終章

第18話 約束の続き

 二年の月日が経つのはあっという間だった。


 エクスピアとテンエブラの『核』を得た動力炉は、無事に再稼働を果たし、近隣のコロニーにエネルギーをもたらした。アミクスの話では、消耗した二つの『核』によって、ようやく必要分を補える程度だったらしい。


 シモンが二年の間に行ったのは、アミクスとともにドゥクスの残した研究成果であるセルウィの発生を止めるべく、その装置である培養器とすでに起動している個体の破壊、また主動力炉の安定活動を保持および補佐する装置の開発などである。


 またメルマキナの研究に没頭する日々であった。その結果、エリアRには戦闘能力のないかつて人間がそうしていたように、飼育できるセルウィが住んでいる。飼育するといってもただ一緒に暮らすことができるだけなのだが、子供たち喜ぶ姿を見て、つい大量生産してしまう。そしてセドルに注意をされるのだ。とはいえ、シモンの研究によりセルウィに対抗手段が発見されるので、そう強くは言えないのがセドルだった。


「エクスピアのことだけど」


 シモンが支度をしていると、部屋にいたアミクスが言った。シモンたちの間で彼が登場するのは二年ぶりだった。お互いに、話題に出すことを躊躇っていたのだ。


 エクスピアには時間がなかった。その本当の意味に気付いたのは、彼が動力炉の中に消えてからだった。アミクスが心配していたことも、エクスピアがときどきシモンの声に反応しなかったのも、それが理由だったのだ。


 エネルギーを生み出す『核』を削ってまで人間を助け、そのことが原因で身体機能が低下していった。メルマキナのボディは『核』がすべてであり、『核』を削ることはボディを十全の状態に保てないということである。エクスピアはそれをわかっていながら、人間のために自身の『核』を割り、与えていった。


 それは命を分け与えているのと同じだ。


 それも多くの人間を救えるほどの命。


 二年前に聞いたアミクスの話では、シモンと出会ったときにはすでに、『核』は五分の一程度しかなかったらしい。彼らにとっては致命的な量だが、人間にとっては充分な量である。もしかしたら、エクスピアはそのつもりで護衛すると言ったのかもしれない。


 死ぬ場所を見つけた――。


「なに?」


「いや、正確には僕たちのことなんだけど」アミクスはそう前置いた。「百年前の戦争がいきなり下火になったのは、彼のおかげなんだ。その話は聞いている?」


「いえ……、戦争が起きた経緯くらいよ」


「やっぱり」アミクスは笑みを浮かべた。「……人間を殺すことに疑問を持たなかった僕たちの中で、最初にそれを言及したのがエクスピアだった。どうして人間を殺すのか、そこに意味はあるのか、目的が達成されたときなにが残るのか――そんなことを本当にいきなり言い始めたんだ」


「うん」


「そのとき僕たちは彼の言葉に耳を傾けなかった。なにを言っているんだろう、と口にはしなかったけど、みんな心の中でバカにしていたんだよ」アミクスは話を続ける。「だけど、効果はたしかにあった。迷いが生まれ始めたんだ。みんな自分で考えるようになったんだ。与えられた使命をただ遂行することに、違和感を抱き始めた」


「でもテンエブラのようなメルマキナも残っているんでしょう?」


「そうだね。でも彼らも考えたと僕は思うよ。結局、人間を殺すことが生きる意味だという答に辿り着いてしまったけど、僕はそれでいいと思ったよ。きちんと考えて、自分たちなり答を出したんだから。ただ人間を殺すだけじゃない。それ以外にも興味を示したことが重要なんだ。少なからずその興味のおかげで、戦争は一応終結しているわけだしね」


「またいつ始まるかわからないのよね」


「もし起きたとしても構図は大きく変わるだろうね。僕やエクスピアのように人間の命を尊重する考えを持った仲間が、きみたちを守ってくれるよ」


「二人で世界を回っていたのは、世界を見守るのが目的だったの?」


「それもあるけど、同志を集めることが最重要だった。そうすれば戦争の根絶に繋がるからね。力でねじ伏せるとかはしないで、説得をし、納得をしてもらう。ただ破壊するだけなら、根本的に変化していないということだから」


「みんながエクスピアやあなたのようになればいいのに」


「それがエクスピアの望んだ世界だったんだよ。彼は優しいからね。きっとテンエブラのことも説得したかったと思うよ」


「ええ、彼は優しかったわ」


 支度を済ませたシモンたちは静かな基地内を歩き、エレベーターに乗って外に出た。この乗り心地とも今日でお別れだ。


 外にはたくさんの住民たちの姿があった。この二年で加わった仲間もいる。新しい命は育まれ続けているのだ。


 あの日から、砂嵐は一度も発生したことはない。日差しはやはりきついが、いつも心地よい風が吹き、そのおかげで子供たちは外を知ることができたのだ。彼らは太陽を知り、広大な大地に圧倒されていた。


 住民たちに見送られながら、シモンたちは旅立ちの一歩を踏み出した。


 どこへ行くのかは決めていない。


 だが目指すものは決まっている。


 彼が目指した世界の実現。


 それはきっと優しく、心地よい世界だ。


 シモンたちを包む、風のように――。

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デウス・エクス・メルマキナ 鳴海 @HAL-Narumi

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