魔力0の魔剣使い、魔法学園で無双する
五味葛粉
第1話 ……なん……だ、と……!?
『キマッタ――――――――――――――!!!!!!
第百三十八回全闘会、魔王軍からの刺客、次期魔王候補筆頭、深淵のマジョリーを破り、優勝するはやはりこの男!!!
我らが裏闘技会の生きる伝説、魔剣使い、アッシュ・グレモリーだァァァァァァァァァ!!!!!』
司会の声を受けて観客席につめた各国の貴族達が歓声を上げる。
客席に被害が及ばないように張られた、魔法結界越しにも鼓膜が揺れる程の大歓声だ。
鞘に魔剣を納め、客席に手を降っていると倒れたマジョリーが俺を睨みながら言った。
「貴様、何故、何故魔法を使わなかった!?妾をバカにしているのか!!!」
相手が誰であれ、基本的に峰打ちで終らせるのだが、今回戦ったコイツは正直強すぎて加減が出来なかった。
つまり全力で斬った結界、血もかなり出てるし明らかに致命傷なんだが、よく喋れるな。
いつもなら適当に誤魔化すのだが、勇者には敬意をって事で、秘密を教える事にする。
「
「ふざけるな人間!集中せずとも感じるこの禍禍しい魔力、一体何だと言うつもりだ!」
「いや、
愛刀を指して言う。
「な……ん……だと!?……」
マジョリーが心底驚いた顔になる。
うむ、いいリアクションだ。
「ですから、魔法を使わずに貴方を侮辱したとかそんな事は無いので。むしろ尊敬しますよ。刃を使わされたのはおよそ二年振りですから。さすがは噂に名高い深淵のマジョリー様です」
……真剣に敬意を表したつもりだったが何故か煽ったみたいになってしまった。
マジョリーも何か言いたげに睨んでいる。
「グ……グ……キ、サマ……」
こうして睨まれているだけで寿命が縮まりそうだったので、さっさと退散する事にした。
――――――――――――――――――――――
控え室に戻ると高貴な雰囲気を纏う初老の男性が立っていた。
俺の雇い主兼親代わりであるマーガリン伯爵である。
「おぉ、アッシュ!おかえり、優勝おめでとう」
「ご主人様、ありがとうございます」
部屋に入るや否や抱き締められた。
ご主人様は抱擁を離すと熱く語る。
「さすがは私の騎士だ。今回ばかりはと思っていたが、まさかあの魔王の娘に勝つとは!」
「はい、それもこれもご主人様のお陰です。」
俺は膝をつき、頭を下げた。
「何が私のお陰なのか。立ってくれアッシュ。毎日毎日、世辞も敬語も要らぬと言っているのに、まったく困った息子だ」
言ってご主人様は優しい笑みを浮かべる。
何の価値も無い奴隷だった俺をここまで育て、あまつさえ息子と呼んでくれるこの人は俺にとっての神のような存在だ。
信じる者は救われる、と言うのなら宗教の
それなら俺が得たものは全てご主人様のお陰と言っても過言ではない筈だ。
「こうして生きて呼吸している事、それ自体ご主人様のお陰ですから」
「ふぅ、良いと言っているのに。お主がそんな様子ではアリアも困ってしまうんだがな」
言って、チラリとカーテンの方を見るご主人様。
今気づいたが右側のカーテンだけ不自然に盛り上がっている。
それに下から白い足が二本見えている。
「お嬢様もいらっしゃったんですか?」
そうご主人様に尋ねるとカーテンがビクッ、と震えそこからおずおずと美しい少女が出てきた。
確か俺と同い年の十五歳。
白い肌に柔らかな金髪。パッチリと大きなブラウンの瞳、整った顔が乗る体つきは年相応のなだらかな膨らみが各所に見られる。
身に纏うのは清楚な白いワンピース。
同じ人間とは思えない程の美少女だ。
その少女、ご主人様の娘アリアお嬢様は顔を伏せて言う。
「お、おはようございますアッシュ様」
「おはようございますお嬢様」
テコテコと歩いてお嬢様はご主人様の背に隠れるようにこちらを見ている。
母屋で暮らすお嬢様と、修練場に住ませて頂いている俺が直接会う事はあまり無い。
今回も目の前にするのは一年振りくらいではなかろうか。
元気で活発な方だと他の人には聞いているのだが、俺の前でその姿を見せてくれる事は無い。
嫌われるのは仕方が無いが、ご主人様に申し訳ない気分になる。
「申し訳ありませんお嬢様。ご多忙の中このような野蛮な場所までご足労頂き、誠に申し訳ありません」
両膝をつき、床に頭をつける。
「はぁ……アッシュ」
「わわわ、お止め下さいアッシュ様!」
ため息をつくご主人様と慌てて駆け寄るお嬢様。
やってしまった、お嬢様に気を使わせてしまった。
「申し訳ありませんお嬢様!処分は何なりと!」
「いえ、処分などしませんから!お顔を上げて下さい!」
「いえ、しかし!」
そこでご主人様が声を上げた。
「アッシュ!お主に罰を与える!」
「はい。何なりと仰って下さい」
俺が再び膝をついた姿勢になるとお嬢様はご主人様に詰め寄った。
「ちょっとお父さん!」
「落ち着けアリア、大丈夫だ、分かっているから」
今にも喰いかかりそうなお嬢様をさすがの貫禄でなだめるご主人様。
何事か耳打ちするとお嬢様はご主人様の背に移動、最初のようにそこからちょこん、とこちらを覗く。
「オホン、では改めて。」
咳払いをして、背筋を正したご主人様は尊大な声で、それに似合わぬいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「汝アッシュよ。私の騎士として、お主は歴史上の英雄にも劣らぬ武を持っておる。しかし、知略や常識、特に人の気持ち、心がまったく分かっていない。」
それから、ご主人様はさらに笑みを深めて言う。
「よってお主にはそれを学ぶ為の罰として、これから我が娘、アリアと共にヨーロピア魔法学園に通ってもらう事にする!」
「……な、ん……だと……!?……」
たっぷり三十秒以上フリーズして、ようやく絞り出したのがこの台詞だった。
「エヘヘ……」
ご主人様の後ろで、お嬢様が可愛いらしく笑った。ような気がする。
「何か異論はあるか?」
子供のような笑顔のまま、ご主人様は問うた。
異論は、それは勿論ある。
確かに常識は無いかも知れないが、それを学ぶならわざわざ"魔法"学園に通う必要が無い。
それに魔力が無い俺が魔法学園に入れるとも思えない。
なにより、魔法学園と言えば生徒の過半数は貴族。
魔力があれば平民でも入れるらしいが、俺は平民以下の元奴隷だ。
本当に大丈夫なのだろうか?
……それが正直な、俺個人としての感想だ。しかし、その前に俺はご主人様の騎士。
異論など言える筈が無い。
「いえ、ご主人様からの罰。謹んでお受けします」
「よろしい。では、手続きはこちらで済ませておこう。アリアよ、アッシュは学校がどういったものか詳しく知らない。お前が教えて上げなさい」
ご主人様はそう言い残し、最後に何故かお嬢様にウインクをかまして、部屋を出ていった。
ちなみに、剣士の性として何となく周りの気配が分かるのだが、ご主人様は行ったと見せかけて、ドアの前で聞き耳を立てている。
それを知ってか知らずか、お嬢様はモジモジと話を始めた。
「あの、アッシュ様は今、お付き合いしている恋人は、いらっしゃいますか?」
恐らく闘技場なんて野蛮な所で戦う俺が怖いのだろうが、その話題はナンセンスだ。
赤くなった顔でそんな事を聞かれたら俺でも勘違いしそうになる。
「勿論、いませんよ。」
出きるだけ冷静に、内心の緊張が出ないよういつも通りを装う。
「そうなんですね! 良かった。お父さんもいないって言っていたけど、アッシュ様はおモテになられるからきっと恋人がいると思っていたんです!」
と、ニコやかに言うお嬢様。
綺麗より可愛いという表現がぴったりの、あどけない笑顔に死にそうになる。
普段女っ気ゼロのムサい生活をしている俺に対してはとてつもない破壊力を発揮する。効果はバツグンだ。
しかし、それはそれとして、
「自分はいつも修練場にいますので、モテる、どころか女の子と会う事もありませんよ?」
会ってもたまにくる掃除のおばさんくらいだ。
お菓子をもらう=モテる、ならかなりモテモテなのだが。
「そうなのですか?剣闘士の方は大変人気があると聞いたのですが、……それなら学校なんかに行かずに囲ってしまった方が早かったかしら」
「あの、お嬢様?」
何か不穏な台詞が聞こえた気がするが、きっと聞き間違い……だよな。
「あ、何でもありませんのアッシュ様。お気になさらないで下さい」
と、笑顔で言われたら突っ込めない。
それよりも、
「お嬢様はここが何をする場所かご存知無いのですか?」
「勿論、知っていますわ。闘技場、ですよね?」
裏の、ですけどね。
やっぱりお嬢様は知らないようだ。
表の闘技場と違ってここには金持ちの貴族しか入れない。
表でも平民同士で少額の賭けは普通に行われているが、裏のソレは文字通り一夜で国が変わる程の大金が動く。
よってここの存在は完全に秘匿され、当然試合を行う戦士も表舞台では別の顔を持っている。
魔法学園に通う事になれば多数の貴族の子供と会う事になるだろう。
俺の相手に大金を賭けて破産した、とか大金を失ったとか、どこで恨みを買っているか分からない。
出来るだけ大人しく、ひっそりと過ごす事にしよう。
「お嬢様、学校では自分が剣闘士だという事は秘密にして頂きたいのですが、よろしいですか?」
「え?えぇ、構いませんよ。ですが、いいのですか?学校には女の子も沢山いますし、正体を明かせば言い寄ってくる子はそれこそ山のように居ると思いますが」
心配する、というよりは試すように聞いてくるお嬢様。
正直沢山の女の子と遊ぶ、なんて普段の俺からしたら夢のような響きだ。
しかし、自分の命には代えられないし、何より常識を知る為の罰として学校に行くのだ。
そんな不純は許されない。
それに俺が何かやらかせば一緒に学校に通うお嬢様、そして保護者のご主人様、両名の顔に泥を塗る事になる。
「構いません。自分にはお嬢様が側にいてくれればそれで十分ですから」
「……へ?」
お嬢様の顔が一気に赤くなった。
我ながら恥ずかしい台詞だよな、確かに。
「勿論、お嬢様が自分といるのが嫌なのでしたら」こっそりと影からお守りします。
と言おうとしたのだが、お嬢様の叫びにかき消された。
「い、嫌だなんてそんな!そんな事ありません!わ、私もその、アッシュ様とずっと一緒に…………」
そこから先は、下を向いて何かムニャムニャ言っていたがよく聞き取れなかった。
良かった。ずっと嫌われていると思っていたが俺の勘違いだったようだ。
学校にいる間はご主人様に代わって、しっかりとお守りしよう。
お嬢様公認の護衛として。
「アッシュ様……」
お嬢様が顔を上げて目を瞑る。
目尻からうっすらと涙が出ているところをみるに、目の中にゴミが入ったのだろう。
「お嬢様……そのまま、動かないで下さいね」
ゆっくり慎重にお嬢様の目に手を伸ばす。
そして今触れる、
その瞬間、ドアからご主人様が、叫びながら入ってきた。
「ストッッッッッッッッップゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――――――――!!!!!!」
「待った待った待った待ったダメダメダメダメダメダメダメダメ!!!!!」
「ダメだぞ二人共!!!!!」
バッ!と馬もビックリのスピードで俺とお嬢様の間に割って入るご主人様。
「ど、どうしたんですかご主人様?」
「いやいや、どうしたもこうしたもべらァァァァァァァァァァァァ!?!?!?」
神速の正拳突きが突如としてご主人様の鳩尾を正確に射抜き、窓を突き破って奇怪な悲鳴と共に飛んでいった。
その拳の達人、いやさ麗しのお嬢様は正拳に宿った炎を手を振って消し、俺の方を振り返った。
その顔は先程見たあどけない笑顔そのものであったが、それゆえにとてつもない恐怖を感じる。
「あの、お嬢様。その炎って魔法の、」
「アッシュ様」
俺に最後まで言わせず、お嬢様は無垢にしか見えない笑顔で言う。
「申し訳ありませんアッシュ様。手が滑ってしまいましたの」
「……手が?滑っ??」
ちょっと思考が追い付かない。
これは俺が元奴隷の低辺だからこの貴族様の言ってる事が分からないんだろうか?
混乱する俺を余所にお嬢様は、
「お父さんにトドm……手当てをしなければなりませんので、申し訳ありませんがアッシュ様。続きはまた今度、よろしくお願いします」
ニコりと笑ったと思いきや、お嬢様は俺の頬にキスをして、そのまま恥ずかしそうに、破れた窓から走り去って行った。
続きって何の事だ?
いや、それよりトドメって言ってなかったか?
……破れた窓から外を見るが二人の姿はもう見えない。
その代わり晴天の空にある、お嬢様の髪色のような、柔らかな金色に輝く太陽が、俺の目を焼いた。
今、目から涙の粒が流れるのは、今日の闘技会で優勝したからなのか、ご主人様が学校に通わせてくれるからなのか、
それとも、あんなに可愛いお嬢様としばらくは一緒にいられるからなのか。
分からないがとにかく、今日は凄く良い日だ。
何も無い俺をここまで連れて来てくれたご主人様に感謝を。
そしてその分のお返しは、お嬢様の快適な学生生活を守る事でお返ししよう。
無論、それだけで返し切れる恩では無いが、今出来る事を、与えられた事をこなしつつ、少しずつ返していこう。
今日という良き日の太陽に俺は心の中で誓うのだった。
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