報告書.30

 9月5日

 写真集に載せる写真を吟味する為に藤戸さん他数名の方々と会議。

 私の住居である格納庫の真ん中に机と椅子が用意され、私は少し離れた位置から寝そべって様子を見ていた。


 軽い話し合いかと思っていたが場合によっては機密事項に関わってくるという事から、そこそこ偉い方々も参加されていて正直ビビる。

 とはいえ別にそこまで大ごとなわけでもないので終始和やかに話は進んだ。


 私のやる事と言えば、時々プロジェクターで壁に映し出された私の写真に対して、

「いいですね」

「大丈夫です」

「その方向で」

 と時々コメントを入れる事だけだった。


 誤解の無いように言っておくが写真はどれも素晴らしい出来栄えで、流石は藤戸さんと思わず唸る程だったが会議は会議。

 余り脱線した事を喋っていては偉い方の印象を悪くしてしまうので硬い返事しか出来なかった。


 もう少し気の利いたコメントが出来れば良かったと藤戸さんに詫びると、

「まあ、この雰囲気じゃ無理があるよ。流石に俺もふざけられなかったし」

 と肩を竦めて資料を片付けていた。


 今後は厳選された写真の内、他の怪獣が写っているものに関しては再度、それぞれの研究所に使用許可の確認を取り、ゴーサインが出れば見本を作成。

 デザイン面などの調整を経た後に、刊行という流れになるそうだ。


 いよいよ自分の写真集が世に出回るのかと思うと今更ながら妙な緊張感を覚える。

 これまでは話の中でしか存在しなかったものが、仮の資料とはいえ目の前に出されて、多くの人がそれについて話し合っている姿を見ると、そりゃあ自覚も出てくるというものだ。


 机と椅子が自衛隊の方々によって片付けられ、格納庫内には私と博士と藤戸さんだけが残された。

 出入り口から差し込む西日の眩しさに目を細めていると、隣で小さくシャッター音が鳴って思わず苦笑した。


「相変わらずチャンスを逃がさない人ですねぇ」

 と藤戸さんの方を向くと、

「プロはいつだって気を抜かないのさ」

 とニヤニヤとした顔でカメラを構えたまま私を見上げていた。


「どうだい?今日はこもりきりだったし陽が落ちる前に少し散歩しよう」

 出不精の博士にしては珍しい提案だったが、いくら和やかな雰囲気でも会議は疲れるものだ。

 流石にリフレッシュが必要なのだろうと思い、申し出に藤戸さん共々同意した。


 ついでに折角ならとイベントの時に使うくらを引っ張り出してきて背びれに注意しながら背中に装着し、二人に乗って貰う事にした。

 

 私が二足歩行しては歩幅が合わないし、第一ちょっと危ない。

 その点これを使う時は私は四つん這いになって歩くから、さながら大きな馬に乗っているようなものだから、お互いにゆっくり会話もできる。

 まあ、四つ足歩きが出来るようになったのは本当に最近のことで鞍もまだ一度も使ったことのない新品だ。


 これには藤戸さんも大いに喜び、また私の写真を撮り始めてしまったので出発する頃にはさらに日が傾いてしまった。

 二人を落とさないように注意しながら一歩一歩、文字通り這うように歩く。

 中学生の頃、筋力トレーニングの一環としてイグアナ歩きと呼んでいたものをやっていたが、まさかここに来て同じ動きをすることになるとは思わなかった。

 やや郷愁の念に駆られたが、キツかった記憶しかないのでこれに関しては特に戻りたいとは思わない。

 寧ろ今の自分の方が滅茶苦茶ラクに出来るのでちょっと得した気分だ。


 歩きながら三人で他愛もないことを色々話した。

 藤戸さんの助手さんは今、海外で行われているコンクールに参加しているそうで来週には帰国するそうだ。


「会議よりはよっぽど有意義だろうよ。ついでに見聞広げる為に遊んで来りゃいいって言ってやったんだがアイツ変に身持ち固いからなぁ」

「お、私の写真集の会議ですよー?退屈だったって言うんですかー?」

「君だって寝てただろう?時々、明らかに瞼が落ちていたじゃないか」


 まあ概ねこんなことをだらだらと喋っていたような気がするが、久しぶりに私がまだ制服を着ていた頃を思い出した。

 堅苦しい学校から解放され帰宅するまで。

 今日のような夕日に照らされながら友人達とバカな事で笑いあっていた。


 時間にすれば三時間にも満たない時間だったと思うが、あの頃は今よりもずっと長くて楽しく感じたものだ。

 今日の散歩はそれよりも随分短いものだったが、そんな忘れかけていた日々に戻ったかのようだった。


 すっかり辺りも暗くなって迎えのジープに藤戸さんが乗り込む際に、もう写真集第二弾の話を口にしていた。

 今日の夕日に照らされた私の顔が気に入ったらしく、まだまだ撮り足りない魅力があると少年のように熱弁する姿が妙におかしくて、また笑ってしまった。


 思えば私も随分笑えるようになった。

 私を支え、ケアしてくれる皆のお蔭だ。


 今日は私にとってとても良い日となった。

 願わくば今後もそうあって欲しいと切に願う。


 追記:

 藤戸さんが写真を送ってくれた。

 気に入ったのでウェンズデーにも送ってやったら

『トカゲの日光浴(笑)』と返ってきた。

 あの女、次会ったら覚えていろ。



 コメンタリ:

 コ「あー、この時期でしたか、写真集の会議は」


 は「まだ世の中に話題が出てない頃だね。ほぼ手探り状態だったけど楽しかったよ。ついでに鞍もここで初使用だね。まさか藤戸さん乗せるとは思わなかった(笑)」


 コ「完全にその場の思い付きでしたからね『今なら出来るじゃん!』ってノリで言っちゃいましたもん。でもお蔭で藤戸さん大盛り上がりでしたね」


 は「終始『すげー!すげー!』って騒いでたからね。ホントに学生ノリだったよ。でもこの時は私も良い体験が出来たなー、ありがとね」


 コ「いえいえ、いつもお世話になってますからー」

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怪獣コゲラの報告書 稲荷 古丹 @Kotan_Inary

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