死んだ男と死にたい少女が行く冬の山道。

 ゾンビウィルスを使った化学兵器によって長い戦争が終結したとある国。冬の登山に向かったある男は山の入り口で、明らかに登山をする格好ではない一人の少女と遭遇する。少女は男に対して開口一番「おじさん、ゾンビでしょ?」と男の正体を看破し、さらに「いいよ、咬んでも」と言葉を続けてくる。彼女は死ぬためにこの山に来たというのだ……。

 本作はゾンビになってしまった元軍人と自殺志願者の少女が冬の山を登ろうとするかなり風変りな作品。

 ゾンビと自殺志願者の組み合わせだけあって、作中で語られる死生観は少し捻りが効いていて、男が命を大切にしろと月並みなことを言うのではなく、死ぬ前に頂上の景色を見て行けと言ったり、捜索が大変だから行方不明になって死ぬのはやめろと言ったり、登山家らしい言い方で遠回しに少女の自殺を止めようとするのが凄く良い。そして登山の果てにそれぞれが見つけた答えも、「生きているだけで素晴らしい」といったわかりやすいヒューマニズムからは少し離れた屈折した内容になっているのも良い。

 また登山途中で熊との戦いがとっても壮絶。熊と戦う作品は数あるが、本作はゾンビにしかできない強烈な戦法を編み出しており、それだけでも一見の価値あり。


(「山を登る人々」4選/文=柿崎憲)

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