6

 おじいちゃんは脳溢血だった。あれから私達はすぐに工房に引き返し、その車の中で田上さんが119番に電話をかけた。救急車が工房に着いたのは私とほとんど同時だった。おじいちゃんは病院に運ばれ、手術で一命を取り留めた。やはり対応が早かったのが良かったようだ。これもキンタと、「彼」におじいちゃんの様子を見守るようにプログラムしていた田上さんのおかげだ。


 だけど……


 手術からもう三日になるのに、おじいちゃんは目を覚まさない。バイタルに問題はなく、脳死状態になっているわけでもない。だけど、このまま目が覚めなかったら覚悟してください、と担当の先生に言われてしまった。


 嫌だよ……おじいちゃん……まだ死なないで……


 ベッドに横たわるおじいちゃんの手を、私は握り続ける。暖かい。私の両眼から、涙が溢れて落ちる。


「……」


 田上さんが私の左肩に手を置く。何も言わない。でも、それで十分だった。おじいちゃんと私を気遣う彼の気持ちが、その手のぬくもりから伝わってくる。


 その時だった。


「……!」


 おじいちゃんの手が、私の手を握り返した。


 そしてその目が、ゆっくりと開かれていく。


「おじいちゃん!」私は思わず大声を上げる。


「……和子、か……」


 弱々しいかすれ声。だけど、おじいちゃんは確かに、そう言った。


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「夢の中で、亡くなった師匠に会ったよ……」


 三日後。おじいちゃんは介護ベッドの力を借りて、体を起こせるようになっていた。


「ほやけど、追い返されてんて。お前は弟子も満足に育てられない未熟者だ。ここに来るのはまだ早い、ってな」


「そうだよ」私は笑顔で応える。「まだ師匠のところに行くのは早いって。私もそう思うよ」


「確かに、な……師匠の言うとおりだ。キンタは、守破離しゅはりで言えばまだまだ"守"の段階に過ぎん。アイツは俺の真似しかできないんだ」


 守破離……それは修行の段階だ。まずは基本を忠実に「守」る。その後、それに自分なりのやり方を加えて「破」る。そして、最終的には師匠の元を「離」れる。これは箔打ち職人に限った話じゃない。師匠の元で修行が必要なものなら、何にでも当てはまることだ。


「考えてみれば、俺も、師匠のやり方を離れて初めて師匠に一人前と認められたような気がするげんてな。なあ、田上さん。キンタはその段階にまで、到達できるんやろか?」


「!」


 私の隣の田上さんが、辛そうにうつむく。


「それは……現状のAIでは、非常に困難です。新しい道を見つけていく、というのは、未だに人間にしかできないことなんです……」


「そうか……」おじいちゃんも悲しげに下を向く。「やっぱりな。ってことは、キンタもまだまだ免許皆伝、というわけにはいかんわな。だが……俺がこのていたらくでは……」


 おじいちゃんは脳溢血の後遺症で、右半身が満足に動かせなくなっていた。もちろんリハビリでかなり回復するだろう、ということだが、職人としての微妙な手先の動きが可能になるまで回復するには、かなり時間がかかるだろうし、ひょっとしたら無理かもしれなかった。それで、彼は随分気落ちしてしまったのだ。


「……すみません」


 田上さんが、深く頭を下げた。


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