第6話 救済
山田が次に目覚めたのは廃倉庫の中だった。山田は浅井に酒をしこたま飲まされたところまでは記憶にあったが、それからの記憶はなく、山田が次に目覚めた時はどこかの廃倉庫の中であった
山田は声を上げようとしたが、しかし言葉にならなかった。それがさるぐつわをかまされているためだと、山田が認識したのはそれから間もなくのことであった。
山田がフガフガと呻いていると、「お目覚めのようだね」との浅井の声がした。
「何の真似だ…、そう言いたいようだね…」
浅井の言葉に山田はうなずいた。その通りであった。一体、何の真似だ、と…。
「君のお母様から依頼されてねぇ…」
それは山田も知っていた。
「君を救済して欲しい、とね」
なら、どうしてこんな…、救済とは正反対の真似をするのか、それが山田には分からなかった。
「救済の意味について、君は考えたことがあるかね?」
文字通り、助けてやってくれとの意味だろう…、山田は心の中でそうつぶやいた。
「どうやら字義通り、額面通りに受け取っている様子だね…、でも違うんだよ」
何が違うのだ…、山田は心の中で尋ねた。すると浅井はそんな山田の心の中の疑問を読み取ったかのように説明してくれた。
「それはね、君をこの世から抹殺して欲しい、という意味なんだよ」
抹殺だと…、山田は目を剝いた。
「信じられない、といった顔付きだね。まぁ、君が信じないのも無理はないし、また、無理に信じてもらう必要はないんだが…、君のお母様は君の性根が腐っていることに心を痛め、それでもし、君が人殺しするようなら…、君にかけられた殺人の被疑事実が真正のものなら、その時はもう、これ以上、君を生かしておくわけにはいかない、抹殺して欲しい…、それがお母様の願いでね…、まぁ、君が真正、無実ならそれで良し…、抹殺するまでには及ばないが、しかし、仮に…、それこそが事実だったわけなんだが、真正、人殺しなら、その場合もやはり刑務所で更生させるまでもなく…、いや、そもそも性根が腐りきっているのだから、今さらもう、更生など期待できないので、その時にもやはり無罪にして娑婆に出してやって欲しい…、そして君が娑婆に出たところをこの私の手で…、君を無罪にして、君を娑婆に出した弁護士のこの私の手で君を抹殺して欲しいと、それが君のお母様の願いなんだよ…、つまり救済とは君の魂を浄化すること…、つまりは殺すことなんだよ…」
山田はいやいやをした。が、身動きとれなかった。
「さぁ、ゆっくりと眠りなさい…、何、少し苦しいだけだから、心配はいらないよ…、それに坂口慶子さんが味わった恐怖や痛みに比べれば、大したことはないだろう…」
浅井はそう告げると、山田の頸部にロープを巻きつけた。
「ああ、それから君を浄化したあとは、薬品でもって溶かしてあげるから心配はいらないよ…」
それが山田がこの世で聞いた最後の人間、いや、「神」の声であった。
〈一審無罪の男性被告人、失踪か〉
『先月、さいたま地方裁判所で行われた裁判員裁判で無罪の判決が下された男性被告人である山田純さんが先週より連絡が取れなくなっていることが判明した。山田さんは朝霞市で発生したアパート放火殺人事件で殺人の容疑で逮捕、起訴されたものの、一審のさいたま地方裁判所の裁判員裁判では無罪の判決が下され、検察側はこの無罪判決を不服とし、東京高等裁判所に控訴していた。関係者からの情報によるとこの山田さんは釈放後、弁護士と会ったのを最後に消息を絶った模様。なお、東京高検では近く、東京高等裁判所に対して山田さんの勾引状を請求する予定』-令和二年3月31日付サンケイ新聞全国版-
救済弁護士 @oshizu0609
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます