Final Step 入園の準備をしましょう。さあ、楽しんでくださいね




「……はい、4月入園は2月送付予定の内定通知書で発表されますので、この電話ではお教えできません。お待ちください。では!」


 年も明けた1月末、こんな問い合わせが多くなる時期であるが、11月の入園申請の時期に発表は2月に入ってからと説明したし入園案内に書いていたはずだ。しつこく説明したはずだ、ホームページにも書いてあるはずだ。

 しかし、入園できるか否かの結果は既に出ている。入園審査を担当するグループから、既に課内に情報が回って来ているので、ヤナギも結果を知っている。部内秘情報だ。


「……柴田さん、入園できるんだ」


 ヤナギが何度も相談を担当した柴田リンカちゃんは、めでたく第一希望の認定こども園希望が丘幼稚園に入園できることになった。2月に送付される内定通知書で、保護者に結果が通知される。


「……変わっていなかったな、あの子」


 短絡的に見えるけれども、きちんと考えて行動する。あと、意外と字が上手。

 市役所職員・ヤナギ千郷チサトはかつて、ヤナギという名ではなかった。

 小学生の頃は、転勤族である父に連れられて各地を転々とし、転校を繰り返していた。消極的な性格であったため、転校先で次々と友達を作る……ということもできなかった。親しい友人もおらず、転校しても誰とも話さずにすぐに別な学校へ、を繰り返す孤独な小学生を過ごしていた。

 彼女が中学校入学のタイミングで両親が離婚し、母の地元である当市に居住して「ヤナギ」になった。中学校を卒業して高校を卒業して、高卒で市役所に入って現在に至る。

 数々の学校を転校した。同級生の中には、話をした人の方が少なかった。その中でまさか、仲良くしてくれた彼女と再会するとは思っていなかった。

 都内の学校で、誰とも馴染まずにいたあの頃のヤナギにプロフィールカードをくれた、グループの輪の中に引っ張ってくれた同級生。結婚して名字が変わっていたけれど、ヤナギは彼女の生年月日を覚えていた。

 好きなアイドルと同じだと、プロフィールカードを交換した彼女は誇らしげに語っていたから。


「……覚えていないだろうな」


 ヤナギはあの学校に2か月しかいなかった。夏休みを挟んだので、実質1か月も通っていない。だからきっと、彼女は自分のことを覚えていないだろう。結婚をしていないのに、名字も変わってしまっている。

 でも、ヤナギは嬉しかった。

 勉学に不要なプロフィールカードを持っていたのを、怒鳴り声が恐い教師に問い質されたことがあった。その時に「自分が持って来て彼女にあげた」とヤナギを庇い、怒られていたのが、彼女――ヒロミだったから。


「ヤナギちゃん、窓口にお客様。里帰り出産で保育園を利用したいって」

「はい」


 サクラサク

 とはちょっと違うかもしれないけれど、保育園の入園内定通知が市内の家庭へと通知された。

 残念ながら、希望した施設へ入園できなかった家庭もあれば待機になった家庭もある。勿論、希望した施設へと入園できた家庭もある。

 ヒロミの元へと届いた内定通知書は、第一希望・認定こども園希望が丘幼稚園への入園内定を知らせてくれた。


「入園に必要なもので、買って来る物。お昼寝用のお布団に、着替えに、タオルに……タオルには、引っかけるためのタグを縫い付けてくださいって」

「えー! 縫わないと。カズさん、こっちのりぃちゃんの持ち物に名前書いて! アイロンでネームタグ付けておいたから、このペン使って。このペンは滲まないから」

「はい!」

「予防接種の時期、月齢毎の体重と身長の記録に、離乳食の様子も書かないと」


 3月になると、今度は入園に必要な書類一式が届いた。その中には認定こども園希望が丘幼稚園の入園案内と、必要な持ち物や施設へと提出しなければならない書類もあった。

 母子手帳を片手に、りぃちゃんの健康状態のみならず普段の排泄の様子や離乳食の計画、かかりつけ医。また、りぃちゃん本人の状態だけではなく、家庭の状況にヒロミとカズさんの仕事先の住所・連絡先。バスを利用しない時の、送迎ルートの地図も描かなければならない。

 これらを全て準備して、4月1日に入園式。そこから慣らし保育を始め、ヒロミは連休前には職場に復帰する予定だ。

 時短勤務にするとか、本部からパートに代わることを勧められているとか、色々考えなければならないことは山積みだけど……りぃちゃんの日々の成長が、母子手帳をめくる度に思い出す。子育ては大変だけど、保活が終わってもりぃちゃんの保育園生活はこれからだけど。


「あ、まーま、まま、ぺんぎんしゃん」

「りぃちゃんゴメン、ママ今かきかきしているから……って、りぃちゃん、今ペンギンさんって言った!?」

「ぺんぎいしゃん」


 4月から、貴女もそのペンギンさんバスに乗って保育園に行くんだよ。

 家の窓から見える、認定こども園希望が丘幼稚園のベンギン号を指さして、りぃちゃんは初めて「ペンギン」という言葉を喋った。

 これから、大変だけど愛おしい日々が、どんどん積み重なっていく。

 子育ては、これからなのです。




 今日はりぃちゃんの入園式!

 1歳のりぃちゃんはまだ制服は着ないけれど、お気に入りの可愛いお洋服でいざこども園!(^^)!

 パパもママもお仕事頑張るよ。りぃちゃんも、楽しい保育園生活になりますように(#^.^#)♡♡♡




令和〇〇年 認定こども園希望が丘幼稚園 入園式

END


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