第1話 巨人の仔(後編)

 さらり…さらり…と包みから掌に滑り落ちて、積もる。ほのかに香ばしい匂いがするコレは、ネグ油木の粉。生活燃料として長年重宝されているネグ油木だが、そのほとんどは栽培しやすいよう品種改良を重ねられて今やどこの地域でも生産されているが、この街のネグ油木は原種。この街の祭りは、必ず樹齢千年を越した原種のネグ油木の油でランタンを灯すのだ。


 オレには、この原種のネグ油木が必要だった。


 掌に乗せた粉をイウル河に撒く。夜風に連れ去られたネグ油木の粉は月光に晒されて、チラリと一回光った後、河に溶けた夜空に混ざって見えなくなった。

 畔にしゃがみ込み、右手をイウル河に浸す。瞬間的にオレの手の周りの流れが止まった。頷く。


「誇り高きイウル河よ、訊きたいことがあります。

 あなたの知る時、偉大なあなたの中を流れるネグを嫌った存在がいたなら、

 どうか教えて欲しい。それは、わたしの仇かもしれない。」


 イウル河は、いだ。まるでそれが答えだとでも言うように。

 しかし、それでは困る。オレはもう一度、夜空のような大河に問うた。


「誇り高きイウル河よ、お願いだ。

 あなたが知る時、

 あなたの中を流れるネグを嫌った存在が──【後魔女あとまじょ】がいたなら

 どうかその場所を教えて下さい。」



 瞬間、背後で何かが地を蹴り上げた。

 半身を捻り、僅かにオレが視界に捉えたのは月光に透けた白の髪。


 闇に溶けぬ、二つのみどりたまの光。


 何者かの襲撃を寸でのところで避けるもイウル河に飛び込んでしまったため体勢を崩す。勢い良く上がった飛沫が星空の煌めきを増やし、その一瞬を逃さまいと今度こそ、その影はオレに馬乗りになってきた。顔は月明かりを後ろにしていて見えない。


 死ぬのか?

 誓いも果たせぬまま、故郷を救うことも叶わずに。

 受けた数多の恩さえ返せずにオレはここで死ぬのか。


 否。


 こんなところで死ぬものか!


 腹に力を入れてそれをはね飛ばそうとした時。

 オレに『声』が届いた。



『西の首元へ。』

「マジョはどこですか!」



 言うなれば、頭と耳へ同時に聴こえた。

 それは紛うこと無く穢れなきイウル河の『声』と。


 そして、鈴を転がすような少女の声だった。

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巨人の仔は屍人と笑う 五月笑良(ごがつえら) @nakanishiera69

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