●毎日が楽しい吸血鬼

あれから数日間が経った。

その間、以前と比べて自由に振る舞う時間は格段に減ったが、それ以上に技術を学ぶことの楽しさに目覚めていたからだ。そのおかげか二人から習ったことは空の入れ物に水を入れるかの如く吸収して自身の物にしていった。

だが全てが順調にいっていたわけではない。

例えばアドルクとの訓練では、最初に体で戦う事を諦めさせられた。

「お前は死ぬほど動くことが下手だ。だから才能とか以前に周りが危なすぎて戦わせられねぇし、お前がどんだけ頑丈でも最低限の技術を覚えるのにいくら時間がかかるか分からねぇ。だからそれは諦めて、相手が近接で戦いを挑んできた時の対処法を覚えろ」

ということになったので、体を使って戦うことは諦めた。

その代わり、アドルクにいろんな形の武器や盾の動きや技術を見せてもらい、それを魔力で再現したり、それでアドルクと訓練したりした。

さらに、偶然的にアドルクの動きを魔力で再現することにも成功した。まだまだその動きは遅く拙いものの、訓練すれば同じ動きが出来るようになる筈なので、より頑張ろうと思えた。

魔力関係は、リアが話していた通り魔術関係の勉強は全くと言うほどしなかった。ただ、魔力に関する物についてはなんでも簡単に出来、習ったものは一発で習得していった。

基礎は2日で終わり、それから今日までは魔力で物質生成の工程を何度も繰り返して完成速度と強度、そして自由度を上げていった。

今日はそれを二人に見せる日だ。

「今日までお互いの授業内容については詳しく説明しなかったけど、魔法を教えたんだって?」

「ええ、そうよ。あの馬鹿げた魔力で魔術なんてチンタラしたものを使うよりも、そのままポンって出せる魔法の方が合ってるのよ」

「リアが使ってんのは魔術だろ?なんで魔法を教えたんだよ」

「効率が悪いからよ。そもそも魔術の基礎は魔法の基礎と違って、私たち人種自体の魔力濃度が薄いから上がるところから始まるわ。そんなの初めから異常に濃いあの子にとって通常の魔力濃度を引き上げる必要性が低いから無駄に手間をかけてまでやる必要が薄いのよ。っていうか、今のままでも普通に3級を余裕で超える威力が出るのに上げたら危なくて簡単に使えないわ」

「魔法はなんでその手間がかからねぇんだよ」

「そこらにある物質は元に還せば全て魔力になるのは流石に知ってるわよね。これらの完全な物質化した魔力は濃度が極めて高いのよ。ずっと前に発表された論文の一つに魔力濃度についてあげた人がいて、その人の理論によると魔力濃度がその物質の硬度と密接な関係にあるらしいわ。で、その論文を出した人が上げたもう一つの論文に、今私たちが見え、触れている物質の魔力濃度は最低基準で、これ以上濃度を上げることでいくらでも硬く、あるいは壊れにくくなるとも言っていたの」

ここまで聞いたアドルフの感想は“ふーん、そうなんだ。それが?”みたいなどうでもよさそうな表情をしていた。

十中八九聞いても分からないと聞き流していたんだろう。

「で、話を戻すけど。この魔力濃度を上げるほどの魔力を初めから生成している生き物がいる。それは殆どが魔物なのだけど、一部は人間種でありながら魔力濃度が生まれつき高い人がいるのよ。そういう人は普通の人が濃度が薄い魔力を1時間掛けて濃くする作業を同じ濃度にするのに10分とかいう馬鹿げた時間で済ませるのね。なら別に威力を求めるわけじゃ無いならしなくても良いってわけ。そういう時に魔力をそのまま結果に結びつける魔法は打って付けなのよ」

「なるほどな。魔術は面倒で魔法は考える必要がなくて楽ってことか」

「ほんとバカって嫌…」

時間をかけて分かりやすい例まで出して聞いた結論が微妙に間違っている解釈で、リアは思わず泣きそうになった。

因みに、今二人は例の大食いを発動させている奴の食事の手助けをしていた。

別に一人で食べられないとかではなく、単に一人で食べる量が尋常な量では無いので、自分たちの分を確保しながら食べ物を机に出す作業をしなければいけないのだ。

だが、この作業も数日も繰り返していると慣れる。普通はもっと時間がかかるだろうが、これでも二人は実力者だ。偉い人の従者をするならともかく、この程度すぐに慣れた。

「準備できたよ」

「分かった。落ち着いてやってね。始め!」

リアの言いたいことがよく分からなかったが、今日まで習ってきたことの復習だから焦る必要がない。

「”僕が望む”」

まずはルーティンから。

「“冷たく支える者”」

前方の空中が茶色く滲んで少しすると、土が浮いていた。

「“透き通り、万物に通ずる者”」

土の隣が水色に滲んですぐに水が浮いていた。

「“見えず匂えず、只々世界をうつろう者”」

突如として周囲に風が舞う。

「“熱く、ひたすら熱く、原始の感情を呼び起こさせる者”」

周囲の温度が上昇し、頭上で赫く燃える火の玉が浮かんだ。

「…うん、上出来よ。ちゃんと制御出来てる」

「ふぅ、よかった!」

リアに褒められた瞬間に、もう維持する必要は無いと魔力の操作を止め、元の魔力に戻した。

「は…?」

だがアドルフだけは別で、ようやく声を出したと顔を見た時にはさまざまな感情でぐちゃぐちゃだった。

「はぁ…」

それでも歴戦の戦士として、すぐに感情を制御して見せる。

「なあ、色々言いたいことがあるんだが…」

「良いわよ、聞きなさい」

アドルフに答えるリアの表情は、先程の絶望顔と違って自信に溢れた表情をしていた。

ドヤ顔ともいうが。

「全部の威力はどれくらいあるんだ…?」

「軽くその小屋が吹き飛ぶくらいはあるわよ」

「それ初心者が出して良い威力じゃ無いと思うんだけどなぁ?!!」

「出ちゃったものは仕方がないじゃない」

「こっちを見てもう一回言ってみろお!!」

そのあともいつものようにわちゃわちゃと言い合いをしていたが、暇つぶしに魔法で等身大“喧嘩するリアとアドルフ”を作り終わる頃には二人ともため息を吐いて落ち着いた。

「あの威力についてはもう何も言わねぇ。だけど、他にも不自然な箇所があるのは魔法を使わなぇ俺にも分かるぞ」

「へぇ、言ってみなさいよ」

「まず、口調は幼いと言えど、一人称はずっと俺だったあいつが、いきなり僕と言い出したこと。物語で賢者が“我が王に私を捧げる”とか言う、儀式魔術での精神集中に使ってる言葉みたいに、普段と違って私とか言うのはまだ納得できる。でもなんで僕なんだ?理由がさっぱり検討つかねぇ」

「知らない」

「は…?」

アドルフは唖然とした。

何せあれほど自信満々に上から目線で“聞いてあげるわ”とか言いながら、聞かれたことに“知らない”の一言で終わらせたのだから、再び思考が止まってもしょうがないだろう。

だが普段から喧嘩ばかりしているアドルフ。

もしかして自身をからかっているのでは無いかと思い付いた。

「冗談とかは良いんだよ。さっさと話せ」

「本当に知らないもの。私、あんな魔法の発動のさせ方の前に、複数の魔法発動自体教えてないわ」

「は…?じゃあなんで出来たんだ?」

「あんたが言ってた物語を読ませてたら、カッコいいって大はしゃぎして、一発で成功させてたのよ。威力マシマシでね」

今度こそ、声が出なかった。

まさにその姿は絶句の一言で表せるほど、綺麗に硬直していた。

その間、暇だったのでアドルフが表情を固めるごとに、土の上にアドルフが固めた表情を魔法で作って並べていた。なお、その顔は少しずつリアルに、そして迫真になっている。

「もういいや。疲れた」

「そう、でも次はあなたの結果発表よ」

「そうか…」

アドルフはいつも喧嘩で怒鳴っているくせに、ただの結果発表を見るだけで疲れたようだ。

「うわ、気持ち悪いわね」

だが、作った作品をリアに一言で詰られて落ち込んだ。

「あ、あのごめんなさいね。貴方の作品を馬鹿にした訳じゃ無いのよ?あの馬鹿の顔ばかり並べてるものだから、嫌になったのよ。ほら、わたしって平たく言ってもあいつのこと嫌いでしょ?だからアイツと並んで立った像なんて嫌だし、アイツの顔がこんなにたくさんあるのも耐えられないのよ。キモくて」

「嫌いなの…?」

「そうよ」

「そっか、ならいいや」

この会話を聞いていたアドルフは怒りで疲れが吹っ飛んでいた。

そのあとまた騒がしくなったが、落ち着いてから近接戦の結果発表が始まった。

「え、あんた本気でするの?」

「小屋が吹っ飛ぶからする訳ねぇだろ」

「そうよね。…?」

一瞬納得しかけたが、頭の回転が早いリアは手加減をする理由が思っていたのと違うことに気がついた。

準備万端と、鼻息を荒くさせながら腕を組んで待ち構えている子供をよそに、アドルフの肩を掴んで引き戻した。

「ちょっと待ちなさい」

「なんだぁ?あんなやる気出してるのに待たせるとかお前最低だろ」

「良いから待ちなさい。あんた、本気でやらない理由、こやが吹っ飛ぶからって言ったわよね?」

リアは真剣にアドルフを睨みつけて詰問するが、当のアドルフは面倒臭そうに答える。

「そうだが?」

「あの子戦い方を覚えて数日なのよ。それが本気のあんたと戦えるっての?」

「流石に本気だと俺が負けるつもりはないが、一対複数になったら持久戦で負けるな」

「……よく分からないわね」

「まあまずは見てろって。何のための結果発表だと思ってんだ」

アドルフはやっと話が終わったようで、今回のために気を切って広げた中心地まで来た。

だけど、その場で周りを見渡すとジト目で見てきた。

「お前、魔法が楽しいのは分かったけど、そこら中にこんなもん作りやがったら戦いの邪魔じゃねぇか」

「でもどのような状況でも戦えるようにって言ったのはアドルフだよ?」

「だからってこんな気持ち悪い像を作るなよ。てかなんで俺をモデルにした。自画像でも作れば良かっただろ」

「自分の見た目なんて目が覚めてから一度も見たことないから無理だよ」

アドルフは文句を言ったところで大して意味がないことに気がつくと、もう一度深く溜息を吐いて意識を切り替えた。

「…よし、もう何も言わん。が、ぶっ壊れても文句を言うなよ!」

その言葉から戦闘が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真祖による冒険譚 滝米 尊氏 @7329

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ