第5話 バカとバカと時々バナナ

 放課後。部活動に勤しんでいた生徒たちに、施錠と下校を促す放送が流れる。はじめが所属する水泳部も解散し、更衣室でギリギリまで居座る者や、さっさと着替えて駅前のファストフード店に行こうとする者たちなど、皆思い思いに行動している。

 一はそのどちらでもなく、やることも無いのでまっすぐ家に帰宅するつもりであった。今頃どこかで遊んでいる二葉ふたばたちのことが気にはなるが、待つと言ったのだ。二葉の気の済むまで待ってやろうと思う。アイツはよく俺のことをバカだバカだと言ってくるが、アイツの方こそ大バカだ。さっさと断ればいいものを、俺なんかに気を遣うから……

 

「おーい一〜?聞こえてるか〜」

裕人ひろと?」

「おっ、やっと気づいた。一緒に帰ろうぜ、一」

 

 誰かが自分を呼んでいるような気がして後ろを振り向くと、声をかけていたのは裕人だったらしい。考え事に夢中になっていて、待っていた裕人の前を通り過ぎていたことに気がつかなかったらしい。一は慌てて裕人に謝る。

 

「悪い、気づかなくて」

「ああ、全然いいよ。別に約束もしてなかったしな」


さっ、行こうぜ、と先に歩き始める裕人。きっとコイツは今日の俺と二葉の様子がおかしい事に気づいて、何があったかを問いただすつもりなんだろう。昔から裕人は、何か些細な衝突やすれ違いがあると大急ぎでその問題を解決しようと躍起になる。その行いは無駄であるとは言わないし、助かっている部分は大いにあるのだが、そんなに関係を維持することは重要なのだろうかと一は不思議に思うことがある。たまたま三人の家が近くて、たまたま意気投合したからといって、幼馴染という関係に固執しすぎでは無いのか。

 雑談を交わしながら帰り道を歩いていると、向かい側からやって来る女子たちが皆裕人を見て頬を染めたり何やらひそひそと楽しそうに盛り上がる。それもそうだ。裕人は顔は勿論のこと、背も高く運動神経も抜群、おまけに三人の中で一人だけ特進クラスに進学した優等生で、誰にでも優しくいつも笑顔だ。男女問わず虜にしてしまう彼だったら、恋人も選りどりみどりだろうに。失礼かもしれないけれど、それくらい裕人は魅力的な人間性を持っているのだ―――それこそ、いつ二葉と恋人同士になってもおかしくなかったくらいに。

 

「…一、さっきから上の空すぎ。今俺が何話してたか、お前絶対答えらんないだろ」

「え、あ…悪い」

「ふふ、謝って欲しかった訳じゃなかったんだけどさ、一があんまり俺のこと放っとくから意地悪したくなっちまった」

「…意地悪って。ちょっとキモいぞ、それ」

「失礼だな。いいじゃん、少しくらい茶番に付き合ってくれても。お前どっちやる、彼女役でいい?」

「ただのバカップルごっこだろ。ぜってーやらねえ」

「えー、つれなーい。そんなに裕人のこと嫌い?」

「……可愛くもなんとも無いわ、アホ」

「だよな、自分で言ってて笑いそうになったんだけど…ふは、やっぱ無理だわ。やばい、ははは、」

 

「二葉に告白したんだ。一昨日」

「…えーっと、唐突だな!?もっと前置きとかあるだろ?」

「どうせこれが聞きたくて待ってたんだろ。お前の方こそ前置き長いんだよ」 

 

 短気な性格だとは自覚している。親友のよしみでここまで待ってやれたがもう限界だ。それに、どうせ聞かれるなら自分から言ってしまった方が気が楽というものである。

 

「まあそうだけどさ…そっか。てことは、付き合うの?」

「…返事はまだ貰ってない」

「あー、まあ、二葉にしたら意識すらしてなかっただろうしな。お前はよく頑張ったよ、うん」

 

不貞腐れた様に喋る姿を見て勘違いしたのか、まるで失恋した親友を慰めるかの様に一の肩に手を置く裕人。余計なお世話だ、このイケメン主人公め。一は猛スピードで肩の手を振り払い、憎たらしい笑みを浮かべる裕人の顔に噛み付かんばかりに抗議の声を上げた。

 

「うるせぇ!まだ振られてねーし!!」

「あはは、悪い悪い。でも、今日の二葉の様子はそういう事か、納得」

「バカのくせに頭で考えようとするからああなるんだ」

「随分な言い様だなあ。二葉なりに受け止めてるんだろ、嬉しくないの?」

「……考えるって時点で既に断られてる様なモンだろ」

 

お前と違って俺は顔が良いわけでもなく好きな相手に優しく接することも出来ないんだ。卑屈な自分が顔を覗かせる。これまでだって二葉に意識させることすら出来なかったんだ。裕人だったらきっとそれも簡単だったろうに。

 

「そうか?女の子って、告られた途端好きになっちゃうって言うだろ」

「二葉はねーよ、多分…でも、もし振られても、諦められないと思う、俺。今回は意識させられただけで大儲けっていうか。アイツバカだし」

「仮にも好きな女の子のことをバカバカ言うな…めげずにアピって、二葉にお前の気持ちを認めてもらうまで諦めないってこと?」

「めちゃめちゃダサいけどな」

「いや、ダサいっていうか…それって二葉のことなんか全く考えてない、ただの自己満足だろ」

「…は?」

 

 応援されるとはこれっぽっちも思っていなかったが、非難されるとも思っていなかった。珍しく喧嘩腰の裕人に、一は驚きつつも憤りを隠せない。

 

「お前の都合を相手に押し付けんなってことだよ。二葉言ってただろ、ずっと三人で昼飯食いたいって。二葉に拒否られてんのに嫌だからってお前に俺らのこの関係ブチ壊す権利あんの?」

「だから拒否られてねーから。ていうかその言葉、そっくりそのままお前に返すわ。幼馴染で仲良しごっこ続けたいのはお前の都合だろうが」

「俺?違うだろ、皆…いや違うか。今お前、ごっこって言ったな。そっか、一はずっと俺たちと一緒にいるのが嫌だったのか。悪かったよ知らなくて」

「話をそらすなよ。お前だよ、一番幼馴染の関係壊したくないって必死になってんのは。俺たちはもう高校生なんだ。自分の居場所くらい自分で選べる」


だから一は二葉の恋人でありたいと思って行動した。今のこの「幼馴染仲良し三人組」という関係性を壊してでも。いや、壊れないと思った。ただ変化するだけだ。自分たちなら、どれだけ何かが変わっても年月を重ねて離れ離れになったとしても、いつでも一緒に昼飯が食えると確信しているから。

 だから裕人、お前は何にそんなに怯えている?

 

「…俺は二葉が傷つく姿を見るのが嫌なだけだ。お前だってそうだろ」

「そういうの、親切って言うんじゃない。過保護って言うんだ、お前それ分かってんのかよ」

「知ってる。でも俺は、誰にも壊されたくない、渡したくない。二葉は大事な、友達だから…だから俺たちを、二葉を傷つける奴は許さない」

「……」

 

そう言って、一のことを親の仇でも見るかのように睨みつける裕人。

 

 分かってしまった。コイツも多分、二葉のことが好きなんだ。誰も傷つけたくなくて、幼馴染の親友っていう居場所を失うのが怖くて必死に見ないふりをしてるんだろうけれど、なんだ、俺と同じだ。何も幼馴染だからってそこまで似なくたっていいじゃないか。

 

「傷つけるつもりなんてねぇよ。二葉を苦しめてるって思ったら、やめる。この想いは、捨てるから…でも、お前も二葉を傷つけないって、約束しろ」

「当たり前だろう」

「違う、そうじゃない…お前、自分に嘘ついてんだ。そんで、二葉にも嘘をついてる」

「嘘?なんで嘘なんか」

 

「お前、好きなんだよ。二葉のことが」

「……え」

「なんか黙ってるのも卑怯だから言ってやるけど。くそっ、余計な敵作っちまった」

「…なに、言って」

「バーカ」

「は?」

「俺たち三人揃って馬鹿だったんだな。十年ちょっと腐れ縁続けてて知らなかった、笑える」

「一」

「俺先帰る。バカ裕人、また明日な」

「あ、おい!」

 

 俺たちは喧嘩をしてたはずなのに、実は恋敵でしたって、漫画みたいな展開もいいとこだ。一は呆れを通り越して楽しくなってしまっていた。明日も裕人と友達を続けられること、自分より百倍モテるやつがライバルになってしまったこと。明日二葉に会って、なんて言ってどんな顔をすればいいか分からないこと。色んなことがごちゃ混ぜになって、でもやっぱり俺たちは俺たちだったんだと、自然と笑みが零れてしまう。

 変わっていくことは怖いことじゃない。むしろ変わらないことの方が一は怖いと感じる。置いてきぼりにされて、すぐに忘れられてしまうから。もしかしたら裕人は、一とは真逆の考えを持つ人間なのかもしれないけれど。

 でも考えてもみろよ、一ヶ月前に買って放置していたバナナがいつまでたっても黒くならずに黄色いままって、やっぱり怖くないか?やばいカビとか生えてそうだし。

 

 難しいことを考えるのは苦手だ。バナナだって本当は外側が真っ黒でも中身は問題無く美味しく食べられるし。

 でも、置き去りにされてポカーンと突っ立ってるアイツは、バナナとか言ってる俺より百倍頭良いんだから、自分の気持ちくらい自分でなんとかして見つけ出して掘り起こせ、バーカ。

 

 まだ日が長く、沈みきっていない夕日が帰り道を等しくオレンジ色に染めている。腹立たしいような嬉しいような、そんな感情を持て余していた一は、走って自宅へと向かった。

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青春ランチボックス 明日緣 @yosuga_novel

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