第6話 世界で一番

「な、な、何だって―――――――――!?!?」

 と、一先ず驚いて見せてから、二人の少女に確認する。

「……そろそろ聞いても良いですか?」


「どうぞ~」

「どうぞどうぞ」

 猫耳少女のミャーコがのんびりした声で、犬耳少女のフーコが落ち着きなく、それぞれ言うのを聞いてから、言った。


「取り敢えず対生徒会とか何とかって何なんですか?」


「う~ん、言葉通りの意味と言いますか」

「生徒会と戦う秘密結社、謎のヒーロー、正義の使者……そんな感じですね~」


「なるほど」

 まったく分からないんだが、

「生徒会って良く知らないんですが良い人達、真面目な人達の集まり何じゃないんですか?」


 確か修練場のおっさん達の話では、生徒会長がツンデレ、副会長はおっとり巨乳、書記はドジッ娘で会計が隠れオタク、残った庶務は平凡男子主人公、それが生徒会のスタンダードだ!、とか言っていた。

 まあ、おっさん達の性癖は別として、基本的に生徒会って生徒のまとめ役みたいな感じでは無いのか?


「まあ、普通はそうなんですけどね~」

「ウチの場合はちょっと違うって言いますか」

 言ってから二人は顔を見合せ、笑いあった。


 いちいち癒されるんだが、

「どうしました?」


「えっと~」

 とミャーコが宙に上げた指をぐるぐるしながらのんびり口を開くと、フーコは焦れったそうに言った。

「どっちが説明するって?聞こうとしたら目があったのです」


「「ね~」」

 それから顔を見合せてまた笑いあう。


 仲がいいを通り過ぎて、兄弟、もしくは恋人のように見える。

 獣人同士ながら耳が別種というのがまたイイ。

 しかも二人共、元奴隷な訳だし、今まで色々あったのだろう。

 ……今夜は筆が乗りそうだ。


「どうしたんですか~?」

「スゴいニコニコ顔になってますよ?」


「あぁ、スミマセン思わぬ所で執筆のネt……じゃなくて、お二人の仲の良さを見ていたら自分も幸せな気分になってしまっただけですので、お気になさらず、続けて下さい」


「「?」」

 二人は揃って首を傾げた後、もう一度頷きあって、フーコの方が説明し始めた。


「ウチの学校って生徒のほとんどが貴族なんですけど、実は教師の方はほとんど平民出身の人なんですよ」


「へぇ、それは大変そうですね、先生達も」


「はい。学校とは名ばかりでその実、魔法の実力と家柄が全てのまさに世紀末状態。

 有力貴族は金に物を言わせて教師を買収。実力のある平民はその力で貴族をいたぶり、また貴族もやり返し、やり返されのいたちごっこ。

 終わらない負の連鎖が学園を支配していました」

 フーコは大仰な、芝居がかった仕草で語る。


「……それはまた、スゴいですね。なるほど、貴女達の活動はそれをどうにか終わらせようって事ですね?」


「いえ、それが違うのです。先程までの話は既に過去の話。

 今の学園は規律を守り、節制を善とする、平和そのものと言える環境です」


「? それなら問題無いんじゃ」


 言うとフーコはチッチッチッ、と指を振って、

「行き過ぎた正義は悪と同じなのですよ」

 ドヤ顔で言い放った。


「……はぁ、つまり?」


「好き勝手に暴れ回る生徒達をたった二人で全て叩き潰し、そして纏め上げた人物がいるのです」

 少し考えてから、返す。

「……それがさっきの会長と副会長ですか?」


「えぇ、生徒会長"氷帝剣のレイカ"、副生徒会長"重圧のサリエル"、この二人が現在この学園の頂点にして法律、分かりやすく言えば"王様"です」


「学園の……王様ですか。それで圧政を?」

 学校で圧政って何だよ。と自分にツッコミつつ聞いてみる。


「そうなのです。この学園では代々生徒会が自由に校則を定める事が出来るのですが、今までの生徒会ではせいぜいが前年までの校則に、自分達の要望を少しつけたしたり、また面倒なものは排除したり、それだけでした」

 しかし、とフーコは続けて、

「今代の生徒会は歴史上希に見る、校則の大革命を行ったのです!」


「わ~」

 パチパチと拍手で盛り上げるミャーコにフーコは手を振って応える。


「……」

 俺はちょっとよく分からないので、取り敢えず黙って拍手だけしておいた。


「フッフッフ、校則が変わったからって何がそんなに大変なんだ?って顔ですねアッシュさん」

「え?いや、」

 その通りだけど。


 フーコは分かった風に何度も頷いて言う。

「いいでしょう、いいでしょう。焦らなくともご説明しますよ」


 ピシッ!と指を一本立てて、

「まず現校則のここがヤバいその1!」

「そのいち~」

 とミャーコが言うので、

「そ、そのいちー」

 と、俺も合わせて言っておく。


 それを待ってからフーコは口を開いた。

「校則違反は即・退学!!!」

「校則違反は即退学~」

「たいがくー」

 例によってフーコの後に続いて繰り返す。

 何か生徒会についての講習会じみてきたな。


「これのヤバさが分かりますか?アッシュさん?」

「え?まぁ、違反一発で退学はキツイかもですが、破らなければ問題無いんじゃ」


 フーコは冷徹な笑みを浮かべて、

「ところがどっこい、遅刻、教科書忘れ、学内での武器携帯禁止、生徒会メンバーに対する異議申し立て禁止、」

「え?それってもしかしなくても……」


 何となく察した俺に、フーコは頷いて言う。

「そうです。校門に入る前からアッシュさんを見ていましたが、少なくとも今言った四つの校則違反を既に犯しています」


「つまり自分は退学って事……ですか?」


 フーコは余命を告げる医師のように目を伏せて、

「残念ですが」


「いや、いやいや!残念ですがって、そんな!大体先に仕掛けてきたのは会長の方ですよ!?」

 いくらなんでも理不尽すぎるだろう。


「言ったではありませんか、彼女達は学園の王様。そして、圧政者であると」


「そんな……」

 ガックリと膝を着く俺。

 せっかくお嬢様と学校に……って、

「もしかしてお嬢様も校則違反に?」


「あぁ、その点はご心配無く。この厳しい校則は平民限定、正確に言えば生徒会に寄付金を渡さない者限定ですので」

 フーコはそんなよく分からない事をサラッと言った。


「生徒会に、寄付金??」


「ええ、高額の、それこそ金持ちの貴族しか払えないような金額の、寄付金と言う名の身代金を払う事で退学を回避出来ます」


「そんな、そんなのって!」

 やり方が汚すぎるだろう。それが生徒会の代表のやる事なのか!?


 フーコはニコやかに笑って言った。

「ご理解頂けたようで何よりです。一応ここがヤバいよ生徒会、その2からその30までもあるんですが聞きます?」


「いえ、結構です。自分も貴女達の活動に力を貸しましょう。その腐った王様二人を潰せば、自分の退学も取り消せるんですね?」

「フッフッフ、その通りです。と、言いたい所ですが――――、」


 バン!!!!


 と、フーコの台詞の途中で、入り口の扉が勢い良く開けられた。

 通路に差す木漏れ日に照らされて立っているのは、

「お嬢様!」

「アッシュ様!」

 思わず駆け出すと、同じく駆けてきたお嬢様が俺に勢いよく抱きついてきた。


「良かった、やっと会えましたね」

「スミマセンお嬢様。いきなり消えてしまって」

「そんな!アッシュ様のせいではありません!」

 言ってお嬢様は後ろの二人組に視線を向ける。


 二人はこちらを見ながら、

「うわぁ、アリアが」

「えぇ、まさかアリアさんがね~」

「「男の子に抱きついて、発情しヘブゥゥ!?」」


「アンタらはちょっと黙ってなさいよ!」

 と、お嬢様が手から放った炎の玉が二人を顔から吹き飛ばした。

 ちょっと心配になるレベルの威力だったんだけど……。


「お嬢様?……えっと、手が?」

「えぇ、手が滑りました」

 やはりいつも通り、ニコッと笑ってお嬢様は言った。


「それなら仕方ないですね」

「えぇ、その通りですわ」

 あはは、オホホ、と笑っていると、立ち上がった二人からツッコミが入った。


「酷いてますよアッシュさん!」

「そうですよ~。口説いた女の子にこんな仕打ちをするなんて~」


 いや、まず口説いて無いし、それをやったのはお嬢様なんだが。と弁解する間もなく、お嬢様は背中に回していた手を胸ぐらに移して、俺を引き寄せる。


「アッシュ様?」

 間近にあるお嬢様の顔は、笑顔なのは変わらないが、その質と温度がまったくの逆、氷点下まで達している。


「えっと、お嬢様はあの二人とお知り合いのようですが、自分は誓って口説いてなどいません」

 真剣な顔で言うと、お嬢様は少し表情を緩めて、瞳を覗き込んでくる。


「本当ですか?」

「勿論ですとも」


 吐息も触れ合う距離、眼前に迫る宝石のような瞳に、吸い寄せられそうになる。


「……」

「……」


 聞こえるのはお互いの息遣いのみ、花のような甘い香りが、俺の理性を蕩けさせ、


『二人共お綺麗です』


「……」

「……」

「「ククッ、フフフ……」」


 聞こえるのはお互いの息遣い、そして二つの抑えた笑い声、そして、


『二人共お綺麗です』

 二度目の、が聞こえた。


 高まっていたモノが一気に崩れるのを感じる。天から突き落とされたような、今から地獄を見るような……。


「アッシュ様?」

 氷のような瞳が俺を見据える。

 そして同時に、いつの間にか俺を包み込むように首の後ろに回されていた小さな手が、前方の襟元に移動する。

 それを両手で締め上げながら、再び俺を呼ぶ。

「アッシュ様……」


「いや、違うんですお嬢さ」

『二人共お綺麗です』

 三度、声。


 二人組の方を見ると何やら手の平サイズの棒のやうな物を持っている。

 録音用の魔法装置なのだろう。本当は前後に言葉が入る、長い台詞の一部なのだが、上手い事切り取って録音したようだ。


「ははは……」

 無意識に笑い声が漏れた。

 言い訳不能。完全敗北。

 まるで断頭台に立つ囚人のようだ。


「残念だったねアッシュさん」

「私達の前でラブラブしたのが運の尽きでしたね~」

 二人がヒラヒラと手を振る。


 ヒストリアには身の程はわきまえてる等と言っておきながら、ついつい雰囲気に流されそうになった罰なのだろう。


「アッシュ様、眠る前に言っておきたい事はありますか?」

 絶対零度の笑顔を浮かべて、お嬢様は言う。


 その笑顔に報いるべく、俺は今出来る精一杯の笑顔で返す。

「この先もし、眠りから覚める事があるならば、不用意なお世辞は止めましょう。

 ……ですからこれが最後です。」


 しっかりと、決して溶けない氷の笑顔に向けて、

「お嬢様は世界で一番、お綺麗ですよ」


 言い切って、そして目を閉じた。

 ……もはや思い残す事は無い。きっと俺はお嬢様の炎で焼かれて死ぬのだろう。十五年、何も無い奴隷だった俺には、長すぎるくらいの時間だったな。

 暗い瞼の内に、ご主人様やハイド、修練場の皆や、闘技場で戦った戦士達、そしてそんなムサい思い出しか無かった俺の人生に、本の一瞬だけしかしはっきりと、彩りと夢を見せてくれたお嬢様の姿が浮かぶ。


 ……、

 …………、

 ………………、

 っていくらなんでも溜めすぎじゃないですか、お嬢様?


 うっすらと片目を開けて見ると、

「あわ……あわわ……」

「お嬢様!?」


 のぼせたように真っ赤になって、目をぐるぐる回して倒れる寸前のお嬢様を慌てて支える。


「大丈夫ですかお嬢様?」

「ぬぬぬぬぬ……」


 駄目だ。完全に夢の世界に旅立ってしまっている。

 お嬢様をそっと床に寝かせて、俺のマントを掛けておいた。


 そんな俺達の様子を見ながらヒソヒソやっていた二人は、俺が立ち上がるとニヤニヤ笑いを浮かべながら、


「いんや~さすがは我ら"T・N・K"の最終兵器ですな~」

「ですな~、まさか入隊初日から我らの宿敵、を手も触れずに倒すとは~」


 いやいや、入隊初日から最終兵器って何だ……じゃなくて、書記???

「何言ってるんですかお二人共?お嬢様が、生徒会の……書記?」


 二人はニヤニヤ笑いのまま、コクリ、と頷いた。


 そんな、まさかお嬢様が……、いや、有り得ない!

「お嬢様が圧政者の味方なんて、する筈がありません!」


 ビシィッ!と人差し指を突きつけて叫んだ俺の背後、部屋の入口から声がした。


「その通りですわ。その娘が我々生徒会のメンバーだったのはつい昨日までの話」


 声、清らかな川の流れを思わせる、聞くだけで癒されるような、そんな声が耳に届く。

 俺はその美しい声に、ではなく「我々生徒会」の部分に反応して振り返った。


 その姿を目が捉える前に、ドサリ、と重い音を立てて、何かが投げ出された。

 横になっているお嬢様の隣に投げられたのは人間。


 それは白銀の髪を持つ狼のような美女。

 常に鎧で覆われている筈の柔肌を晒して、しかし二つ名を表す操土の魔剣だけはしっかりと握り締めたまま、力無く、投げ捨てられた。


「ヒストリアさん!」

 慌てて駆け寄り、脈を測る。

 ドク、ドク、と脈拍は正常だ。


 良かった、と思うのも一瞬、入口に立つ人物に改めて向き直る。


 そこにいるのは、

「なっ!?」

 あまりの異常さに、思わず驚きの声が漏れた。


 そこにいたのは天使。

 比喩でも何でも無く、まごうこと無き"天使"そのもの。

 人とは思えぬ、まさに次元の違う美貌の頂には光の輪が浮かび、神が自ら創り出したかのような完璧なプロポーションの体躯、その背からは純白の翼が生えている。


 絵画に描かれるような完全な天使の姿でありながら、その身には清らかな白衣ではなく、学園の制服を纏っている。マントは緑、三年生だ。

 そしてその手に、衣を変えても未だ神々しい天使とは無縁そうな、傷だらけの人が引きずるように握られている。

 それは先程、俺を襲ってきた"氷帝剣のレイカ"、つまり生徒会長だ。


 この天使の正体が何であるか、薄々感じていたものは、フーコとミャーコの声で確定した。


「まさかいきなり御本人が出てくるとはね」

「ウフフ、お久しぶりですね~さん」


 俺はまず最初に、「その翼、屋内で動きにくくないんですか?」と聞きたかったのをグッと堪え、フーコ達と天使のやり取りを見守った。

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