夢➀(陽太)
「あれー?ここ入口じゃなかった!」
指定されたカラオケボックスの個室を探している途中。
『ここだ!』と、思って開けたのは――従業員用の休憩室だった。
「……い、いらっしゃいませ!?」
「あ、すみません……」
中にいた店員さんと目が合った私は――気まずい思いをしながらそっとドアを閉めた。
休憩中なのを邪魔してごめんなさい。私は両手を合わせてペコリと頭を下げた。
「なにやってんのー!」
「わっ……!」
ガバッと私の背後から親友の
「ええと……間違っちゃった」
「えー?またー?相変わらずアンタは天然なんだから!」
苦笑いを浮かべながら紗英ちゃんの方を振り向くと、紗英ちゃんは私の失敗を笑い飛ばしてくれる。
そんなサバサバしていて明るい黒髪ロングのスレンダー美人な紗英ちゃんが私は大好きだ。
「どうした?」
「また何かやらかしたん?」
「なになにー?」
後ろからゾロゾロと三人の男友達が揃って歩いて来た。
またとは失礼な!
「部屋間違えて開けたらしいよ」
「紗英ちゃーん!!」
「別に今に始まったことじゃないでしょ?」
「そうだけど!」
まださっきの失敗が尾を引いているのに、イジられるのはキツいって!
恥ずかしすぎて顔面から火を噴きそうだ……。
「はいはい。時間限られてんだから部屋入んぞ-」
三人の中で一番背が高く、面倒見の良いお兄ちゃんみたいな
困っている私を見かねて助けてくれたのだろう。
因みに、指定された個室は、さっき間違えた部屋の隣だった。
うっ……。思い出したらまた恥ずかしくなってきた…………。
「中でじっくり聞かせろよ?」
「絶対イヤ!その顔はイジる気満々だもん!」
三人の中で一番のお調子者の
「あーあ。陽太が怒らせた」
男の子なのに、女の子みたいに可愛い
「ほどほどにしないと嫌われるよ?」
ニッコリ笑顔の葵君だが……私達五人の中で一番怒らせたら怖いタイプである。
笑顔で平然と毒も吐く。
「さあ、バカを拗らせた陽太はほっとこう」
「バカを拗らせたってなんだよ!」
「はいはい。バカを拗らせ中のバカもさっさと入りなよ」
「おい!バカバカ言うな!」
葵に促されながら個室に入ると、先に中に入っていた紗英ちゃんと陸君がリモコンやマイクをテーブルの上に用意してくれていた。
「紗英ちゃん、陸君ごめんね!」
「別に大したことじゃないよ」
「気にすんな」
紗英ちゃんと陸君は首を振りながら笑った。
「そうだぜ。こういうのは陸に任せておけば間違いないんだ」
「お前は少しは気にしろ!」
「あたっ……!」
陽太は葵君に手刀をお見舞いされていた。
「ふふっ」
二人のやり取りが面白くて、思わず笑みを漏すと気付いた葵君が一緒に笑ってくれた。
――――実は、私は男子が苦手である。
乱暴で、デリカシーに欠けて……意地悪なことばかりする。
そんな過去のトラウマが私に苦手意識を持たせている。
しかし、この三人だけは違う。
何が違うのか……それは三人とも他人を思いやれる優しさがあるから。
同年代の男子達の中で一番大人びた性格の三人だからかもしれない。
……正直、陽太はギリギリだが。
男三人、女二人。私達は高校の中で一番気の置けない五人グループ。
私達は五人で一緒にワイワイ騒ぎながら学校生活を満喫していた。
四角いテーブルの半分を囲むように置かれたコの字型の広いソファー。
だが、高校生が五人もいるとなかなかに狭い。
私と紗英ちゃんはお手洗いに行きやすいように両端に別れて座り、その間に陸君、葵君、陽太が自由に座るのが、いつもの席順である。
「凛音」
名前を呼ばれた私は、タブレット型のリモコンからチラッと顔を上げた。
「……何?」
「うわっ!すんげーイヤそうな顔!」
……当たり前だ。
今日、私の右横に座ったのは陽太だ。
しかもさっきの
絶対にイジられるに決まっている!
「悪かったって。さっきのはイジらないから睨むなよ」
「……本当に?」
「ああ。約束する」
ニッコリと笑いながら陽太は小指をこちらに向けてくる。
「ほら、約束」
指切りって……小学生?
思わず――ツッコミそうになったが、私は苦笑いを浮かべながら陽太の小指に自らの小指をそっと絡めた。
……私よりも長い指。少し堅い皮膚。
触れあう指先から、陽太は男の子なんだな……と思うと、一瞬だけドキッと心臓が跳ねた。
「……意地悪しないでね?」
身長の低い私が陽太を見ると、どうしても上目遣いになる。
照れ隠しで少しだけ頬を膨らませながら陽太を見ると――――何故か急に視線を逸らされた。
「陽太?」
……訳が分からない。自分から指切りをしようとしたくせに。
私はソファーから腰を浮かせながら逃げる陽太の視線を追うと、急に陽太がこちらを向いたので、私はまたソファーに座り直した。
「はい、やーくーそーくー!指切った!」
「ざ、雑じゃない!?」
「いーんだよ!」
指切りが終わると陽太はまたプイッと横を向いてしまった。
「……陽太」
『指切った!』はずの指がしっかりと繋ぎ直されたのは……どうして?
「……何?」
こっちを見ないくせに……私達の間の距離がなくなったのは……どうして?
右隣から直接伝わる体温。
緊張から……胸が締め付けられて落ち着かなくなる。
「あ、あの……あのね」
繋がれた手にギュッと力を込めながら見上げると――――
今までに見たことないような……真面目な顔をした陽太が私を見ていた。
まさか……見られているとは思わなかった。
思わず瞳を見開いた私と目が合った陽太は、フッと目元を和らげると少しだけ顔を傾けた。
ゆっくりと近付いてくる陽太の顔を見ながら――――
私……陽太とキスしちゃうんだ……と、そうぼんやりと頭の片隅で冷静に考えていた。
そんなぼんやりとした頭の中とは対照的に、心臓はバクバクと早鐘を打ちながらギューッと胸を締め付けていく。……息苦しいのに心地良い。
そんな矛盾を感じながら――私は瞳を閉じることなくその瞬間を迎えた。
「……っ!」
……初めて触れた陽太の唇は、ちょっとカサカサしていたけど、ふんわりと柔らかかった。まるで小鳥がついばむように何度も角度を変えながら繰り返されるキス。
初めてのキスは想像していたものよりもずっと熱くて……甘かった。
いつものお調子者の陽太とは違う。楽しそうにギラッと光る瞳は、獲物を捕らえた獰猛なライオンのようにも見えた。
怖くなった私は陽太の胸元をグッと押したが、陽太の身体はビクリともしなかった。
「そんな顔したって止めてあげないよ?」
瞳を細めた陽太にその手を簡単に押さえ込まれてしまう。
この先を想像して身構えた私がギュッと目を瞑ると―――――
ガン!!
すぐ近くから大きな音が聞こえた。
「えっ!?」
突然の衝撃音に驚いた私が瞳を開けると、そこには…………
仁王立ちした葵君と陸君に囲まれた陽太の姿があった。
陽太が頭をさすっていることから想像すると―――二人のどちらからに頭を叩かれたのだろう。私は、チラッとテーブルの上に不自然に置かれたトレーを見た。
私はといえば……いつの間にか紗英ちゃんに抱き締められていた。
「この野獣が!『そんな顔したって止めてあげないよ?』ってなんだよ!バカなの!?」
「お前、本物のバカか!凛音の気持ちとか考えろや!」
「不能になってしまえ!」
「凛音の気持ちを確認する前にやることやってどうすんだ!」
「陽太はホント救いようのないバカだよね!」
「本気でいっぺん死んでこい!」
葵君と陸君から交互に言われる散々な言葉を陽太は黙って俯きながら聞いている。
そうだ……みんな居たんだよね!?
ってことは……見られ…………!!?
もうダメだ……もうダメだ……もうダメだ……!!!!
恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ……!
「紗英ちゃん…………」
「陽太はみんなでシメるから、凛音は犬に噛まれたとでも思って忘れなよ!」
私は紗英ちゃんにギュッと抱き付いた。
甘くて優しい紗英ちゃんの匂いは私の心を落ち着かせてくれる。
「「お前は一ヶ月間、凛音への接触禁止な!!」」
「マジ!? それだけは勘弁してくれ……!!」
カラオケボックス中に陽太の悲痛な叫びが響いたのであった。
*****
追記。
三人の男友達のはずが四人いた……名付けの迷走っぷりΣ(´□`;)
悠斗=陸でした。すみません……。
現在は修正済みです!
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