タケのせい


 ~ 一月二日(木) ~

 タケの花言葉 節度



 お正月の冷たい朝。

 あご先を温めるのは。

 お雑煮の湯気。


 おせちの器から。

 藍川家の定番。

 ウズラの醤油漬けを取り皿によそると。


 お湯に潜らせたとろとろお餅に。

 きな粉をまぶした小鉢が目の前に置かれ。


「お正月らしいの」

「ええ。例年通りですね」


 いつものお正月通り。

 俺のお隣りで、いただきますと手を合わせ。

 祝箸をその手に取って。


 その箸でレタスと目玉焼きをトーストに乗せてから。

 幸せそうにかじりつくのは藍川あいかわ穂咲ほさき


「……ほんとにいつも通りですね」

「二日続けて同じの食べたくないの」


 そんな視界の向こう。

 おじさんとの思い出が詰まった和室も例年通り。


 酔いつぶれて。

 他所のお家でそのまま寝ている夫婦がいるのです。


「……きっと、いい初夢を見ていることでしょう」

「毎年変わらずなの」

「おっしゃる通り。節度も知らん二人が、ご迷惑をおかけします」

「ご迷惑くないの。ママが楽しそうで、おじさんもおばさんも楽しそうで。お正月のいつも通りは、実に幸せなの」


 そう言っていただけると嬉しいのですが。

 でも。


「……いつまで、いつも通りでいられるのでしょう」


 例えば、来年の正月は。

 俺は専門学校の友達と。

 君は就職先の皆さんと。

 どこかへ出かけているかもしれませんし。


 そんな未来を想像していたら。

 藍川家のおせちの定番。

 チーズ入りはんぺんを取り皿へ乗せられました。


「今年のは、実にいい感じにできたの」

「おせち作りを今回初めて手伝ったので知りませんでした。これ、手作りなのですね」

「そうなの。よそじゃちょっと食べられないの」


 そうか。

 藍川家でお正月を過ごさねば。


 このはんぺんを食べることは。

 できないという訳なのですね。


 俺の不安を。

 エサで繋ぎ止めようとした穂咲の計略は。


 なかなかどうして。

 有効だったようなのです。


 俺は、どこかほっとしながら。

 はんぺんに一口かじりつくと。


 いつも通り。

 変わらぬ味が。


 口の中を満たしたのでした。



「あら、おはよう。……ほっちゃん、お餅無しでお雑煮ちょうだい」

「はいなの」

「おばさん、よく起きることできましたね」

「毎日早いからね。これでもぐっすり寝た方よ?」


 寝間着のままおばさんが起きてきて。

 いつもの椅子に腰かけるのですが。


 そうは言いましても。

 昨日、四時ごろまでどんちゃん騒ぎしていませんでした?


 俺ならきっと。

 昼まで熟睡なのです。


「毎年すいません。節度を知らん二人が和室をめちゃめちゃにして」

「へーきへーき。あの二人、起きたらちゃんと掃除してくれるから」

「ああ、そう言えばそうでしたよね」

「そんな二人じゃなかったら、これほど仲良くなってないわよ」

「なるほど」


 そのように言われて大変恐縮なのですが。

 残念ながら、その解釈はちょっとだけ違います。


 あの二人が、二日酔いの寝起きという状態のせいで滅茶苦茶な掃除の仕方をするので。

 大抵、妖精さんが肩を落としながら改めて掃除しているのです。


「でも、なんでもかんでも手当たり次第にゴミ袋へ突っ込むので。大切なものとか退避しておいた方がいいのです」


 そう言いながら。

 いびきをかく二人の周りをよく見てみれば。


「せっかく見つけたのに。二人に捨てられてしまいますよ、オルゴール」


 年末に。

 大騒ぎを巻き起こした指輪ケース。


 俺はひとまず回収して。

 おばさんの前に置きました。


 ……そう言えば。


 このオルゴール。

 どこで見つけたのでしょうか。


 まーくんが売ってしまって。

 追跡不能になっていた品ですよね、これ。


 俺が質問しようとして。

 一口かじったお餅をゴクンと飲み込むまでの間に。


「そうだ。今更だけど、これどうやって見つけたのよ」


 ……おばさんに。

 セリフを取られてしまったのです。


「え? おばさんが見つけたのではないのですか?」

「道久君が見つけたんじゃないの?」

「二人とも、なに言ってるの?」


 そこへ、お雑煮と祝箸を手に。

 穂咲が眉根を寄せながら戻って来たのです。


「それは、パパがあたしにくれたの」

「だからほっちゃんのじゃないってば」

「君の部屋は隅々まで探したけど無かったじゃありませんか」

「そりゃそうなの。だって、去年のクリスマスにパパがくれたんだから」

「……そうでしたね。君、ずっとそれを言っていましたよね。どういう意味なのですか?」

「そのまんまの意味なの」

「あ、なるほどね。ねえ、ほっちゃん。それって、パパ宛ての小包の話?」


 おじさん宛ての小包。

 俺の知らないお話に。

 穂咲はコクリと頷くのですが。


「差出人は? 箱にラベル貼ってあったでしょ?」


 さらなる質問には。

 首を横に振ったのです。


「あのね? 英語しか書いてない箱って、なんだかすぐ捨てたくならない?」

「ならねーわよ。ってことは、捨てたのね?」

「……ダメだった?」

「やれやれ。でも多分、まーくんよね?」

「ええ、今度聞いておきましょう。それにしても、ほんとに良かったのです。おばさんたちの指輪が戻ってきて」


 俺がおばさんとにっこり笑顔を交わすと。

 穂咲がまたもや面倒に絡んでくるのです。


「違うの! あたしの指輪なの!」

「ああ、はいはい。それよりおばさん。おばさんの指輪ケースとオルゴール、手作りなのですか?」

「ちゃんと聞くの! それ、あたしの! 道久君の耳は節穴なの!」

「よく聞こえそうですね」


 興奮していたせいで。

 自分の言い間違いに気づいていないのでしょう。


 荒ぶる穂咲を無視していると。

 おばさんは、オルゴールを撫でながら。

 教えてくれたのでした。


「そうよ、手作り。おばさんたちの結婚式はね、全部手作りだったのよ」

「へえ……。なんだか、素敵なのです」

「あはは! おばさんは文句ばっかり言ってたけどね! ……道久君のお父さんとお母さんと。あと、おじさんと。四人でよく出かけていたところに新しい教会が建つことになってね、そこをお借りしたの」


 そしておばさんは、古い品なのでおっかなびっくり。

 慎重に、少しだけオルゴールのねじを巻いて。


「その時、お世話になったお姉さんに作ってもらった品なのよ? 指輪ケース二つが入ったオルゴール」


 大事そうに記念の品をテーブルに置いて。

 その蓋を開くと……。



「……あちゃあ。やっぱ壊れちゃってるか」



 残念ながら。

 オルゴールからは一音たりとも音が奏でられることはありませんでした。


「むう。残念なの」

「知り合いにオルゴールの職人がいまして。修理を頼んでみましょうか?」

「え? ……別にいいわよ。曲も歌詞も、多分忘れること無いから」


 そう言いながら。

 ニコニコとされているようなので。


 俺がしゃしゃり出る必要もないでしょう。


「……ほんと良かったのです。おばさんたちの指輪が見つかって」

「違うの! あたしのなの!」

「君はそればっかしですね」

「ひとの話をちゃんと聞くの! 耳を皿にするの!」


 ああ。

 またですか。


 俺は、新年早々言い間違いばかりのこいつの指示通り。

 耳の上に。


 ゆでだこを乗せてみました。


「…………ひと品しか乗りません」

「何やってるの? 変なことばかりする道久君なの」


 そして、いつも通り。

 例年通り。


 自分の事を棚に上げる言葉しか吐かない穂咲をにらみながら。


 耳に乗ったタコを指差したのでした。


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