エピローグ

エピローグ

「なるほど。つまり、殺したのはあなたですね」


 小綺麗な女性が僕の足元に崩れ落ちた。

 事件解決。今日の仕事はこれにて終了。


 足早に現場を出ようとすると、片瀬さんに呼び止められた。


「今回も名推理だったな。さすが、名探偵」


 隣で無口な部下がうんうんと頷く。

 片瀬さんは相変わらずゴリラだけど、目立つようになってきたシワが十年の月日を思い起こさせた。

 僕は昔みたいに生意気に言ってやる。


「名探偵はもうこの世にはいませんよ」


 もう、浪人生ではない。フリーターでもない。大学生を経て、今は探偵を生業としている。




 きっちり約束の時間通りに、待ち合わせ場所で待つ僕の前に車が停まった。

 SATSUKIのエンブレムが輝くファミリー向けのコンパクトカーも、この人が乗れば高級車に早変わりだ。

 助手席に乗り込むと、かつてのようなストライプスーツに身を包んだ蓮水さんが、変わらぬ華やかさで出迎えてくれた。


「スーツ姿久々に見ましたけど、変わらないですね。家でも引きこもりのおっさんみたいな格好はやめたらいいですよ」

「引きこもりのおっさんなのだから、いいじゃないか」


 コピー用紙の束を僕に押し付けて、蓮水さんはハンドルを握る。渡されたのは貴重な原稿だ。


「新作ですか。あれ、指南書? 小説家やめたんですか」

「いいや。これは私の集大成にして最高傑作にして、原点にして原典さ。きっと君は打ち震え、穴を掘って埋まる」

「どんな本ですか」


 遠慮なくシートに体を預けて、原稿に目を落とす。プロローグを読み終えた時点で、車を飛び降りて穴を掘りに行きたくなった。


「公園に行きましょう。あの公園」

「残念だが、すっかり整備されて、一ミリたりともスコップの刺さる場所はないよ。それに、この後、大切な予定があるのを忘れたのかい?」


 そうだ。今日はこの後パーティーがあるのだ。

 蓮水さんの小説家デビュー十周年と、僕の探偵事務所開業五周年を祝うパーティーだ。


「パーティーを盛大なものにするために、君の友人も呼んでおいたぞ」

「蓮水さん、陽佑と仲いいですよね。僕は合うの二年ぶりなのに。あ、片瀬さん間に合うのかな」

「ゴリラの餌は用意していない」

「やっぱり、冷たいなあ」


 それから、僕は時を忘れてページをめくった。走馬灯を見ているような感覚。過剰な脚色には目をつぶる。


 過去最速記録で、最終章まで読み終えてしまった。


「これ、結局僕……、主人公をなぜ名探偵が助けてくれたのか、わからず終いですよ」

「一人称小説だからな。主人公が知る余地のないことは書けないのさ」

「せめて推理の材料くらいは用意してくれてもいいのに」


 目的地に到着して、外に出ると空は明るかった。

 どういうわけか、未だに僕は生きている。

 せっかく生きるなら楽しい方がいい。どうせ死ぬ。

 だから、今日も、なにかを殺して生きていく。




あとがき

 実を言うと、この物語は完全なるフィクションではない。

 しかし、ノンフィクションと称するには、あまりに主感的すぎるし、主人公たる彼の心情にいたってはすべて私の想像だ。

 なので、やはりこれはフィクションだ。彼も異論はないだろう。

 寝起きにナイフを突き立てられるぐらいは覚悟しておいた方がよさそうだが。


 これは死の物語である。そして、希望の物語である。

 私は確かに、彼の中に希望を見出していた。絶望をもたらしてくれるという希望を。

 私は人間が嫌いだ。

 利己的で、必要性に迫られないと動かない。

 それは、例に漏れず私自信にも当てはまる。食いぶちの危機が訪れないと、筆が進まないのである。おかげで、この物語を書き上げるのに、十年も費やしてしまった。

 十年一昔と言うだろう。記憶も曖昧になるし、美化されるのも当然だ。オプティマイズと言うべきだ。

 なので、作中で頻出する形容詞もその一環である。オプティマイズだ。脚色ではない。断じて。


 話がそれたが、人間の存在意義とはすなわち必要性である。必要のないものは捨てる。断捨離。

 当然だ。でなくてはごみ屋敷になってしまう。

 捨てること。必要性のなくなること。それをすなわち死と呼ぶ。

 では、捨てたものはどうなるのか。また、残ったものはどうなるのか。

 ああ、書き忘れていたが、今は精神的な話をしている。あるいは、概念的な。肉体的な死には詳しくない。近所のお医者さんに聞いてくれ。

 さて、死である。どうも、私は思うがままに筆を走らせると横路にそれるきらいがある。小説家としては致命的だ。死に直結する。

 売れない。読まれない。それが小説家の死。

 死ぬと人はどうなるのか。

 肉体の死であれば、現代日本では火葬が一般的。四十九日を過ぎれば、墓地に埋葬される。

 しかし、精神的な死では、肉体は残っているのである。ああ、困った。そこら辺の穴に埋める訳にはいかない。

 選択肢は三つ。一つ、肉体も後を追う。二つ、肉体だけが生き残る。ゾンビだ。三つ、精神的が生まれ変わる。転生。昔流行ったな。

 いやはや、人間の願望は古今東西共通である。楽をしたい。どうせ生きるなら楽しく。

 私は転生した。彼もまた。輪廻転生。人生とはこれの繰り返し。

 もしも、転生した先でまた出会えたのであれば、これを運命と呼ぶのだろう。

 あの日、人間関係に疲れた私が、趣味の独りよがりで書いた小説を熱心に読む彼に出会ったように。


 おっと、いけない。そろそろ時間だ。話をまとめるとしよう。

 人間は死ぬ。殺す。そして転生する。ほこは新世界だ。異世界でもいい。

 これは転生の物語だ。彼と、私の。だからジャンルは異世界転生だ。違うか?

 蛇足が過ぎた。そろそろ、彼を迎えに行くとしよう。遅れては悔いが残る。

 明日死ぬか、生きるかは自分次第。あるいは他人次第。

 さて、次はどのように死んでみようか。


 名探偵・蓮水改め、小説家・咲月蓮水。

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名探偵の殺し方 フタエ @futae-long

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