第8話 本当に後悔しますよ?

「うそだろ……」

「あらあら、そんなに見つめてどうしたんですの?」


 悪女のような笑みを浮かべるサリエルの脇腹。

 先程確かに斬った、血も確認した、制服も斬れている。

 しかし、見せつけるように黒い魔力を解除したその部分の白い肌には、傷一つついていなかった。


 完璧にキマったと思ったんだけどなぁ。

「はぁ……」

 俺はため息混じりに魔剣を鞘に戻し、再び居合いの構えをとった。


「ウフフ、アハハハハハ」

 対してサリエルは楽しそうに、何の含みも無く、本当に楽しそうに笑っている。


 構えを解かないまま尋ねる。

「……何を笑っているんですか?」

「うふふ、ごめんなさいね。貴方が可笑しくて笑ったんじゃないの、嬉しくて笑ったのよ?」


 嬉しいって、

「何がですか?」

「……そうねぇ。冥土の土産に教えて差し上げてもいいのだけれど、やっぱり止めておくわ。貴方も知らない方が心残り無く逝けるでしょうしね」

 サリエルは笑顔で言って、両手を頭上に掲げた。


「貴方には悪いけど、これで終わらせて貰いますわ」


 ズズ……ズ……ズズズ…………、

 不気味な、何か引き潰れるような音を立てながら、サリエルの掲げた手の上に黒い点が現れた。


 最初は点だったそれの周りに、サリエルの黒い魔力が渦巻き、針の穴程の点から、手の平サイズの玉へ、人の頭程の円へ、と徐々に、徐々に大きくなっていく。


 触れたら終わりだと、あの纏った黒い魔力をそう感じたが。

 あの玉はそうじゃない。

 このまま続けられると、それだけで殺される。

 それを想定ではなく現実として、直感が告げてくる。


 だが、あれを打たれる前にサリエルを斬るのは無理だと思われる。

 魔剣で無効に出来るのは一ヶ所、つまり斬る箇所のみ。突っ込めば確実にカウンターで殺される。

 かと言って、あれだけ高密度に纏まった魔力の玉を無効に出来る程、俺は魔剣の力は引き出せない。


 そしてさらにマズイ事に、魔剣に意識を預けての暴走が出来ない。


 いつもなら恨めしい女の声が『敵を殺せ!殺せ!』と、絶えず頭に流れこんでくるのに、どういう事か今はその逆、暗い負の感情の代わりに、

 温かな、まるで懐かしい友人に再会でもしたような弾んだ気持ちが流れ込んでくる。


 ついさっきまでは何も感じなかったのに、サリエルを斬った途端にこの感情が魔剣から溢れてきたのだ。

 恐らくはサリエルもそれを感じて笑ったのだろう。


【……もし私の勘が間違いでなければ、その剣は私が長年探し求めた剣の筈。貴方方野蛮な人間が禁忌と呼んだ我が同族を封じた剣の筈ですが】


 数分前にサリエルが言った台詞を思い出す。

 同族を封じた剣。伝承では魔女の心臓が材料の筈だったが、その真実は違った、

 否、そもそも魔女が人間だったとは限らない。


 まあ、どちらにせよこの剣はサリエルと同じ、天使の身を元に作られたのだろう。

 だからこそ、こんなに温かな気持ちに包まれているんだろうから。


「諦めがいいのは感心しますわ」


 不敵な笑みを浮かべてサリエルは言う。

 その頭上の球体は、今や小さな家くらいはありそうな程大きく膨らみ、周囲の空間を歪ませている。

 宇宙にはブラックホールなる重力の怪物があるらしいが、あの球体はそれに近い物なのだろう。

 小型のブラックホールと言ったところか。

 これを破るにはをやるしかない。


「諦めるだなんてそんな」

「あら、何か策がおありなのかしら?」

「そうですね。策と言いますか、とにかくソレじゃあ俺は殺せませんよ」

「そうですか。遺言が強がりとは可哀想な方ですわね、フフ」


 もはやサリエルは笑みを崩そうとしない。

 完全に勝ったと思い込んでいるらしいな。

 出来る事ならは使いたくないので、大人しく引っ込めてもらいたいところだが。


「ソレを止めないと大変な事になりますよ?」

「あらあら、天下の魔剣使い様が命乞いですの?」

「……本体に後悔しますよ?」

「どうぞ、ご自由に。私も自由にしますから」

「そうですか。……分かりました」


 もはや言っても無駄か。

 でも、俺は忠告したからな。

 内心で言い訳しつつ、魔剣を握る指に力を込める。

 これを使うのは本当に久しぶりだ。

 当時は魔剣に意識を持っていかれた時にしか出来なかったが、

 今の俺の剣技と、刃を自分の意思で使えるこの状況なら、出来る筈。


「何か言い残す事はありますか?」


 サリエルがこれで最後とばかりに聞いてくる。

 球体の増長は止まっているから、あれを放つ準備が出来たのだろう。


「いいえ」

「……そうですか、では」


 短く答えた俺にサリエルはゆっくりと手を、その先にある必殺の重力球を振り下ろす。


「さようなら。伝説の、魔剣使い様」


 ズズズズズズ!!!!!

 と、ゆっくり、ゆっくり、周りの空間を喰らうように、黒く塗り潰しながら球は進んでくる。

 まだ少し距離は離れているが、それでも吸い込まれそうな重力を巻き起こすブラックホール。


「……ふぅ……」


 俺は目を閉じて、力を抜いた。

 足はふわふわしていた空気の地面を離れて、体が一直線にブラックホールへと向かう。


「……はぁ……」


 先程までの、攻撃を受けて奪ったサリエルの魔力を刀身に宿す。

 納める鞘の内で、黒々とした漆黒の刃が、重力の魔力で一層黒く染まる。


「……」

 呼吸を止めて集中。

 ブラックホールに吸い込まれるまで後半秒。


 眼前を覆い尽くす、全てを飲込み喰い潰す黒い重力空間。

 その黒を断ち切るように、


「ハァッ!!!」


 一刀。

 短い呼吸に合わせて振り抜いた魔剣。

 それが斬ったのは、


「そ、んな……く、とでも言うのですか!?」


 サリエルが叫んだ前方、俺の眼前には大きな亀裂が発生している。

 彼女の言った通り、この技は空間を斬る技。

 そして、その効果は、


「サリエルさん!死にたくなかったら地面に魔力を集中、しっかり捕まってて下さいよ!!!」


 俺はがっしりと、抱きつくように下の地面に捕まりながら叫んだ。

 俺達は今空中にいる。サリエルの魔力が足場を作っているので、これがなければ確実にお陀仏だ。


「何を言っ、て!?キャアアァァァァァァァ―――――――――」


 言ってる側からこれだよ。

 と、どうにか助けようと、立ち上がろうとした先で、サリエルは体から魔力を縄のように伸ばし、空気の地面に捕まった。


「あ、貴方は私と共に死ぬつもりなのですか!?」


 サリエルが叫ぶ。

 自分が放った、小型のブラックホールとは比較にならない程の吸引力、もとい復元力を発揮する時空の亀裂に呑まれそうになりながら。


 ズゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!

 と亀裂は全てを飲込み、徐々にその溝を埋めていく。


「死ぬつもりは無いですよ!!だから言ったじゃないですか!!後悔しますよ!って!!!」

「だからってこんな大掛かりな技!!!使うとは思わないでしょう!!!」


 亀裂が発する騒音に負けないよう、叫びながら言葉を交わす。

 亀裂の方を見れば、最初は人が二人横向きで入れる程だった溝も、あと数センチで埋まりそうだ。


 どんな原理か不明だが、物質でも魔力でも命でも、吸い込んだエネルギーが亀裂の修復に使われるらしく、前は亀裂が塞がるまでに結構な被害がでたのだが、

 今回は最初に吸い込んだブラックホールが高密度なエネルギーを秘めていたお陰で、すんなり塞がるようだ。


 ―――――――――――――――――――――


 強烈な吸引力に耐える事数分。

 無事に亀裂は閉じ、俺とサリエルはぐったりと地面(未だ空中だが)に座り込んだ。


「……で、どうします?自分は続けてもいいんですが」

「……」


 サリエルは無言で俺を睨んでいる。

 正確に言えば、サリエルが、同じく股間を手で隠した俺を凄絶な瞳で、睨み殺しにきている。


 まあ、あれだけの吸い込む力に普通の服が耐えられる訳が無く、俺達は互いに全裸なのだった。

 サリエルの方は魔力を纏えばどうとでもなりそうだが、それをやらないという事は、もう魔力が残っていないのだろう。

 その証拠に足場の空気もかなり不安定になっている。


「……」

「……」


 何だろう。沈黙と視線が痛すぎる。

 一応忠告はした筈なのに、俺が悪いのだろうか。

 視線から逃れるように、救いを求めるように上を見上げると、突然後ろから肩を叩かれた。


「いやーさすが、アッシュさん」

「まさか会長を倒すどころか、こんな辱しめを与えるなんてね~」


 振り返ればフーコとミャーコが、俺達を交互に見ながら薄ら笑いを浮かべている。


「それにしも~イイカラダしてますな~大将~」

「ウホー、カチカチですぞ」

「うわ!?どこ触ってるんですか!?」

「……チッ(汚らわしい)」


 両手に花状態の俺をサリエルが冷めきった目で見ている。

 舌打ちの上、小声で汚らわしいとか言われたし。


「じゃあせっかくだし三人で記念撮影しましょうか」

「いいね~アッシュさんもちゃんと笑って下さいね~」

「いや、記念撮影って、なに言って……」

「「テテテッテレ~!魔導式カメラ~」」


 楽しげに言いながら、ミャーコが制服の懐から小さな機械を取り出した。

 前面にレンズと上側にボタン、後ろにガラスが嵌まった黒い箱。

 貴族様にしか手が出せない高級品、写真を撮る機械だ。


「じゃあ撮るよ」

「ちょちょちょ!?」

「「イエーイ!ピ~ス!」」


 パシャリ、とレンズが光り、撮った写真が出てくる。

 そこには慌てる俺(全裸)と、それを両脇からガッチリ捕まえて、楽しげに笑うフーコとミャーコの姿が綺麗に写っていた。


「もうアッシュさんったら全然笑ってないじゃないですか」

「でも、これはこれで可愛いよね~」

「いや、笑い事じゃなくてそんな写真は捨てて下さい!それをもしお嬢様に見られたら、俺は死んじゃいますよ!」

 と言うか殺されてしまう。


「大丈夫ですよ~誰かに見られるようなヘマはしませんし~」

「アッシュさんがちょっとしたお願いを聞いてくれれば、誰にも見せませんから」

「それはお願いじゃなくて、脅迫では!?」


 笑顔で脅してくる二人に突っ込むも、二人は俺をガン無視して今度はサリエルに話かける。


「次は会長も記念撮影してあげますね~」

「グフフ、会長もイイカラダしてるよね。これを新聞部か会長のファンクラブに売ったら……グフフ」

 ミャーコがカメラを構える後ろ手フーコがヤバい笑顔を浮かべている。

 完全に悪役の顔だ。


「……」

 対するサリエルは一言も喋らず、無言で俺達を睨みつけている。

 それをミャーコは気にした風も無く、「イイ表情ですね~」「イエーイ笑顔笑顔~」「男子生徒が興奮しすぎて死んじゃうかもしれませんね~」等と言いながらパシャパシャと写真を撮っていく。

 うん、今の俺達全員、完璧に悪者ですね。


 そのまま暫く写真を撮りまくってからミャーコは満足気に頷き、

「フッフッフ、会長。この写真を悪用されたくなかったら、私達の言う事を聞いて下さいね」

「……フン、やはり人間は野蛮で最低で低俗な輩しかいないようですわね?」

 サリエルはミャーコを睨んだまま、臆した風も無く言い放つ。


「この期に及んでそんな強がりは無意味ですよ~、ねぇ隊長?」

「え?……隊長?」

「えぇ、ガツンと言ってやって下さい隊長!」


 二人が何故か俺の方を見て言う。

 さっきは秘密兵器とか言ってたのに、いつの間に隊長に昇格(?)したんだろうか。


「えぇと……」

「……」

 イヤァァァァ、サリエルさん眼光鋭すぎるぜ。


 とにかく、まずは退学になってるこの状況をどうにかしないとお話にならない訳だから、

「自分とお嬢様、それからフーコさんとミャーコさんの退学を取り消して下さい」


「…………それだけで良いんですの?」

「いえ、あと一つ」

「「アッシュさんエッチなのはダメですよ」」


「……」

「……」

「「その顔はズバリ、何で俺の考えが読めるのだ!?ハッ!まさか貴様エスp」」

「ちょっと黙ってて貰えます?」

「「……ごめんなちゃい」」


 マジメな空気感を無視する二人に、ちょっとだけイラついて思わず睨んでしまった。

 二人はシュンと項垂れてしまった。

 それに合わせて耳もペタンと垂れ下がって……、

「可愛い……」

 と、思わず呟いてしまうくらいには可愛い。


「……あの、帰ってもよろしいかしら?」

 振り替えるとサリエルが呆れ顔でこちらを見ていた。


「え?あぁ、ごめんなさい。ちょっと待って下さいね、えーと……」

 退学取り消しの後の目標は生徒会壊滅な訳で、

「時間と場所、それからルールも全てそちらにお任せしますので、自分達と決闘して頂きたい」


「……私達と決闘?」

「えぇ、魔法学園では何をおいても実力が全て、強い人が上に立てるんですよね?」

「まあ、確かにその通りですわね……」


 それから少し考え込むように顔を伏せた後、サリエルは言った。


「いいでしょう。その勝負お受けして差し上げます」

「時は今から丁度一ヶ月後、大魔力式体育祭のレクリエーションとして」

「私達生徒会メンバー五人と、貴方がた元退学組五人での勝負と致しましょう」

「勝負のルールは、またのちほど考えますわ。それで如何かしら?」


 勝負を受けて貰えるだけで万歳なのだから、今の条件に全く異論は無い。

 むしろ体育祭という全校生徒が集まる場所で戦えるのだから、こちらとしては有難いくらいだ。

 アウェーな空気になるのは想像に難くないが、勝ってしまえば全校生徒が証人だ。一発でキメられる。


 一応後ろの二人の方を見ると、二人も異論は無いようで、笑顔でピースを向けてきた。

「分かりました。その条件で写真をお返しします」

 ミャーコを促して写真を渡す。


 それを受け取ったサリエルは冷めた笑顔で俺達を見つめて、

「フン、たった一ヶ月の学生生活、精々楽しむといいですわ」

「そちらこそ、残り一ヶ月の生徒会業務、悔いの残ら無いようにして下さいね」


 数秒互いに睨み合った後、サリエルは黒い魔力に包まれるように姿を消した。


 そして俺達は、

「いや~さすが、アッシュさんですね~」

「一ヶ月後が楽しみですね!」

「……あの、お二人共凄い余裕ですね」

 かなりの高さからというのに。


 魔力で足場を作っていたサリエルが消えた事で、俺達は当然のように自由落下状態になっているのだった。

 とは言え、確かに彼女からしたら何て事は無いのだろう。


「まあ、私にとって空は友達みたいな物ですからね」


 ニッコリと笑ってフーコが言う。

 その手に握ったを撫でながら。


「さぁ、アッシュさん、私の体に掴まって下さい。我がと共に、貴方を何処へでも連れて行きましょう」

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魔力0の魔剣使い、魔法学園で無双する 五味葛粉 @m6397414

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