2

「おお、和子か」


 箔打ち機に向かっていた人物が振り返り、老眼鏡を額に跳ね上げ、顔をくしゃくしゃにして微笑む。


 私の祖父、浅野健太郎。六十五歳。「縁付ふちつき金箔」を作る職人だ。


 金箔の製法は大きく分けて二種類ある。一つは伝統的な製法で作られる「縁付金箔」で、もう一つは近代的な製法で作られる「断切たちきり金箔」だ。断切金箔の方が生産性が高いため今はこちらが主流になっているが、縁付金箔も需要がないわけじゃない。特に、最近は美容品や食用品に金箔を入れた物があるが、箔打ち紙に薬品を含ませている断切金箔では健康上の不安があるため、縁付金箔が使われることが多い。


 だけど……


 やっぱり、縁付金箔の需要そのものは以前に比べたらかなり落ちたらしい。だから職人もどんどん減っていて、高齢化が進んでいる。金箔職人の平均年齢は七十歳くらいだそうだ。おじいちゃんはまだ若い方なのかも……


 金箔職人と言っても、実は工程によってさらに三種類に分けられる。最初に、材料となる金の合金を作って千分の一ミリくらいの厚さまで伸ばすすみ職人。続いて、その千分の一ミリの金箔をさらに一万分の一ミリの厚さにまで叩いて延ばす、箔打ち職人。最後に、できた金箔を切りそろえて仕上げる、箔移し職人。


 おじいちゃんは箔打ち職人だ。とにかくひたすら金箔を薄く薄く延ばしていく。最終的に一万分の一ミリの厚さになった金箔は、向こうが透けて見えるほどだ。これが箔移し職人によって箔合紙はくあいしに乗せられるところは、本当に美しい。金箔の表面がさざ波のように揺れるのだ。見ていてため息が漏れてしまう。


 だから、私は子供の頃からおじいちゃんの工房に行くのが好きだった。と言っても私の家からは結構距離があったから、そんなに何度も行けたわけじゃないけど、大学に入って車の免許を取ってからは、なんだかんだで週に二回くらいはここに来ている。


「まだお仕事終わらないの?」


「うぅむ……仕事はもうすぐ終わりそうねんけど、な……」おじいちゃんは少し顔をしかめる。「今日はこれから来客があるげんて」


「来客?」


「ああ。何でも、金大きんだい(石川県民は金沢大学のことをこう呼ぶ)の工学部の学生が来るんだと。お前も知っとるかもしれねえな」


「……いやぁ……どうかなぁ……」


 確かに私も金大生だけど、文系の地域創造学類だからなあ……あんまり理工学域に知り合いはいないんだけど……


「てか、その人、何しに来るの?」


「俺もよく分からねえ。ロボットがどうとか、人工知能がどうとか……」


「???」


 私が首を捻っていると、チャイムが鳴る。どうやらその来客のようだ。


「はーい」


 私は玄関に向かう。


 ---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る