうか! それだよ、和子さん!」
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「健太郎さん、キンタを手足の代わりに使いませんか?」
「ええっ? キンタが俺の手足?」
病室。おじいちゃんは怪訝そうに田上さんを見つめる。
「ええ。カスパロフっていうチェスの世界チャンピオンがいるんですが、彼は1997年にディープ・ブルーっていう AI とチェスで戦って、負けてしまったんですよ。コンピュータが人間に勝った、ってことで、当時ものすごいニュースになったそうです」
「それで?」
「その後カスパロフはどうしたか、っていうと、なんと、AIと手を組んだんですよ」
「はぁ?」おじいちゃんの目が丸くなる。「機械と手を組んだのか?」
「そうです。AIとカスパロフのコンビは、ギリシャ神話の半獣半人の存在になぞらえて、ケンタウロスと呼ばれています。そして、ケンタウロスにチェスで勝てるAIは、今のところ存在しません。最強なんです」
「……」おじいちゃんは、言葉を失っていた。
「だから、健太郎さんとキンタが手を組めば、最強の職人になるかもしれませんよ。そして……ひょっとしたら、そうすることで、キンタもさらに一段階進むことができるようになるかもしれない」
「キンタとコンビを組むか……それ、悪くないな」
おじいちゃんの目にも、輝きが戻った。
「どうせならコンビ名は、キンタと健太郎で、キンタロウってのはどうだ? わっはっはっは!」
そう言っておじいちゃんは大笑いする。
「……」私と田上さんは、顔を見合わせて苦笑する。
おじいちゃんのネーミングセンス、残念すぎる……
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