伝統を継ぐもの

Phantom Cat

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 "弁当忘れても傘忘れるな"


 これは、この地方で暮らしていれば必ず耳にするフレーズ。そして、その言葉が示すとおり、今日も金沢は雨だった。まあ、梅雨時期だから当然と言えば当然だけど。


 この時期に限らず北陸は天気が悪い日が多い。特に冬は毎日鉛色の空。私は生まれてこの方それが当たり前だったからなんとも思わないけど、太平洋側から来た人には結構辛いらしい。


 だけど、そのおかげで発展した伝統工芸がある。


 金箔作り。


 そもそも「金沢」の名の通り、ここは元々「金」に非常に縁の深い場所なのだ。


 金沢の名前の由来となった「芋掘り藤五郎」の伝説は、金沢に生まれ育ったものなら誰でも知っている。奈良時代、山科やましな村(現在の金沢市山科)に住む藤五郎という若者が、掘った山芋を泉で洗ったらそれに付いていた砂金が大量に沈んでいった、という……そこから「金を洗った沢」即ち「金沢」の名が付いたらしい。とは言え、別に金沢は金の産地というわけでもなく、金箔の材料になる金は金沢以外の場所から運ばれてくる。


 金沢の金箔作りには四百年の歴史がある。あの京都の金閣寺に使われている金箔も金沢で作られたものだ。現在でも日本で作られる金箔の九十九パーセントは金沢産だ。


 一万分の一ミリに満たない厚さの金箔は、たやすく静電気に影響されてしまう。しかし、金沢は年中湿度が高いので静電気がたまりにくい。さらに、伝統的な金箔の製造工程では箔打ち紙はくうちがみ(金箔を挟み、その上から箔打ちするための紙)と呼ばれる紙が必要になるが、その材料になる手漉きの雁皮がんぴ紙(雁皮から作られた和紙)の製造も近辺で行われている。だから、金沢は金箔作りにとても適した環境なのだ。


 だけど、正直言って、人間にはあまり優しくない……特に女の子には。


 この時期はいつも朝起きると頭が爆発している。髪がなかなかまとまらない。スタイリングに時間がかかってしまうし、スタイルを決めても時間が経つと崩れたりする。肌も湿気でベタベタするし……ホント、カンベンして欲しいよ……


 と、心の中で愚痴を言ってる間に、私は目的地に到着していた。


 引き戸を開ける。とたんにリズミカルな機械音が耳に飛び込んでくる。機関銃の発射音……というと物騒だが、そんな感じの音だ。それに負けないくらいの声を、私は張り上げる。


「おじいちゃん、来たよ」


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