残酷な選択

※この話には少し残酷な描写が含まれています。苦手な方はご注意下さい。


****


『愛する人がゾンビになったら、あなたはどうする?』


→①置いて逃げる

 ②一緒にゾンビになる

 ③誰かに殺してもらう

 ④自分の手で殺す


それは、よくあるスマホの診断アプリの中の質問だった。



「えー、何なのこの質問」

「んー?そんな答えにくい質問きたのか?」

放課後の教室で、思わずスマホを持ったまま固まってしまった私の手元を陽太ひなたが覗き込んでくる。


「あー、どれどれ……って、マジで答えにくいやつな」

私からスマホを奪った陽太は、その画面をマジマジと見ながら片手を顎に当てた。


「究極の選択だな……。藍那あいなならどうすんの?」

「選べないから困ってんのー!」

「はははっ。それな」


そもそも、こんな平和な世界にゾンビが現れるとか、愛する人がゾンビ化するとかなんて、非現実な世界すぎて想像が出来ない。


もし、そんな時が実際に起こったら……私はどんな行動をするのだろうか。


「……陽太ならどうする?」

「俺?……俺は④番かな。自分の手で殺してやりたい」

陽太の答えが意外すぎて、私は思わずパチパチと瞳を瞬かせた。


「へっ?そんなに意外?」

「うん」

陽太は虫も殺せない様な優しい性格をしているからだ。お人好しで明るくノリの良い……私の大好きな人。


「んー……まあ、そっかなー」

陽太は苦笑いを浮かべながら人差し指で頬を掻いた。


「正しくは④番と②番なんだけどな」

「②番と④番……?」

「違う、違う。④番と②番」

「えー?何が違うの?同じじゃない!」

頬を膨らませた私の眉間を陽太がつついた。


「俺の中では重要なの!自分の手で苦しまないように楽にしてやりたいけどさ……出来ないなら一緒にゾンビになるのも良いかもってな。そしたら一緒にいてやれるし」


……やっぱり陽太は、私の大好きな優しい陽太だった。


「じゃあ、私も陽太と一緒の④番と②番にする!」

私はギュッと陽太の腕に抱き付いた。


陽太の白い半袖のシャツからは、太陽の様な優しい匂いがした。


「真似っ子か!まあ、良いけどさ。俺は藍那にだったら殺されてやってもいいよ」

陽太はそう言って笑いながら私を抱き締め返しながら、クシャッと頭を撫でた。


「陽太、大好き!」

「俺もだ!……って、平和だな俺ら」

「平和が一番だよ!」

「まあ、確かにな」



――――そう。

こんな平和がいつまでも続くと思っていたんだ。



****


「ぐわぁあっ……!」

冷たい床の上でもがき苦しむ大好きな人を、私はただただ涙を流しながら見ていることしか出来なかった。


……どうして、こんなことになったのだろうか。

さっきまで他愛も無い会話をしていたというのに……。


「きゃーー!」

「ぎゃあああ!!」

町中の至る所から叫び声や断末魔が響き渡っている。

まるでホラー映画のワンシーンに取り込まれてしまったようだ。


校舎を出るまでは普通だった。



なのに……。

私達が校舎を出たのと同じタイミングで、外で部活動をしていた生徒達が倒れ込み、苦しむようにのたうち回り始めたのだ。


「……何だこれ……」

「ドッキリじゃないよね……?」

「……ああ。そんなことする意味ないだろ」

「どうしよう。せ、先生は……?」

縋り付くように陽太の腕に手を伸ばすと、その腕は小刻みに震えていた。

動揺しているのは……怖いのは自分だけじゃないと分かった私は、逆に冷静になれた気がした。


だけど、安心している場合ではない。


苦しみ、のたうち回っていた生徒達がユラリと立ち上がったのが見えたからだ。


その姿は――――まるで、ゾンビの様だった。

皮膚は爛れ、眼球や口などの至る所から血を流していた。


「陽太。逃げよう……!」

「あ、ああ……!」

私は震える両手で呆然としたままの陽太の腕を引っ張った。


取り敢えず校舎に逃げて……そこで助けを待とう。



そう思ったのに……。

二階の特別教室に一緒に逃げ込んだ陽太の様子がおかしくなった。


校庭でゾンビになった生徒達と同じように苦しみ出したのだ。


「陽太!大丈夫!?」

「……っ!!」

「……えっ!?」

もがき苦しむ陽太の背中を擦りながら寄り添った私を陽太が急に突き放した。


「陽太……どうして」

「お願いだから……!近付かないでくれ!!」

「ひ、陽太……」

「……くっ!……駄目だ」

私を見上げた陽太の瞳からは血が噴き出ていた。


「ひ……なた?」

黒目は白く染まり、皮膚は爛れ……。


徐々に外の生徒達と同じになっていく。


そんな……陽太が……陽太が……。

呆然と立ち上がった私の身体は、フラリと後ろによろけた。


……嘘。こんな夢みたいなことが起こる訳がない。

だったら、どうして私は無事なの?

どうして私だけが……。

ボロボロと涙が溢れてくる。


私は涙を拭うことも出来ないままに、陽太の苦しむ姿を見ていることしか出来なかった。



――どの位の時間が経ったのだろうか。


ほんの数分だった気するし、何十時間が経った気さえもする。


この瞬間が永遠に来なければ良いのに……。

そう願った私の希望は無残に打ち砕かれた。


「うあ”あぁぁぁ……!!」

ユラリと立ち上がった陽太の瞳には、もう私は写ってはいなかった……。


ふいに……

「俺の中では重要なの!自分の手で苦しまないように楽にしてやりたいけどさ……出来ないなら一緒にゾンビになるのも良いかもってな。そしたら一緒にいてやれるし」

そんな陽太の声が頭の中に響いた。


あの時の私は、陽太と同じ選択をした。


だけど、今の私は…………。


「う”ぁぁぁぁ……あぁぁ」

明らかに、私を害する為に近付いて来る


私はギュッと唇を噛み締めた。

噛み締めた唇から錆の様な味を感じたが……私は構わなかった。


私は……私の選択は…………。


目の前の状況から視線を外さない様にしながら、ジリジリと後退していく。


陽太……。陽太……!

愛しいその名を叫びたいのに、心が素直に叫ばせてはくれない。


……神様なんていなかった。


「あ”ぁぁぁぁ……」


……ごめんね。

そんなに苦しくなるまで、何もしてあげられなくて……。

だって、『嘘だよ』とか『冗談だよ』って言って、私を驚かせる為のお芝居をしていたかもしれないじゃない?


……私は、そう思いたかった。

そうであって欲しかったんだ。

でも……もう。


後ろ手で探りをしながら、私は作業台の中から包丁を取り出した。


逃げ込んだ先が調理室だったのが、良かったのか悪かったのか…。


包丁を持つ手がカタカタと震えていたが、両手で包丁を構え直した私は……覚悟を決めた。


「う”あ”ぁぁぁぁあ!」

ソレが私の方に襲い掛かって来たと同時に、私もソレに向かって走り出した――――。



***


「陽太……。どうしてこうなっちゃったのかなぁ……」

瞳から溢れたしずくが、陽太の頬を伝う。

私は泣きながら陽太のをギュッと抱き締めた。


平和だったあの時はもう二度と戻らない。


――残された私は、第二の選択をする


「……陽太。私も逝くからね」


陽太の頭部を抱いたまま、私は自分の首筋に包丁を滑らせた。


私がゾンビになった時に、殺してくれる筈の陽太はもういない……。

だから私は自分も一緒に死ぬことを選んだ。


――残酷な現実を前に、私が選んだのは④番とそこにはなかった選択だった。



――fin――



*********


うーん。なかなかに鬱な展開……。

救いも何もない!

しかも始めからフラグの乱立とネタバレ感……捻りも無い(゚Д゚;)


と、私には珍しいジャンルのお話でしたが、診断アプリでこの質問を見た時に、私だったらどうするかな?と思ったら……書きたくなりました。


因みに、私の選択は藍那と一緒です^^


皆さんならどんな選択をしますか?

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