第6話 クエスト内容はなんだ?

 次の日、仕事を大急ぎで片付けて、いそいそと家路についた。

 途中の弁当屋でおかずを仕入れ、早めに夕飯を取る。カラアゲとサラダ。ご飯だけは炊いた。

 食器を片付ければ午後9時だが、これから『GWO』内では3倍の時間が過ごせる。そう考えると、なんだか余裕が出てきた気がするから不思議だ。実時間は変わらないのに。

 俺は一通り支度が済んだのを確認し、ゲームにログインした。


*****


 再び目を開けたとき、俺の目の前には銀色の壁が広がっていた。

 思わず面食らっていると、上から銅鑼声が降ってくる。


「おい…」


 何事かと思って上を見ると、鬼のような強面の顔が俺を見下ろしている。どうやら目の前の銀色の壁は、この強面の鎧らしい。片手に槍を持って、そのまま俺を見下ろしている。

 ぽかんと見上げていれば、男がふんと鼻を鳴らす。


「おい! あんた聞いてるのか!」

「え、ああ、すみません!」


 あまりの衝撃の呆けてしまったが、目の前の人物のご機嫌は悪くしてしまったらしい。

 慌てて立ち上がれば、男は俺より頭二つ分もでかい。なんとなく鬼のようなボサボサの髪を逆立たせ、その巨体にふさわしい大声で怒鳴ってくる。


「こんなところで眠りこけてなにやってんだ!」

「ああー、今、目が覚め、たんですかね?」


 正直ログインしてきなりこれでは状況がわからない。俺が目を白黒させていると、大男が呆れたようにため息を付いた。


「あんた、異界人か?」

「え、そう、ですね」

「だったら宿を取れ。スられても文句言えんぞ?」


 男が言うに、この当たりは治安もいいが、それでもスリは出るらしい。なので家がないものは宿を取るのが普通なんだとか。言われてみれば当たり前だった。


「いや、すみません。言われるまで気づきませんでした…」


 考えてみればここは日本でもないのだ。そういう設定のNPCだったり、プレイヤーがいてもおかしくない。もともと大して戦闘するつもりもない人間なんて、そういうやつからすればいいカモだろう

 俺が謝れば、大男もため息をつく。


「あんた異界人の中でもトロそうだな…。前のやつなんて殴りかかってきたぞ?」

「あはは…。私はそういうタイプではないので…」


 異界人とか言っているあたりひょっとすると、自分みたいに不注意にログアウトするプレーヤー向けの注意なのかもしれない。それにしても随分荒っぽいプレイヤーだな。


「すいません。今後注意しますね」

「そうしてくれ。俺はクラブ、この街で衛兵やってる」

「あ、衛兵さんですか…」


 出会い頭の怒鳴り声でなにがなんだかわからなかったが、これがそういうイベントの一種だと思えば冷静に見る余裕も出てくる。今回は失敗だった。


「私はトレスです。今後お世話になるかもしれないので、よろしくお願いしますね?」

「できれば俺が出張るような厄介事に巻き込まれないでくれよ?」

「あはは…。ごもっともで…」


 口も悪いし顔も怖いが、その目は思っていたより優しげだ。多分心配してくれたんだろう。…それにしても衛兵か。


「あのー、早速なんですが、ちょっと聞いてもいいですか?」

「あん?」


 クラブは予想通りぶっきらぼうな返事をしながらも、ちゃんとした衛兵らしい。俺の質問をしっかり最後まで聞いてくれた。

 俺の話を聞き終えると、クラブはガリガリと頭をかく。


「なんだいあんちゃん。図書館に用だったのか?」

「ええ、何より大事な用事なんです」


 俺は串焼き屋のジルバから聞いた話をそのまま伝えた。街のうわさ話だが、これがなかなか面白い。

 だがこの話には、いくつか穴があったのだ。まずそれを知らないとどうしようもない。ポイントは3つ。

 1、なぜ鍵が使えなくなったか?

 2、だれがここを管理していたのか?

 3、解決方法はあるのか?

 これがわかれば良いのだ。ジルバもせいぜい街の噂程度の話しか知らなかった。だが、それが衛兵ならどうだろう?

 俺は期待にしながら、頭をかいて考え込んでいるクラブを見た。


「…つっても、俺も大したはこと知らないぞ?」

「それでも結構です。なにかご存知ありません?」


 クラブは槍にもたれかかるようにしながら口を開く。


「まず、俺はなんでそんな事になったか知らん。どうしたら直るかも知らん」

「なるほど?」


 クラブいわく。

 もともと、図書館は人気のある建物ではないらしい。本は大半の人が読めないし、せいぜいなにかの拍子に手に入った本を持っていくだけらしい。そうすると買い取ってくれるんだとか。


「図書館が買取を?」

「ああ、変人がやっててな。アルゴア図書館なんて言うが、あいつ個人の屋敷なんだ」

「ほほう」


 その変人がオーナー、と。

 そのオーナーはたまに図書館に顔を出し、そのときに異界の本などを持っていくと買い取ってくれるらしい。アルゴアの住人が使うのは主にその時らしい。なんというか。


「…もったいない」


 なぜそこで売り払うんだ。普通手に入った本は読むだろう。古本屋を渡り歩いて買った本。マーケットで探し回って手に入れた本。それをなぜわざわざ売り払う。

 この世界でも異界の本は貴重らしい。たまに魔物がドロップするらしいので希少アイテム扱いだ。だったら読まなければ嘘だろう。そう思うんだが。

 俺の主張に、クラブはなんとも言えない顔だ。


「つってもなぁ…、俺らには異界の本は読めないんだよ。専門のスキルが要る。それにあそこの本は、大抵ロクなもんじゃない」

「ほう…」


 なんでももともとはオーナーが魔導書を集めるための倉庫として始めたのがこの図書館の始まりらしい。中には妙なものが混じっていて、おかげで町の住民は危なくて近づかない。

 そして異界の本を読むのには異界言語理解というスキルが必要だそうだ。長いこと本を眺めていると、突然神からの啓示によって持つことができるのだとか。たぶんだが、三音が言っていたのがこれだ。

 誰にでもできるものではなく、こっちの住人だとそのスキルを持てるのは数えるほどらしい。だからますます住人の足は遠のいているそうだ。


「もし持てれば、帝都学会辺りまで行けるって話だな。この街だと、もってるのはその変人、ミラーダくらいだ」

「へぇ…。ミラーダさんですか…」


 オーナーの名前がミラーダらしい。この町で唯一の異界言語理解持ちで、そんなふうに本を集めて読みふけっているのだとか。実に趣味が合いそうだ。

 その後、いくつか興味深い情報をくれた後、クラブとは仕事にもどるというので別れることになった。


「ふむ…」


 俺はベンチに座り直し、腕を組んで考える。クラブのおかげで色々わかった。

 まず図書館が開かなくなった、という部分だけが住人の知っている情報らしい。そもそも興味を持たれてない。

 そして、なぜ開かなくなったか把握していない。まあ、これは良い。なんとなくだがクエストな気がする。

 これに関してはミラーダのところに行って、なんで開いてないのか聞いてくれば良いのだ。これが、多分だがクエスト内容だろう。

 ただ、気になることを言っていたのだ。俺はメニューを開いた。


「…マップはないか」


 そのままクラブに地図なり何なりを聞いておくべきだった。

 クラブが言うに、ミラーダが住んでいるのは西の森だそうだ。もし会いたいならそこまで行く必要がある。図書館が開かなくなって以来、ミラーダを街では見ないらしいので多分これは確定。ただ、面倒な問題がある。


「戦闘は、多分無理」


 なんでもその西の森というのはもともと魔物が強いそうだ。

 隣町との街道の一つらしいが、最近魔物が多くなってきて通行止めの状態。町の名のある冒険者でさえ手の施しようがないのだとか。

 今も異界人、つまりプレイヤーが結構な数挑んでいるらしいが、皆返り討ちにあっているそうだ。無謀だといっているのに止めないので、住人には呆れられているらしい。

 ミラーダに会いたければだがそんな中を行く必要がある。

 とてもじゃないが紙装甲が行くのは無謀だろう。ただでさえも戦闘をやる気はないのに。そんな俺がクラブに言えば、耳寄りな話を教えてくれた。


「管理人ね…」


 当たり前だが図書館には管理人がいたらしい。森にこもっているミラーダに変わって、いつもはその子? が図書館を管理していたのだとか。住んでいるのは街の中だ。渡りをつけるだけならむしろこっちのほうが簡単だろうとのこと。家の場所は聞いた。

 

「…お使いクエストじゃなければいいけど」


 ただその子は図書館が開かなくなって以来、町中でも見かけないらしい。

 これでその子のところまで行って図書館を開けてもらう、なんて簡単な内容じゃなさそうだ。お使い型の匂いがする。

 俺は重い腰を上げて、聞いた住所へと足を向ける。

 あー、早く本読みたい。

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