ぼく門松くん

深見萩緒

ぼく門松くん


「こんにちは! ぼく、門松くん!」

 と、それは言った。

 十二月中旬。世間はクリスマス一色で、どの店の前にもクリスマスツリーやイルミネーションが輝き、街頭スピーカーはクリスマスソングを垂れ流す。

 そんなクリスマスムード一色に染まる街の中、ここ――F市中央郵便局は、クリスマスなんて俺は知らんぞとばかりに立派な門松を立てている。


 今日は日曜日。私はランチのお店を探すべく、門松の隣に立ってスマホをいじっていた。

 私はこの門松が好きだった。世間の浮かれムードに流されず、舶来の祭りに便乗することもなく、十二月といえば年の瀬のほかに何があるんだと態度で主張する。頑固で古臭い、意地っ張りの門松。その門松が、だ。


「こんにちは! ぼく、門松くん!」

 聞こえていないと思ったのか、また言った。

「なにそれ、門松くんって」

「門松の付喪神だよ! きみがぼくのこと好きみたいだから、声をかけてみたんだよ!」

「コラァ九十九つくもォ!」

 馬鹿みたいなやり取りを一刻も早くやめるべく、私は門松の陰にしゃがみ込んでいた男子を思い切り蹴った。腹話術まがいのことをして門松になりきっていたそいつ――九十九魂太つくもたまたは、「ひんっ」と情けない声をあげて地面に転がる。

「何なの門松くんって。なめてんの?」

「なめてないですぅ、ごめんなさい……」


 九十九魂太は私のクラスメイトだ。こないだの席替えで隣の席になってから、やたらと私に絡んでくる。友達からは「気があるんじゃないのお?」なんて言われるし、マジで最悪。

 イケメンに好かれるならまだいいが、九十九はどうにも地味でモサい。名前のせいで下ネタみたいなアダ名をつけられたりと、パッとしないイメージだ。


「九十九さ、私のことつけてきてたわけ?」

「違っ……あ、違わないけど」

「キモい。そういうのやめてくれない?」

 ばっさり言うと、九十九は「ごめん」とうつむいて、何事か呟いた。「でも、門松くんが」とかなんとか聞こえた気がする。こいつもしかして、電波キャラか?

「その、門松くんっての何よ」

 相手にしない方が良いと分かってはいるんだけど、つい訊いてしまう。九十九は嬉しそうに顔を上げると、どっしり構えた門松を指差した。

「門松くん、門松の付喪神なんだ! 山瀬やまのせさんのことが好きだから、話したいって言ってて、それで」

 あ、駄目だ。こいつ本格的に電波だ。


「あっそ、ごめんね私は別に門松なんか好きじゃないんだ」

「嘘だよ」

 適当にあしらった答えを即座に否定され、思わず面食らう。なに? なんなのこいつ。

「あのさ、付喪神ってそういうの分かっちゃうんだって。人間が自分のこと好きか嫌いか、大切にしてるかどうか。

 山瀬さんはさ、この門松のことすごく好きでしょ。この時期はどうしてもみんな、クリスマスツリーばっかりに目が行くから、山瀬さんがクリスマスツリーじゃなくて門松を見てくれることが、すごく嬉しいんだって」

 説明する九十九は、ニコニコと嬉しそうだ。こいつがこんなに笑ってるの、初めて見た気がする。クラスではいつもうつむいて、長い前髪に隠れがちな顔はよく見えないから。

「だから、たくさん喋ってほしいとは言わないから、せめてお礼だけでも言わせてあげて」

「……まあ、別に、それだけなら……いいけど」

 荒唐無稽な話だけど、なんだか本当のような気がした。本当じゃなくても、本当のふりをしてあげても良いような気がした。私は門松に耳を寄せる。


「……ぼくのこと好きでいてくれて、ありがとう」


 九十九の背中を蹴り飛ばした。

「お前が言ってるだけじゃねーか!!!」

「だってだって付喪神は視える人としか喋れないから!」

 くそっ信じた私が馬鹿だった! もしかして九十九は本当に私のことが好きで、直接言う勇気がないからこんな電波で回りくどい告白をしてるんじゃないか?


 そう思った矢先。

 門松の竹の陰に、手のひらサイズの小さな門松が置いてあることに気が付いた。門松のミニチュアみたいな。こんなのあったんだ、と手に取ろうとしたら。

「うわっ! 動いた!」

 思わず手を引く。ミニチュアの門松はかさこそと歩き、私の指先に近付こうとしたのだ。

「なにこれ、虫? ……じゃないよね。門松だよね、明らかに」

「山瀬さん、付喪神が視えるの?」


 なんだろう、ものすごく面倒な展開になってきた気がする。

「みえない。なにもみえない。気のせいだった」

 ちらり、とミニチュア門松を横目で見ると、それは嬉しそうに私に向かって松を振っている。それってそういう使い方するんだ。

「やっぱり視えてる! 声までは聞こえてないみたいだけど……でもすごいよ山瀬さん! ぼく、自分以外で付喪神が視える人なんて、初めて会ったよ!」

 九十九は両手でそれを掬い上げるように持ち上げると、私の目の前に差し出した。幻覚でもなんでもなく確かに存在する、嬉しそうに松を振る小さな門松。ちょっと可愛い。でも待て。私の知識によれば、付喪神というのは基本的に長年使われた古いものに宿るはずだ。この門松はそんなに古いものなのか?

 私の疑問を察したらしい、九十九は「人間の強い思いがあれば新しい物の付喪神も生まれることがあるんだ」と解説する。「へえ」と言ってしまって、また私は後悔した。いけない、九十九のペースに乗ってしまっている。


「あのさ、何かの間違いだと思う。幽霊とか一回も見たことないし、付喪神とかいるわけないし見えるわけないし」

「あっ駄目だよ山瀬さん! 付喪神にとって、自分を生み出した人間の『いるわけない』は致命的なんだから!」

 私が生み出した? そんなわけないだろ! と否定する前に、致命的という九十九の言葉が気になった。私の一言で、あのミニチュア門松が消えてしまうかもしれないってことだろうか。でも、九十九の手のひらでくつろいでいるミニチュア門松は、一向に消える気配を見せない。

「……大丈夫そうだけど」

「よっぽど生まれたときの『想い』が強かったのかな。はい、山瀬さん」

 はい、と言われるままに手を出してしまい、ミニチュア門松はひょこひょこと私の手のひらに移動する。かわいい。


「この子、山瀬さんが連れてた方がいいよ」

「連れてた方がって、飼えってこと?」

 九十九は迷いなく頷いた。

「付喪神とか、何食べるか知らないし」

「人の想いがあれば、付喪神はいつもお腹いっぱいなんだよ」

「うち、猫いるんだけど」

 あっ、こいつ、目ぇ逸らしやがった。




「うーん、かどちゃん。かどのすけ。かどたろう。なにが良い?」

 部屋の日当たりのいい場所で、ミニチュア門松……もとい門松の付喪神は、身体を伸ばしてぽかぽか日向ぼっこをしている。結局連れ帰ってしまった。本体と離れるのは特に問題ないらしい。付喪神って、案外適当なんだな。

「よし。じゃあ、かどたろう」

 かどたろうは嬉しそうに真ん中の竹をゆらゆら揺らす。つけっぱなしのラジオから、楽しげなジングルベルが流れてくる。クリスマス一色の世間をよそ目に、私の部屋には小さな門松が居座ることになった。


 ……と、かどたろうの竹の頂点に、ふいに竹製のお星さまが現れた。松にも装飾を施して、これはクリスマスツリーのつもりなんだろうか。

「ちょっとちょっとかどたろう! そういう気遣いはいらないってば!」

 世間が自分かどまつを無視してクリスマスに明け暮れているのを、よっぽど気にしているらしい。気にしなくていいのにな。かどたろうは少し元気付けられた様子――私にそう見えたというだけなんだけど――で、似合わない装飾を引っ込めた。そう、門松としての矜持を大切にしてほしい。それにしてもやっぱり、付喪神って結構適当なんだな。


 なんだかんだ、門松の付喪神なんていう意味のわからない超常現象を、しっかり前向きに捉えている自分がいる。幽霊は怖いけど、かどたろうは怖くないからいいや。

「お正月、楽しみだね」

 ラジオを消して歌ってみる。もういくつ寝るとお正月。

 歌に合わせて、かどたろうはぷりぷり踊った。かわいい。


 なんだかすごく待ち遠しい。はやくこいこいお正月。


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ぼく門松くん 深見萩緒 @miscanthus_nogi

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