第7話 並じゃない

「まさかいきなり御本人が出てくるとはね」

「ウフフ、お久しぶりですね~さん」

 特に動じた様子も無くフーコとミャーコが言う。


 対する天使、副生徒会長"重圧のサリエル"も表情を変えず、

「部外者は立ち入り禁止ですので、出ていって下さいますか?」

 などと宣っている。


「部外者?」

 と、二人の方を見れば、

「貴方も既に退学扱いですので、さっさと出ていって下さい」

 と、俺に向けてサリエルが言う。


 うん、なるほど。想像通りのヒドイ人だな。見た目が完璧なだけに余計ツラい。


 げんなりした俺に、二人は涼しい顔で、

「こういう人なんですよ」

「困った方ですよね~」


「ちなみにお二人はいつから退学処分に?」

「「さぁ~?つい最近のような、かなり前のような」」

 声を揃えてとぼける二人に、サリエルが冷静に言う。

「貴女達は私が副生徒会長になる前から退学処分になっている筈ですが?」


「え?それって……」

 この副会長がどうとか以前に、普通に部外者なんじゃ。


「惑わされてはダメですアッシュさん」

「そうですよ~。副会長が好みの見た目だからって贔屓はダメですよ~」


「いや、贔屓とかじゃ無く普通に駄目だと思うんですが……」

 ちなみに好みなのは否定しない。

 と、言うよりあれが嫌いな男はいないと断言出来る。


「そう言う貴方も部外者なんですけどね?」

 これは副会長のお言葉。


 いや、何だかさっきから空気が緩い気がする。

「そう言えばお嬢様が昨日まで生徒会メンバーだったって、どういう意味何ですか?」

 別に緊迫して欲しい訳では無いが、俺が切り出さないと話が進まない気がしたので、言ってみる。


「どうもこうも、そのままの意味ですわ。野蛮な人間を擁護しようとする駒なんて、邪魔なだけでしょう?」

 事も無げに、サリエルは言い放つ。


 野蛮と思われるのは仕方無い、優しいお嬢様を駒扱いもイラつく、

 が、そんな事より、

「それってお嬢様が自分を庇おうとしてくれていた、って事ですか?」

 もしそうなら、それはとてつもなく嬉しい事だ。


 そんな期待を抱く俺にサリエルは鼻を鳴らして、

「フンッ、剣を振るしか能の無い奴隷剣士は、言葉も理解出来ないんですの?」


 いやぁ、凄いな天使。

 こんなあからさまに馬鹿にされた事が無かった俺はちょっと新鮮で、少し興奮した。


 そんな純真な俺に対して三人が、

「アッシュさん顔が」

「ニヤけてますよ~」

「キモチ悪い顔しないで下さいます?」

 フーコとミャーコは残念そうな、サリエルは不愉快そうな顔で言った。


 そんな事はさて置き、

「それってお嬢様も退学になるって事ですか?」


「勿論ですわ。先程言った通り私の言う事が聞けない駒に、この学園にいる資格はありませんから」

 胸を張って堂々と宣言するサリエル。


 絵に書いたような悪役だ。

「やっぱりイカれてるよあの人」

「病院で診てもらった方がいいと思うな~」

 後ろの二人もヒソヒソと、それでいて聞き取れる声で話す。


 それを聞いてもサリエルは表情を変えずに言う。

「強者が弱者を支配するのがこの学園の、この国の、この世界のルールでありましょう?」


「やっぱりもう手遅れだったね」

「そうだね~可哀想だね~」


「その理屈で言うなら、自分が貴女を倒せば退学を取り消せる訳ですね?」

 俺も後ろの二人は取り敢えず無視して、腰の剣に手を掛ける。


 サリエルはつまらなそうに手を広げ、

「はぁ、貴方の退学はもう決定事項なのですけど、それに、」


 言葉の途中、次の句に繋がる間を開けた瞬間、

 緩やかだったサリエルの気が、弛緩していた部屋の空気が、一気に重く、鉛のように重くなる。


「万が一にも私に勝てるつもりですか?」


 言い切った直後、

 ドンッ!!!

 と、耳を割るような爆発するような音。

 それは天使の足、しなやかで優美な脚が床を叩いた音だ。


 瞬間的に引き抜いた魔剣を眼前に、体の前に横向きに、刀身に手を添え、防御の姿勢を取る。


 そこに一秒の間もなく、音のような速度で、全体重を乗せた突きが繰り出された。


 タダの突きでは無く、魔力、何かの魔法が指先に集中した黒く輝く突き。

 長く裏世界の闘技場で戦い磨かれた直感が、"触れたら終わり"、そう告げるソレをどうにか受け止める。


 衝撃が収まったと同時に剣を振り上げる。勿論、峰を向けてだ。

 それを分かっているように、サリエルは後ろに跳んで距離を取る。


「ふぅん、さすがは名の知れた剣士と言った所ですわね」

 右手に黒い魔力を宿したまま、まったくそんな事は思っていなそうな、余裕の表情でサリエルは言う。

 だ。


「そちらこそ、さすがは魔法学園の副会長様。この剣で無ければ今ので死んでいましたよ」

 俺も余裕のある表情で返す。


 しかし、今俺が言った事は事実だ。

 この魔剣、生奪の魔剣の能力は、その名の通り他者の命を奪う能力。

 命と言っても概念的なモノではなく、実際の生命力を奪い剣の攻撃力に加算する。


 魔法の元になる魔力とは=生命力と言えるので、攻撃を受ける、与える際に魔剣の能力で敵の魔力を吸収して戦うのが、俺の基本戦術、戦う時の基本戦術だ。


 しかしながら、自分自身に魔力を持たない俺が、引き出せる魔剣の性能は全体の一割に満たない。

 これがもし並の魔剣だったら、突きの魔力を奪いきれずに終わっていた。

 禁忌と呼ばれる最上位の魔剣だからこそ、俺でも受けられた訳だ。


「貴方みたいな野蛮人でもお世辞が言えたのですね、でも要らないわ。だって貴方まったく本気じゃないでしょう?」

「それはお互い様ですよね?」


 肩をすくめて言うサリエルに、油断なく身構えたまま、言葉を返す。


「あら、分かるの?私の本気が?」

「底は知りませんが、貴女が並じゃ無いことくらい分かりますよ」


 仮に本気だったのなら、すでに勝負はついている。

 この天使レベルの強者が本気で敵意を向けてきたら、魔剣に触れた瞬間に、俺はこの魔剣に正気を奪われる筈だからだ。


「なら少しだけ、見せてあげましょうか?」

 見るだけで背筋に悪寒が走るような、そんな冷たい目で言ったサリエルの様子が変わる。


 右の指先だけを覆っていた黒い魔力が、全身を、純白の翼も、絹のような肌も、神々しく輝く髪も瞳も、そして頭上の光の輪も、全て、全て沈むような黒一色に染め上げられた。


 その魔力の黒色は、いつか対峙した魔王の娘のようで、

「まさかその魔力、闇の、深淵の魔力!?」


 驚く俺の耳元で、

「そんな穢らわしいモノと一緒にしないで下さる?」

「!?」

 黒を纏った天使は、声と共に真横から蹴りを放ってくる。


 ガッ!!!


 咄嗟に差し出した魔剣で防御したものの、

「ぐッ!?」

 先の突きとは比べものにならない力で吹き飛ばされ、


「アッシュさんが」

「飛んでますね~」


 呑気な声を上げる二人の頭上を通り、

「あがッ!?」

 背中に痛烈な衝撃を受けると共に、壁を突き破って外に放り打された。


 外見に似合わず、いや、今の様子ならぴったりだが、想定外の馬鹿力だ。

 魔剣で魔力を奪って、かつその奪った魔力プラス俺の力で受けているにも関わらず、こんなに飛ばされるとは。


 遠ざかる校舎を見ながらぼんやり考えていると、

「どこを見てるんですの?」

 頭上から、再びの声が、

「女の子として、ソレはいいんですか!?」

 今度は、高く掲げた踵と共に降り下ろされた。


 ガンッッッ!!!!


 パンツは黒い魔力で見えない上に、この伝説の魔剣でも折れてしまいそうな程の衝撃が、どうにか防御姿勢を取った魔剣越しに俺を襲う。


「クッソ!!」


 空中で真下に向けて踵落としを食らったら、当然真下に落ちる。

 下は学園の敷地、硬い石畳だ。

 今の高さが目測で50メートルとして……、いや考えるまでも無い。

 では無く、考える暇はくれないようだ。


「飛べないゴミはタダのゴミ、ですわね!」

 黒い翼で空を打ち、副会長が三度、余裕の声と共に追い討ちの正拳を突き出しながら、体ごと降ってくる。


 これが攻撃される側では無く、傍観者でいられたなら、この天使の攻撃はさぞかし格好イイものに見えるだろう。


 だが、受け手の今、そんな呑気はしていられない。

 恐らく、この攻撃を防いだところで俺は背中から地面に激突して、洒落にならないダメージを喰う。

 そうなったら終わりだ。待つのは死だけ。


 とあらば、今、この一撃で終わらせるしかない。

 これ程の相手なら、いつもなら考える間もなく、二撃目の蹴りを防いだ時点で魔剣に理性を奪われる。


 だが、今はどういう訳か、思考が正常でいられる。

 理由は分からないが、初めて、自分で選べるのだ。

 殺す気でやらないと勝てない相手に対して、力を抑えて殺されるか、それとも力を解放して殺すか。


 今までは自分の意思と無関係に、解放するしかなかった。

 だが、その代わりにどうにか荒れ狂う魔剣の能力を、半分程まで抑える事も出来た。

 そうして何人か殺さずに済んだ者もいるが、自分の意思で魔剣を解放するなら話は別だ。


 100%、解放すれば確実に相手は死ぬ。


 けど、まあ、

「仕方無いですよね」


 勝負と生死の繋がりは切っても切れない。

 本気でやるなら、どちらかが死ぬのが真実だ。

 殺さずにいられるのは力の差がある時だけ、強者が相手では、斬るしかない。


 正拳にカウンターを合わせるように居合いを繰り出そうと、落下しながら構えを取った所で

「フンッ、私を斬れるつもりかしら?」


 言葉と同時、ビタッ!と空の景色が、いや、俺の体が空中で静止した。


 真上で拳を握っていたサリエルは、冷笑と共にゆっくりと俺の前に降りてくる。

 翼は動いていないのに、何故か空中に浮いている。


 そして俺も、動揺に、静止した状態から動ける。体が宙に浮いている。

 感覚としては、水の上に立っているような、不思議な感じだ。


「貴女の魔法、ですか?」

「えぇ、その通り。さっきも言ったけど、あの穢れた闇魔法なんかと同じだと思われたくないから教えてあげるわ。私の魔法は重力よ」

 黒い魔力を全身に纏ったまま、サリエルは誇らしげに言う。


 なるほど重力ね。言われてみれば二つ名も確かに"重圧のサリエル"とか言ってたな。


 つまり、それを身に纏ってるって事は、

「触ったら潰れて死ぬとか、そんな感じですか?」

「えぇ。普通ならその筈なのだけど、何故その剣が無事でいられるのはかしら?」


「それを答えると思います?」

「私も自身の魔法を教えて差し上げたのですから、貴方も答えるのが筋ではなくて?」


 いやぁ、自分から喋っといてよく言いますわ。

「タダの魔剣ですよ」

「タダの……?本当に?」

 サリエルは疑うような目で俺を見ている。


「そうでないと言ったらどうなるんですか?」

「……もし私の勘が間違いでなければ、その剣は私が長年探し求めた剣の筈。貴方方野蛮な人間が禁忌と呼んだ我が同族を封じた剣の筈ですが」


「我が、同族?」

 禁忌の魔剣である事に違いは無いが、この"生奪"に限らず、禁忌の三振りは全て魔女の心臓で作られている筈だ。

 一体、

「何を言ってるんですか?」


「……」

 サリエルはしばらく俺を品定めでもするように眺めた後、

「知らないなら結構。貴方を殺した後で確かめれば良いだけですわ」


 言って、話は終わりだとばかりに手刀を構えた。

 いつの間にか退学では無く、殺害が目的になっている気がするですが。


 まあ、話の真相を確かめるにせよ、退学を回避するにせよ、生き残るにせよ、やはり戦いは避けらない訳だ。


 勝負は一瞬。

 俺は抜き身の魔剣を鞘に戻し、居合いの構えを取る。

 落下中では無く、足場が安定して向かい合ったこの状況なら、斬れる筈だ。


 チリチリと静寂の中に互いの殺気、触れれば切れる鋭い殺気が満ちていく。

「……」

「……」


 先程はお嬢様と別の意味で張り詰めた空気に包まれていたが、その数分後に別の女性と、まさか斬り合う事になろうとは。

「……」

「……」


 しかし、と言うか何と言うか、またしても状況を壊したのは先と同様、"あの二人"だった。

「アッシュさ―――ん、頑張れ――――!」

「やっちゃって下さ~~~~い!」


 はるか頭上から二人の声が降ってきて、

「ふ」

「っ!?」


 自らに対する声援に俺は短く笑い。

 張り詰めた空気、緊張感で満たされていたサリエルは、飛び出していた。


 神速、そう言って差し支えない速度で突っ込んでくるサリエルの顔には、勝利の確信、

 ではなく苦痛な、苦虫を噛み潰したような顔があった。


 待ちの技である居合いを相手に、先に突っ込んでしまったのだ。

 当然、

「斬りますよ」


「ハァァァァァァァァァ!!!!」

 叫びと共に突き出される必殺の手刀。

 鋭い軌道を描くそれを前に体全体を突き出すように掻い潜り、

 晒け出された無防備な胴体に、

 丁度半分、ヘソのこちら側に黒い刃を埋め込んだ。


 音を置き去りにするような、肉の断つ感触を味わう間もなく、

 されど美しい鮮血を引きながら、

 俺とサリエルは交差し、通りすぎた。


 ブン、と剣を振って血を払い、俺は振り返った。

 サリエルは倒れたか、それともまだ立っているか、少なくとも胴を半ば斬られて勝負はついた、筈だった。


「ウフフ、いつもいつも、本当にあの二人には困ったものですわ」


 何の気負いも無い、当然のような笑い声をあげながら、

 サリエルはさも何事も無かったように、当たり前のようにで立っていた。


「うそだろ……」

「あらあら、そんなに見つめてどうしたんですの?」


 悪女のような笑みを浮かべるサリエルの脇腹。

 先程確かに斬った、血も確認した、制服も斬れている。

 しかし、見せつけるように黒い魔力を解除したその部分の白い肌には、傷一つついていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る