終章

 沈みゆく太陽が、空を海をそして、海岸沿いのゴツゴツとした岩場を赤く染め上げる。間もなく日は沈み、反対側から満月が顔を出すだろう。今日は、年の最後の満月の日。半月後には年が明ける。

 押し寄せる波が、岩場に当たり、飛沫しぶきをあげる。そのような海岸の一角に二人、そして岩場の上の平らになった部分には更に数十人が集まり、海岸を見下ろしていた。

 海岸にいる人は、両手に小さな舟を抱いている。木をくり貫いて作られたその舟は、幅一尺半(45cm)、長さ三尺(90cm)程度の大人一人で抱えられる、人が乗るには小さすぎる舟は、神への捧げ物を載せる舟。一方には反物や酒、餅といった新年の準備が、もう一方には女児を型どった人形が載せられている。人形の心臓部には安里あんりという名の女性の髪が埋め込まれている。

 供物を載せた舟が、海に降ろされ旅だってゆく。海岸の二人が戻ると、人々はしばらく舟を見守っていたが、一人また一人と家路についた。満月とはいえ、日が沈んでしまう前に。


 毎月、満月の日に神への供物を海へ流す。昔はもっと多くの供物を、そして、女の子を捧げていたらしい。それが今では、壬子みずのえね壬午みずのえうまの年の最初に生まれた女性の髪を入れた人形を年の最後の満月に捧げるだけになった。

 怠れば、神の怒りに触れ、災いが起こると言い伝えられているこの行事を、本当の人で行っていた頃は、もっと穏やかでよい気候だったという。今は、長雨の時分もあれば、カンカン照りが続くこともある。年に数回は嵐が来るし、たまに地が揺れ山が火を吹く。それでも、人が生きてゆけぬほどではない。それぞれへの対処も進んでいる。

 きっと誰かは、安里を差し出せばもっとよい生活ができるのにと、思っているだろう。けれども多くの人々は、誰かに押し付けるのではなく、皆で分かち合う方を選んだ。

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楪の見る夢 陽月 @luceri

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