最終話 ウメのせい
~ 一月三日(金) ~
ウメの花言葉 約束を守る
金の羽根を持つ天使 花咲く丘に舞い降りて
声かける度に思う 気持の半分も伝わらない
でもね時間は沢山ある
ゆっくりと聞いて欲しい
何十年かけてこの想い
君に伝え続けよう――
プレゼントを選ぶたび 一月も悩む僕だから
ラブレターに封するまで どれほどかかった事だろう
格好をつけて書いた言葉も
全部辞書の受け売りだけど
何百年先もこの言葉
ウソではないと約束しよう――
~🌹~🌹~🌹~
「ねえ」
「なあに?」
「……今の歌詞、聞き覚えがあるのですが。どなたの歌でしたっけ?」
「そんなのあたしが知ってるわけ無いの」
もう、空いてきたろうと。
本日は、お餅で重たくなった体を引きずって。
近所の神社へ初詣。
俺たち以外、人っ子一人いない境内で。
鼻歌まじりに御手水でお清めしているこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を夜会巻きにして。
かんざし代わりに、ウメの枝を一本。
ぶすっと突き刺しているのですが。
……おばさん。
お酒の残ったフラフラな状態なのに。
見事な仕事っぷりに驚かされつつも。
かんざしの雑さに、開いた口が塞がりません。
「君の歌、メロディーが滅茶苦茶なので。歌詞付きの場合は超難問が出題されたのと同義なのですよ」
「失礼なの。この天才シンガーソングライターに対して」
「天才なシンガーソングライターであることには同意します。なんせ、毎日数曲ほど作曲しているわけなので」
せめてリズムが合っていたら音程が違っても推測できると思うのですが。
この人の場合リズムまで滅茶苦茶なので。
正解できる気がまったくしないのです。
……そんな穂咲と一緒に、階段を上って。
お賽銭箱の前についたところで。
俺は、重大なことに気付きました。
「しまった。ご近所のお参りと思って、財布も持たずに来てしまいました」
「正月早々、迂闊な道久君なの。神様とお話に来るんだから、身も心も持ち物も、きっちり準備を整えてから来るものなの」
「すいません」
穂咲は時々。
おばあちゃんのような事を言い出します。
初詣とは、何かをお願いするのではなく。
去年の結果と今年の目標を宣言する場であると。
以前、俺に教えてくれたほど。
情けない姿を神様へお見せすることになる。
そう思いながらも右手の平を。
眉根を寄せて膨れる穂咲へ差し出すと。
同時に穂咲の手も。
俺に突き出されたのでした。
「……何の真似?」
「道久君の真似」
「俺は持って来ていないと言っているでしょうに」
「そんなの、あたしだって持って来てないの」
「君、散々うんちくを語りましたよね?」
「あたし、散々うんちくを語ったけどそんなのきっちりできるはず無いの」
ああもう。
文句は山ほどあるのですが。
今はお賽銭の心配が先。
食い逃げならぬ。
お参り逃げするわけにもいきますまい。
「あ! こいつがあったの!」
「……お年玉袋?」
穂咲は小躍りしながら。
おしゃれな紅茶のイラストが入ったポチ袋を取り出して。
中身の、二枚の硬貨を手の平へ落としているのですけど。
「それは?」
「昨日遊びに来てくれたお兄さんがくれたやつを有効活用するの。縁起物だから、きっと神様も最優先でお願い聞いてくれるの」
そう言いながら。
穂咲が硬貨を一枚渡してくれるのですが。
「縁起物ねえ。その所以を教えてくださいな」
「道久君が持ってる方は『十分』って意味なの」
「は?」
「んで、あたしが持ってる方が、『ご縁がありますように』って意味なの」
「副詞の方!」
「……十円指差して騒がないで欲しいの」
「これだけでは、文章的に不十分なのです!!!」
「うまいこと言うの」
それではまるで。
『俺の方はもう十分』と言っているようで。
神様だって。
そんならお隣りの、頭にウメを咲かせた子のお話だけ聞こうって気になっちまうのです。
「小うるさい道久君なの。だったらあたしのと交換するの」
「それはそれで、気が引けるのですが……」
「構いやしないの」
文句をつけてみたものの。
交換すると言われては気が咎める。
そんな俺の手から。
十円玉と五円玉を入れ替えて。
何も気にすることなく。
十円玉の方をお賽銭箱へ放り込む穂咲は。
手を合わせながらこんなことを言い出しました。
「道久君よか倍出すから。あたしの頑張りを、倍付けで見守っていて欲しいの」
「どっちにしろ不服にさせる名人ですね、君は」
まあ、これも穂咲なりの気遣いなのか。
そう思いながら五円玉を放り込んで。
お辞儀を二度している間に。
お隣りの人が先に。
新年のお参りを始めます。
「去年は、もうちっと頑張れなかったの。ごめんなさいなの」
「……声に出ておりますが。いいのですか?」
「今年は、頑張って料理のお仕事をして、どうやったらお客様に喜んでもらえるか、一生懸命勉強するの。んで、調理師の資格用の勉強はまた来年って方針なの。
一年なんてもんのすごく長いから、忘れちまってることあると思うけど、そんでも比較的頑張るつもりなの。以上なの」
……はい。
君のお参り。
偶然、俺にも聞こえましたので。
神様程、君のことを見守ってあげることはできませんが。
俺がその頑張りとやらを。
比較的頑張って見ていてあげましょう。
そう、神様に約束をして。
俺が清々しい気持ちで目を開けると。
穂咲が、俺の顔を横から覗き込んでいたのでした。
「…………なにさ」
「随分さっぱりした顔になったの」
「そりゃあ、お参りしたので」
「何よりなの。でも……」
そして階段をゆっくりと下りながら。
少しだけ寂しそうな顔をします。
「どうしました?」
「……きっと、道久君は優しいから、あたしのことをお参りしたと思うの」
なんと。
そんなオーラ出ていました?
「……全然。俺は、自分の事をお祈りしましたよ?」
「うそなの。神様のお住まいでそんなこと言っても、お見通しなの」
そして、良く晴れた空を見上げて。
白い息を頬にまとわせながら。
優しいことを言い出したのです。
「道久君は、ちゃんと自分の事をお参りして欲しかったの」
「…………すいません」
「だって、しっかり宣言しなくちゃいけないから」
「何をでしょうか」
「泥棒しないって」
「は?」
思わず足を止めた俺は。
ため息をつきながら歩く穂咲の背中を見つめながら。
さすがに文句を言いました。
「泥棒なんてしませんよ!?」
「してたの」
「してませんって!」
「あたしの辞書、勝手に持って行ってたの」
「してい…………、ましたね」
「しかも、あたしとママのオルゴールも取ってったの」
「…………そうなりますね」
そう。
あの二つ。
どうして俺の手元にあったのか。
結局分からずじまいなのでした。
「もう泥棒しませんって、神様に約束して欲しかったの」
「そうですけど、それは神様に約束しなくても。ちゃんと守りますよ?」
「ほんとに?」
「約束します。……穂咲に」
そう宣言した俺に、ぱっと振り返った穂咲は。
にっこりと、ひとつ微笑むと。
俺のダウンの袖を掴んで。
楽しそうに歩き出しました。
そんな穂咲は。
歌詞の最後に、『約束』という言葉が入るラブソングを。
繰り返して歌い続けていたのでした。
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 27.5冊目📚
おしまい♪
……
…………
………………
「ねえねえ、泥棒の道久君」
「萎える! そんな呼び方しないで下さい」
「なんで泥棒したの?」
「オルゴールの方は覚えていません。辞書は、おじさんから貸してもらったと思うのですけど、その記憶が十才くらいの事なので……」
「いいなあ! 道久君、パパに会ったの!?」
「そんなわけないでしょうに。記憶があいまいなだけなのです」
もし本当に会えていたとしたら。
こんな大事ありません。
だって。
ほんの一時、おじさんが蘇ったとして。
やったことと言えば。
窃盗。
「ふーん……。あたし、会いたいの」
「そう、ですね」
「そしたら教えてもらえっから」
「何をです? ……話してもらえたら、俺が代わりにお手伝いしますよ?」
そう。
話の流れ。
今回ばかりは誰だって。
俺を迂闊と呼ぶことなどできないでしょう。
「あのね? 思い出せない目玉焼きの味があるの」
「……………………は?」
「思い出せないの」
「待って。……それはしょっぱくて優しい味の話?」
「違うの。それはちゃんと思い出せたの」
「はあ」
「あのね? 食べづらかった目玉焼きの味付けがあったの」
「そうなのですか」
「道久君が教えてくれるなんて助かるの」
「しまった」
「……え? 教えてくれるんだよね?」
「しまった」
こうして、最後の一ヶ月を前に。
ふりだしに戻ることになりました。
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 28冊目!
2020年1月6日(月)より開始!
なんと、一冊目と同じことになってしまったようですが。
食べづらかったという言葉をヒントに。
果たして、見つけ出すことができるのか!?
そして。
穂咲の就職先は。
辞書はどうしておじさんから貸して貰ったと思っているのか。
どうしてオルゴールは道久の手にあったのか ← あ、これは答え書いてますね
そして最大のフラグ! ああそう言えばというあれがとうとう現れます!
盛りだくさんな内容を、どうまとめる気なのか!
作者はまだ何も考えていないぞ!?
がんばれ作者!
そんなこんなですが、学校へ通う最後の一ヶ月は。
無印のテイストを目指してお届けする予定です。
どうぞお楽しみに!
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 27.5冊目📚 如月 仁成 @hitomi_aki
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