第1話 巨人の仔(中編)

 露店市場の道は人で波打っていた。

 金貨をくすねた女性が転がされた地面などブーツと荷馬車に紛れてちらりとも見えない。暴力的なまでの祭りを祝う歓声と音楽が、ランタンに照らされて星明かりさえ見えない墨塗りの空にばらまかれては吸い込まれていく。

 オレは胸に抱いた包みを必死に落とさまいとしながらどうにか荒波のような大通りを抜け、虫の声が微かに聞こえる大河近くにある小広場へと辿り着いた。

 本来の星空を己れに溶き混ぜて雄大に横たわる、イウルがわ。数多くの逸話と昔話にも登場する、この大陸きっての大河だ。

 小広場には小さな先客達がいた。街祭りのランタンを両脇に置いて腰掛ける一人の老女を囲むようにして、ランタンや菓子缶を各々持った祭装まつりよそおいの子供らが膝を抱えて老女の話を楽しそうに聞いていた。


「この街祭りは何のために、誰のためにするのかこれでもうお分かりだね?」


「ぼくわかったよ!

 【あとまじょ】がまちにこないようにこのランタンをつけるんだよね!」


「そう。後魔女あとまじょはネグ油木ゆぎの油で点けた火の光で火傷をするのさ。」


「あとあと、しんぷさんのかねつき!」


「よく覚えたね。それで、どうして鐘をくんだったかな?」


「【あとまじょ】はてつのなるおとがきらいだからー!」


「そうだよ。いいかい?後魔女あとまじょは憎しみの塊さ。

 お前達は憎しみに呑まれず、神と共にり、人を愛しゆるせる人間になるんだよ。」


「ねえねえ、おばあちゃん。さっきのおはなし、

 どうして【はるのくにのおひめさま】はあとまじょになっちゃったのー?」



 老女は女の子の頭を撫でて静かに言った。



「──それはね。お姫様が誰も愛せず、そして誰も、赦せなかったからだよ…。」





 幼い頃、昔話はよく聞いたものだった、と誰もいない大河のほとりで包みを解きながらオレは思い出していた。

 森の木々が語ってくれた不思議な話も、森狐の自慢げな冒険の話も、森鳥の空から見た世界の話も、岩達の述べた生命いのちの歴史も、幼いオレは最後まで聞き終えては次を急かして、夜更かしをしてはオドニス達にたしなめられた。


 母親の子守唄は知らずとも、街のどの子供にも負けないほどにねや物語は沢山聞いてきた。あの小広場にいた子供達がいつかの自分と重なっては少しこめかみが痛んだ気がして、オレは包みの中のそれを掌に乗せた。

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