第3話 あん? ブラジルだろ? ここ?
「逃がさぬ、逃がさぬぞ。せっかく
どうやらマフィアのボスが追いかけてきたらしい。声はトーンの高さから女性のようだ。しかし、ブラジル人なのに『妾』を使うとは日系人かもしれない。
「悪いね、この人は私の大事な夫だ。それに誓いの盃はまだ交わしてないから、連れ戻すのはルール違反じゃない」
洞窟中に響く大声でマフィアのボスに話しかける。
「いや、逃さぬ。妾の大好きな……」
「まさかリョウタがイケてると? こんなメタボが?」
「ユウさん、ひどい」
「あ、心の声のつもりが声に出してしまった」
「ネコ型ロボットに似てるからYomizonプライムで呼び寄せたのに、返せ~」
ズッコケそうになるのを堪える。このスピードでコケたら一巻の終わりだ。そうか、ブラジルではYamazonはYomizonと言うのか。一つ賢くなった。
「リョウタ、だからあれほど痩せろと言ったろ。おかげでブラジルマフィアにまで好かれちまったぜ。というか、ブラジルの通販では人間が商品扱いされているのもクレイジーだな」
「だっ、だってユウさん。ご飯美味しいし、肉も美味しいし、カップ焼きそばも美味しいし……。って、あれはマフィアじゃなくて黄泉の……」
「黙れデ……いや、リョウタ。とにかくマフィアから逃げるぞ」
「逃がさぬぞ。第一、妾が呼び寄せたのは男だけのはず。なぜ、女の貴様がここへ来た。それにブラジルではなくここは黄泉の……」
ボスの声が洞窟中に響く。会話の途中だがガン無視して私は答える。
「さあ? 部屋の穴が空いててがここと繋がってた。地下帝国を作るなら、壊れた鏡なんかじゃなくて、ちゃんとした蓋を作りな」
「Yomizonも質が落ちたのう。ケルベロスヤマトから聞いた事ない配送業者に変わった途端に現世と黄泉の国の空間を塞ぎ忘れトラブルが多発しているとは聞いていたが、まさか女王の妾の注文まで雑にされるとは」
「通販事情はブラジルでも似たようなものなのか……」
「お前、妾の話を聞いてるのか? とにかく男は返さぬぞ! 行け! 我が下僕よ、あの二人を捕らえろ」
ボスが言うや否や、地獄絵図で見掛けるような餓鬼が何体か追いかけてきた。ブラジルマフィアの手下は意外と日本の餓鬼に似ているらしい。私は前抱きにしたリュックから、重たい飾りが付いたヘアゴムを取り出し、餓鬼に向かって投げた。以前、メルカナで買ったはいいが、ごつくて重くてしまい込んでいたものだ。石代わりにはなるだろう。うまく目に当たればいいのだが。
ヘアゴムは餓鬼に当たった瞬間に光ってゴム原液となり餓鬼の体に絡み付き始め、動きが鈍くなってきた。
「なんかわからんけど、安物のゴムだから溶けたのか、やはり中古はダメだな」
「とことん現実を認めないユウさんもすごいよ」
「うっさい、舌を噛みたくなければ黙ってバランスを取れ」
餓鬼は絡み着いたゴム原液溜りから抜け出して、再び私達を追い始めた。
「おのれ、小賢しい真似を」
ボスの悔しそうな声が響く。餓鬼と一緒に追いかけているのだろう、声の大きさが先ほどと変わらない。彼女はもの凄い瞬足のようだ。やはりボスは鍛え方が違うな。
「チッ、まだ来るか。じゃ、次はこれ!」
私はリュックから櫛を出して投げつけた。これもYamazonで買ったはいいが安物のプラスチックのせいか静電気がひどいし、変にデカくて重たいから使いにくくてリュックの底で眠っていたものだ。
それは餓鬼に触れた途端にあっという間に溶けて原油のようになり、悪鬼に絡みついて動きを止めた。
「うう、石油臭いよ、ユウさん」
「うむ、餓鬼の体温はプラ製品が溶けるほど高い。シュラスコばかり食うとそうなるのかね」
「そこまで現実を認めないのもある意味尊敬に値するよ、ユウさん」
ローラースケートが過熱してきたのか、足元が熱い。そろそろ限界だが、光が見えてきた。先ほど入ってきた日本への出入口だ。
ラッキーなことにローラースケートが壊れる前にギリギリ間に合ったらしい。なんとか止まり、煙の出始めたローラースケートを互いに脱ぎ、手錠を外して迎撃の支度をする。
ここでテロリストは叩きのめさないと、きっと日本にも来る。警察や入管は間に合わないだろうから私がやらねば。
夫が慣れない手つきながらもエアガンを撃っていくと悪鬼の悲鳴が聞こえてきた。私はリュックからいくつか酒瓶の蓋を開けてキッチンペーパーを突っ込む。
「え、BB弾なのになんで効いてるの?」
悪鬼が思わぬダメージを受けていることにリョウタが不思議がる。
「そりゃ、日本製のエアガンが優秀なんだろ。あ、ちなみに弾はこの桃の金平糖だから適当に補充して」
「金平糖?」
「ああ、BB弾がYamazonでは品切れでな。手頃な弾の代用品になりそうなのがそれしかなかった。京都の高い店の奴なんだがもったいない。あれには桃の果汁が……って講釈は後で! よし、迎撃用品ができた! くらえ!」
私は、紙の部分に火を付けた瓶を悪鬼に投げつけた。ついでに発火し始めたローラースケートも投げた。
その瞬間、ローラースケートが爆発し、酒瓶からも大きな火炎があがり、悲鳴と共に悪鬼が消えていった。
「……すごい。ユウさん、あれは何? 火炎瓶にしか見えないのですが」
「桃のリキュールで火炎瓶を作って投げた。いやあ、小説ネタに中核派とかテロのことを調べて良かったわ。でも、あの香りはかなり桃だったから、もったいなかったかな。サイバーセールで箱売りしてた安物だから心置き無く投げられたけど」
「……イザナミより君が恐ろしいよ」
「ガタガタ抜かすな。さ、日本へ戻るよ! せーのっ!」
ポッカリと空いた穴に飛び込み、私達は日本に戻ってきた。とりあえず追い討ちの桃リキュール火炎瓶を数本追加した、桃の香りとともにテロリスト達の断末魔が聞こえる。まあ、夫を攫い、人に害をなすテロリストにかける情けはない。
「鬼畜すぎる、ユウさん」
夫はドン引きしてるが構うことはない。
『 おのれぇー、許さぬぞ』
まだ息があるらしく、恨めしげなボスの声がする。
「あー、さすがにボスは元気なのね。そっちの洞窟で火災報知器鳴ったらごめんね」
『 違うわいっ! かくなる上は人を毎日……』
「あー、聞こえない、聞こえない。リョウタ、穴を塞ぐからそこにある漬物石でも投げ込んで」
「え? いいの? これ、君のコレクションでは?」
「いや、水晶クラスタと思って買ったのに白く濁ったC級品だったから」
「わかった。あっ!」
漬物石を運んでいたリョウタが何かを蹴飛ばしてしまった。それは穴の中へ吸い込まれていく。
『 え? 何これ? え? うわ、BL本?! ええー?!』
洞窟の向こうのボスは戸惑っている。この隙にふさいでしまおう
「それ!」
そうしているうちに向こうで「すみません、Yomizonです、塞ぎにきました!」という声がした後、静かになった。
「はー、これじゃ引っ越しだよね。でもこんな穴があるんじゃ敷金戻るどころか修理代請求され……」
突如、塞いたはずの穴が盛り上がり、石が持ち上がったように見えた。石をずらすとそこは元通りの畳であり、穴は綺麗に無くなっていた。
「あれ? 穴が消えてる。ラッキー、敷金没収にはならない」
「……、君、きっと地獄でも逞しく生き抜きそうだね」
「ま、日本へ戻ってこれたからいい。さて、リョウタ、おかえりなさい」
「う、うん。ただいま」
「これから留守中にカップ焼きそばギガ盛りを勝手に食べた疑いで貴様を軍法会議に挙げるところだけど、おかげで誓いの盃交わさなくて済んだのだから不問にしよう」
「よ、よかった。あ、でもさっきユウさんの買ってきた本を蹴飛ばして穴に落としちゃった。ごめんね」
そうだ、何か蹴飛ばしていた。本というと昨日友人から代理購入してもらったばかりのBLの女王、更紗マリアの最新刊の初回限定本しかない。リョウタの捜索優先でそこらに置いた私が悪かったとは言え……。
「ほほう、貴様、いい度胸だな。あれ、もう転売レベルでしか売ってないのだけど」
自分でも青筋が立つのがわかる。
「あ、ゆ、ユウさん許して~」
「許さーん!! 四十肩マッサージの刑に処す」
「うぎゃぁぁぁぁああああ!!」
我が家は本日も平和である。うむ、Yamazonにかかった費用も夫の小遣いから差し引こう。
~完~
なんとなくブラジル 達見ゆう @tatsumi-12
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