彼女にサンタコスをお願いしてみた

無月兄

第1話

「それじゃ、クリスマスには一緒にいられるね」


 電話の向こうから弾むような声が届くが、俺の心もそれに負けないくらい弾んでいる。

 遠距離恋愛中の彼女と久しぶりに会える。しかもそれがクリスマスともなると、期待して当然だろう。


 米沢こずえ。思えば彼女と付き合うまでは長い長い道のりだった。こっちは何度も思わせ振りな態度をとっていたと言うのに、彼女は天性の鈍感力で悉くそれをスルーし続け、ようやく想いを伝えることができたのは高校の卒業式。進学のため、付き合ってすぐに俺達はバラバラ、憧れだった制服デートも、ついにできないまま終わってしまった。

 いや、今はこうして幸せだからいいんだけどな。


「……森?……ねえ森」

「ああ、ごめん。なんだっけ?」

「もう、ちゃんと聞いてよね。クリスマスの日、なにかやりたい事ってあるかって言ってるの」


 いけない。つい昔の事を思い出して、今の彼女を蔑ろにするところだった。


 しかしやりたい事か。もちろんそんなのいくらでもある。イルミネーションを見に行ったり、二人きりで過ごしたり、ナイショで用意しているプレゼントだって渡したい。


 だがそれ以上に、どうしてもやりたい事、やってほしい事があった。年に一度のクリスマス。恋人同士で二人きり。このシチュエーションで連想せすにはいられない、特別な事が。


「なあ、実は一つ、頼みたいことがあるんだ」

「なに? 何でも言って」

「ああ、それなんだけどな……ええと、何て言うか……」


 だが、はたしてこれを言ってしまっていいのだろうか。こんな欲望まみれのことを伝えて、「サイテー」だの「変態」だのと言われたら、とても立ち直れる自信がない。

 そう思うと、口に出すのがどうしても躊躇われる。


「もう、どうしたの。私にできることなら何でもするから、遠慮なしに言ってよ」

「ほ、ホントに何でもか?」

「うん。だからほら、言った言った」


 よ、よし。言質はとったぞ。

 ゴクリと唾を飲み込み一呼吸おき、俺はとうとうその願いを口にする。


「米沢の、サンタコスが見たいんだ!」


 ※サンタコス=サンタクロースのコスプレのこと。















「メリークリスマス。こうして会うのも久しぶりだね」


 クリスマス当日。米沢が俺の住んでるアパートにやって来た。この時点で、俺の中ではクリスマスに加えて盆と正月がいっぺんにやって来たくらいのめでたさだ。


「寒かっただろ、上がれよ。荷物、重かったか?」


 米沢が持っている鞄に目をやる。少し出かけるだけにしては、遥かに大きめだ。その中には、もちろんアレが入っているのだろう。


「中身、気になる?」

「えっ? いや、その……気になります」


 そんな俺の思考はどうやらバレバレだったらしい。観念して頷くのを見て、米沢はイタズラっぽく笑った。


「それにしても、最初にサンタコス頼まれた時はビックリしたよ。森、けっこうマニアックなんだね」

「もしかして嫌か? だったら、無理にしなくてもいいんだぞ」


 以前電話で伝えた、サンタコスをしてほしいと言う俺の願い。どんな反応が返ってくるかとビクビクしながら返事を待ったけど、意外にも米沢はすぐに分かったと言ってくれた。

 だけどもしかしたら、俺のためを思って無理をさせているんじゃないか。ついそんなことを考えてしまう。


「大丈夫だよ。そりゃ最初はビックリしたけど、面白そうだもん。衣装だってじっくり選んだんだから、期待しててね」

「ほ、ほんとか!」


 実は、衣装は最初俺が用意する予定だった。俺のワガママで頼んでいるんだから、やってもらうにしても当然こっちが用意するべきだろうと。

 だけど米沢は、着るのは自分だから自分で選びたいと言ってきた。


「それじゃ、早速サンタの登場といきますか。私も、早く森に見せたいからね。着替えるからちょっと出ていってくれない」

「お、おう」


 そそくさと部屋を出て、間も無く訪れる夢のような瞬間を待つ。


 ここで一つ言っておくが、俺は何も特別コスプレが好きな訳じゃない。そこまで拘りの強いマニアックな性癖は持っていないつもりだ。

 ならなぜこんなにも米沢のサンタコスを喜び、待ち望んでいたのか。それは、相手が米沢だったからに他ならない。

 誰だって、好きな子が可愛い格好をしていたら嬉しいだろ。しかもサンタコスともなれば一年の間でこの時期にしか見られないレア中のレア。そうなると見たいと思わずにいられる奴がいるだろうか。いや、いない!


 さあ、自分への言い訳はこれくらいでいいだろう。ちょうどそのタイミングで、部屋のドアが開く。


「お待たせ。サンタコスできたよ~」

「おおっ!」


 爛々と輝かせた目を向けると、そこには念願のサンタコスに身を包んだ米沢が立っていた。


 全身を赤でコーディネートし、頭には同じく赤の三角帽子。口には綿で作った白い髭をつけ、腹はおそらく詰め物によってデンと飛び出ていた。


 ──って、ちょっと待て!


「えっと……これが、サンタコス?」

「そうじゃ。良い子のみんなにメリークリスマスじゃ。ふぉっふぉっふぉっ」


 キャラづけのつもりか、おじさんっぽい独特の笑いをする米沢。そうだよな、サンタクロースって、白い髭のおじさんだよな。


 俺は勝手にミニスカートでセクシーなサンタを想像していたんだか、みんなはどうだっただろうか?

 いったいいつから俺は、サンタコスと聞くと女の子を想像するようになってしまっていたんだろうな。


「どうじゃ、気に入ってくれたかの。ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっ」


 もはや笑い声がおじいさんなのかバルタン星人なのかもよく分からなくなってきた。

 こうして、俺の思い描いていたサンタコス計画は脆くも崩れさってしまった。

 とは言え──


「ああ。ありがとな米沢、俺のためにこんなにしてくれて」


 予定とは少々狂ったものの、彼女と過ごす初めてのクリスマスが嬉しくない訳がない。


「ふぉっふぉっふぉっ。良い子にプレゼントをやろう。ワシの作った特製ケーキじゃ」

「おっ、マジか? って言うかそのじいさん口調、実は気に入ってないか?」

「ふぉっふぉっふぉっ──あっ、分かる?」

「それだけノリノリでやられりゃな」




 期待していたものとは違っていたけど、楽しいクリスマスを過ごすことはできたよ。


 メリークリスマス!(^o^)!



















「それじゃ、そんなもう一つサプライズいってみようか」

「えっ、まだ何かあるのか?」


 すると米沢は何を思ったのか着ていた服に手をかけ────脱いだ!


「○△×□#!!!」


 言葉にならない声を上げる俺の目の前でサンタコスを取り払った米沢。その下にあったのは──ミニスカサンタコスだった。


「本当はこれを期待してたんでしょ。ムリして上にズボン履いてたから、スカートがシワになっちゃったかな。どう、ビックリした?」


 クスクスと笑いながら、上目使いに見つめてくる米沢。これは、反則だ。


「め……め……」

「えっ、なに?」

「メリークリスマーーース!!!」


 ありがとう米沢。今日は間違いなく、今までで最も楽しいクリスマスになったよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女にサンタコスをお願いしてみた 無月兄 @tukuyomimutuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ