四頁目/「卒業」決着編・亡霊回帰譚、巨大化した記憶は夕焼けのめいろのまちのよう

思い出すと、きっと、あの日が帰ってきそうで。

……イヤホンの向こう側で……王子様の物憂げな歌声が響く。

いつしか、この手が、紺のメッシュ地の鞄を掴んでいそうで、この身が、緑のタイに絞められていそうで、あの駅前の、あの暑い砂利の上の空気を、鋭敏な私の鼻先がとらえていた。


<書かなきゃいけなかったので、読まなくていい。読まれることを想定していない。覚めるな。夢は夢だから美しい。だから私たちは、少なくとも私は、あの恐怖の印象も、あの日々を愛している>


死んでろ。人間は死んですぐが一番美しい。


...求めたのは、基盤だったんです。このどら焼きは美味しいな、って味わえること...こうして迷えることだったんです。物語じゃなかった。結果として、物語がつきまとってしまっただけで。指先だけでも、ほんの一瞬、かれに届いた。私には、私なんかには、それで充分なのかもしれません。納得は、出来ないのでしょうけれど。突き付けてやるんです。これが、お前の望んだ敗北だ、って。

傷付けた身体が、自分のだって、わかるような。


どれだけ間違っていたか、知っているような過去だとしても、同じ間違いを繰り返せるほど、愛しき過去があるのなら。


断絶は、私を守ってもくれていた。(忌言葉集:令和初の膣無し少女は、概念からして孤独だ。たぶん、という仮の名称ではあるけれど。

 洗っていない身体は、もう一週間になる。顔だけは洗わせてもらっていたけれど、最早、これでは臭う。陰部――腫れたそれは、未だに感覚が薄く、用を足したいと云う欲求すら判然とさせてくれない。浸潤物だかよくわからない血と体液の混じった澱がにじみ、下着に付けられたナプキンを汚す。女と云うモノは、不快で、面倒で、汚れた生き物なのだと実感する。これが、先に言った、私にまとわりつく臭いの根源で、決して強烈ではないが、地味な異臭をさせてくれている。鼻の奥には鼻クソが、耳の奥には耳アカが、太モモには汗モと、テープか何かで固定されていた場所にはノリの類、ムダ毛も全身好き放題。これで明日の朝までシャワーを浴びられないのだから、今日も今日とて枕に困る。汚れきった髪をヘアバンドで固定しているが、汚れそのものは誤魔化せない。

 座るのは難しい。座れなくもないのだけれど、これが痛い。無視すれば良いのか、本当に異常なのか、異常の範囲も知らない私には判断がつけられず、結果、壊れた人形じみた動きになってしまう。長く立っていれば目の前にモヤがかかるし、焦点も合いにくい。けれど、こうして、ベッドの上で、ベッドを傾けながらも半ば座って、下敷と自らの脚で筆記できているというのは、姿勢の自由が効くというのは、寝たきりだった昨日まで比べてカクダンの進歩である。――即ちそれは、自らの力のみによる排泄も意味していて、これが難儀だった。こちらは、これが正常なのかも知らず、ナプキンの使いかたも知らない・孤独な少女でしかないのだから。この不出来なマーメイドは、立ち眩みですら酷い有り様で、既に治ったとは言え、そもそも排泄行動を嫌悪しはじめている。食べたら出す、と云う当然の事実を、点滴と尿道カテーテルで打ち消して来たから、余計に汚らわしい。無事なのかわからない行為を繰り返すのは、闇の中で平均台を渡る感覚と近かしい。

 ここでは、およそ私の使わないような、忌言葉と云ってしまえそうな単語や言葉の並びを使った、ありのままの現状を記したが、これでも尚、易しい書き方をしているあたりに、私の悟性の異常を見出せようか。そんな、人間という生物の汚さを抱えながらも、それでもこの孤独な少女は、身体があるだけ、亡霊なんかよりもずっと良いと思っている。)

不明集:私は、私が、憧憬を抱いたまま言語化出来ない、つまらない一般人と同じにしたくなくて、それで足掻いている。あいつらは、私を、おいでおいでと誘うけれど、私はその誘いに乗ってやらないんだ。それはプライドだけれど、それ以上に、そっち側に行ってしまえば、私は私の言葉を失ってしまうと思うのだ。私はここまで私の言葉でやってきたのだから、たとえかつての私がそうなることを願っていたとしても、それは浅慮そのもので、私の、今の私の希望とは相反するものでしかなかった。私はそこらへんに溢れている一介の言説ごときに毒されて、私の言葉が誰かの言葉にレイプされて、こんな汚い言い方になるのに、それが正しいことであると考えるだけの私がいなくなってしまうことを恐れている。私の抱いた憧憬を、あのときの情景を、誰かの言語化で外注しようだなんて想像もしたくなくて、私のみた景色は私のみた景色なのだと声高に主張していたいし、そうすべきだと思う。それができない場所にはいきたくない。それだけのことなのに、たぶん、そんなことを気にしている人種は、いつだって少数派だ。「友だち」。これが私に憑依した美果の正体なら、私は結局、私に操られていたのだし、正直な書き方を気分よく思うのだった。(捨て去った物語の先、だから私は物語にしがみ付く。)


未来がみえなくなったのは、そこから先を、無価値と断じたから。


ラスト・ブルー


...なあに、苦しかったのは、苦しいのは、いつのクリスマスも同じことさ。いつも痛みを抱えている。大事なのはね、足るを知ること、身の程の幸せを幸せと受け入れることなんだ。どこか、いつかの美しい場所じゃなくて、今が美しいと、この先が美しいと信じることなんだ。振り返ればいつだって、君の記憶は美しいんだから。あの秋の終わりだって、ね?


...あの頃は、そのままの味の夕ごはんでも、美味しかった。(夏の部活に疲れて帰ったあとの夕ごはんは、夕日眩しくて暑くて美味しかった)(←これつまり、/あの頃は身体が自分のもので、味をそのまま感じられた。/今やっと身体が私のものとして素材を味わっていることを意識したことを示している。わずかな時間のきず)(つまり、やっぱり私は半身終わっていて、要らぬ側が私だった。私はそも居たが私だけではなく私だけになることとしての私だけは不要であった。)(入院時に感じた、漠とした不安と恐怖、少女じみた恐れ・クリアな感触、帰り道のバイバイ、スクールゾーン・主語簒奪に共通する)(私なんぞでは私を含めた彼には勝てないのだ、これが身の程だ、彼のようにはできないのだ、その場に私もいたのだ、という結論)味付けされていない固い野菜のソテー、塩味の鶏肉の焼きもの。/即ち誤解。


聞き分けなんて無くして、死んじまえって中指突き上げろ

意味まで無くした仕草のまま

仕草だけは無くしたくない。そうじゃなきゃくすんじまうだろ。めいろのまちの夕焼けはいつだって美しいんだ。否定なんてしなくていい。


受け取りかた次第、なんて、かつての俺がいた場所と、目指した場所は、いつの間にか一致していて、けれども記憶は定かではなかったけれど時間は正常に動いていて、どうあったのかはしらないけど、俺はここにいて、俺が選びとった結末があったのだ、果たしてそれは私の夢かもしれないけれど、されど一瞬でもその夢の夢の先がみえていたなら、その可能性を放棄したのも、夢を選びとった俺の選択だったのだと思う。「卒業」。帰る。何も無い場所。何かがあった道。

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純粋〈人間〉培養 四葉美亜 @miah_blacklily

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